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筋肥大と睡眠にまつわるエビデンスの提示【リカバリー研究者監修】

――先ほど少し触れましたが、睡眠不足によるリスクについては、どのようにお考えですか。
阿部 タンパク質合成の影響もそうですが、基本的に睡眠不足は、酩酊状態、すなわち酔っぱらっているような状態と思ってください。17時間から19時間寝ていないと血中アルコール濃度0・05%と同等(※6)のフラフラ度になります。大体、ビールを750㎖ あおったくらいです。28時間睡眠を取らずにいると、0・10%レベルに達します。グラスで4杯くらいのイメージでしょうか。その状態でバーベルを挙げるとなると、ちょっと怖いですよね。

――そこまでの睡眠不足で筋トレする人はいないと思いますが、ケガや事故につながりますね。
阿部 睡眠不足時、例えばコーヒーなどを飲んで覚醒を促すこともありますが、それは疲労感にペンキを塗って誤魔化しているだけです。実際のパフォーマンスは落ちたままで、脳の感じる疲労感と実際に肉体に在る疲労に乖離が生まれるだけ(※7)なので、むしろ危険だと思います。

――たしかにエナジードリンクで回復したという錯覚はありますね。
阿部 研究結果では中高年のアスリートで平均睡眠時間が8時間未満の場合、ケガをするリスクが1・7倍に跳ね上がると(※8)言われています。病気になりやすいという統計(※9)もあり、睡眠時間を軽視すると自分の健康に跳ね返ってきます。

――なかなか厳しい現実ですね。
阿部 とくに私たち日本人は睡眠時間の確保に対して、そこまで重要視していない傾向がありますので、どう睡眠時間を確保するかは難しい問題ですね。

――どちらかというと、睡眠時間を削ってでも勉強や仕事をして努力するという美学が、いまだにありますね。6時間寝れば大丈夫という意見もあります。
阿部 普段、睡眠時間4時間の方が6時間寝たら、スッキリ回復した実感があり、これで十分!と思うこともあるかもしれません。でも、それは理想的な身体のリカバリーという観点からは程遠く、9時間寝てみたら信じられないほど頭も身体ももっと軽くなる可能性は十分にあります。9時間なんて寝たことない、という方は、試しに9時間睡眠を一週間程続けてみて、自分の身体がどのように変化するか、体感してみるのが一番の検証法だと思います。

――睡眠時間の確保が現実的に難しい人も多いと思います。
阿部 たしかに毎日、8、9時間以上の睡眠確保は難しいかもしれません。学校や仕事を終えて、ようやく自宅へ帰ってきて、自分のリラックスタイムを持ちたいと思う人も多くいると思います。でも夜の時間を「今日の終わり」として夜更かししてずるずる延長するのではなく、「明日の始まり」と考え、次の一日が素敵なものになるように準備する、という風に考えてみてはいかがでしょうか。

――寝るときが明日の始まりだと。
阿部 自分の生活を見直してみて、9時間の睡眠時間を確保するために、何を短縮・削減できるか工夫してみてもいいと思います。

――タイムマネジメントは、今の時代に必要不可欠かもしれません。
阿部 あとは入眠のルーティンを作ることも重要です。寝る前に読書をするルーティンを作ると、本を開いただけで、身体がもうすぐ寝るのかなと準備をするように習慣が作られていきます。寝室には仕事などを持ち込まないようにしましょう。寝る場所、ベッドなどはあくまでも寝るときだけに入るようにした方がいいというのは、行動学の観点からも有効な戦略です。入眠時の注意点は、エビデンスがそれほど強くないものも含めて、下記にまとめましたので参照してみてください。

[論文から読み解く睡眠向上法]
①今日ついつい夜更かしする30分は、明日の朝死ぬほど寝たい30分
②9-10時間の睡眠を確保するには、どんな工夫ができるか考えてみよう
③昼寝をしてもOK➡その場合、早い午前中は避ける
④自分に合った睡眠のスケジュール、サイクルを見つけてみよう
⑤睡眠前のルーティンをつくる (例: 読書する、明日の学校の支度をする) ➡可能な限りこの「儀式」を守ろう
⑥寝室は寝る場所: それ以外のことはせず、涼しく、暗く、快適に保つ
⑦起床したら太陽の光を浴び、伸びをするなど身体をほぐして血液を循環させよう
⑧夕方以降のカフェイン摂取、食べ過ぎ飲み過ぎは避けよう
⑨ベッドに横になっても眠れなければ➡「それも休息」ゆっくり呼吸をしてみよう ➡一度起きてみる?
[専門家の意見レベルの提言]
A強度の高いエクササイズは就寝前は避けよう
B就寝2時間前以降はブルーライト発光器機は使用しない
C起床したら明るい自然光を浴びる
Dスヌーズボタンは押さない
E起きるのが辛ければ、自然光シュミレーター機能付き目覚ましが好ましい場合も
F夜間のコンピューター使用が避けられなければブルーライトカットの方法を考慮しよう
G夜間の炭水化物摂取、またはトリプトファンを含むタンパク質摂取は睡眠改善によい
H高脂質な食事、カロリー摂取不足は睡眠を阻害する可能性がある
Iメラトニンを多く含む自然食品(タルトチェリー、ラズベリー、ウォールナッツ、トマトなど)は睡
眠に良いかもしれないが、人工的メラトニンサプリは避けよう
NCAAタスクフォース(2019)(a)、睡眠介入システマティックレビュー(2018)(b)、睡眠衛生システマティックレビュー(2019)(c)を併せたまとめ
a.Kroshus E, Wagner J, Wyrick D, et al. Wake up call for collegiate athlete sleep: narrative review and consensus
recommendations from the NCAA Interassociation Task Force on Sleep and Wellness. Br J Sports Med. 2019;53(12):731-736.
doi:10.1136/bjsports-2019-100590.
b.Bonnar D, Bartel K, Kakoschke N, Lang C. Sleep interventions designed to improve athletic performance and recovery: a
systematic review of current approaches. Sports Med. 2018;48(3):683-703. doi:10.1007/s40279-017-0832-x.
c.Vitale KC, Owens R, Hopkins SR, Malhotra A. Sleep hygiene for optimizing recovery in athletes: review and recommendations.
Int J Sports Med. 2019;40(8):535-543. doi:10.1055/a-0905-3103.

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