パワーリフティングという競技は『力』だけで勝ち残ることは到底できない。動きに幅を持たせ、怪我予防にもつながる『柔軟性』。ブレのない動作と高重量に負けない軸の強さにつながる『安定性』。この両軸が確立されることで、『力』を存分に発揮することが可能となる。そして、自分の『力』を存分に発揮するために必須となるのがウォーミングアップだ。そこで今回は、筋肉を中心に安定性確保に役立つウォーミングアップを牛山恭太選手が徹底解説。
※IRONMAN 2024年8月号に掲載された「パワーリフティングを始めよう!牛山恭太が伝授 ウォーミングアップ安定性確保編」をWEB用に編集したものです。
ウォーミングアップで身体の動きを向上させよう!安定性確保編
うしやま・きょうた
1997年8月10日生まれ。北海道音更町出身。身長168㎝。パワーリフティングノーギア66㎏級日本チャンピオンおよびトータル&デッドリフト日本記録保持者。パワーリフティングを広めるべくYouTubeチャンネル「パワーチューブ」を開設。公式記録(ノーギア):スクワット240㎏、ベンチプレス172.5㎏、デッドリフト300㎏(日本記録)、トータル712.5㎏(日本記録)
安定性を確保するためにウォーミングアップを取り入れる理由を理解しよう!
ベストなパフォーマンス発揮のために、可動域を確保するのと同時に求められるのが、身体の安全性の確保です。では、安定性を確保するためには、どうすればいいと思いますか?それは、筋肉へのアプローチ。関節を中心としたウォーミングアップで確保した可動域に加え、筋肉にも刺激を与えます。そうすることで、動いてほしい箇所、安定してほしい箇所のそれぞれが正しい働きをしてくれるのです。身体の構造に沿った形で正しい動きを見つけることは、動作全体の安定性に直結します。
関節と筋肉がベストな位置にポジショニングできるようになることは、フォームの良さにつながります。私は『フォーム=身体のポジション作り』であると考えています。パワーリフティングで言えば、効率的にものを挙げる、力を伝えるためのポジション作りです。正しいポジショニングの取れた身体に重量が乗っていくようなイメージを持っています。高重量を扱うためにもベストなポジションに身体を整える。それが良いフォームであり、怪我のリスクを最小限に抑えつつ、最大の記録が出る方法なのです。
あなたは大丈夫?セルフチェックで動作エラーに気付こう!
ここまで、可動域と安定性の確保が記録を伸ばす上で非常に大切な要素となるということは理解いただけたと思います。その反面、「自分には今なにが欠けているのか分からない」「身体を動かす上で、自分の弱みや苦手を知りたいけど、チェック方法が分からない」と実践前に自分の身体を知りたいと感じる方も多いのではないでしょうか?自分の身体や苦手な動作を確認することは非常に良いことです。得意と苦手を把握することで、試行錯誤の質も変わってきます。
安定性が確保できていないときに生じやすいエラーとして挙げられるのが、腹圧をうまくかけられないということ。腹圧がかけられないと動作の安定感も失われます。いくら背骨が真っすぐに整っていても、腹圧がかけられないことには、高重量を扱うパワーリフティング競技で戦い抜くことは難しいです。大切なのは、腹圧が正しくかかるポジションに身体を調整すること。そのためには、これから紹介をする筋肉に刺激を与えるエクササイズがとても重要です。腹圧をかけることで体幹が安定し、最終的には重量を扱う際の動作全体の安定感につながるのです。
正しいウォーミングアップのタイミングとそれぞれの種目の目的を理解しよう!
前提として、ウォーミングアップを行うタイミングは、トレーニングを始める一番最初。バーベルを握る前に必ず行いましょう。ただし、種目によって取り入れるタイミングにも工夫をしているので、要チェックです。
今回紹介をする6種目は体温が上がりやすいというメリットがあります。筋肉に収縮を与え続けるような、アイソレーション的な種目なのです。これらは身体が温まり、かつ筋肉に良い刺激も与えられるため、練習前に行う意義があると言えます。では、可動域確保のためのエクササイズとの順番は意識しなくてもいいのかというと、実はそうでもありません。例えば、これから紹介をする種目でも、ある程度の可動域がないと意味をなさないものもあります。そして、可動域を出すためには、身体が温まっている状態であることも大切です。
以上から、私の考えるベストなウォーミングアップの順番は『サイドプランク、プランク、デッドバグの体幹系種目』『可動域確保のための種目』『体幹系種目を除いた安定性確保のための種目』であると考えます。
今回は安定性を確保することにフォーカスをした6つの種目をご紹介。後編では写真付きで解説をしているので、実践の際にはぜひ活用してみてくださいね。
①コペンハーゲンサイドプランク
内転筋の活性化、身体の側面における連動性の向上、肩甲骨の安定性の向上が期待できます。初心者の方はまず、20秒を左右2セットずつ行うことを目標に取り組みましょう。しかし、コペンハーゲンサイドプランクは姿勢をキープすること自体の難易度が高いのも事実です。焦らず、少しずつキープ時間を伸ばしていきましょう。姿勢の維持ができない方は、キープをするときに必要な筋肉をうまく使いきれていないことが考えられます。この種目は筋肉の使い方を養うトレーニングでもあるのです。難しいですが、ぜひチャレンジしてみてください。
②プランク
腹筋や体幹の強化が大きな目的となります。体幹系の種目はプランクを含めて3種目紹介しますが、実践の際には次に紹介をするデッドバグの後に取り入れていただきたいと考えています。デッドバグは背中と地面が接しているため、背骨が真っすぐな状態を身体に覚えさせやすいというメリットがあります。そして、その後にプランクを行うという段階を踏むと、より正しい姿勢での体勢キープが図れるのです。まずは60秒を目標に取り組みましょう。そして徐々に、ステップアップとしてバリエーションを持たせると、さらなる体幹強化が期待できますよ。
③デッドバグ
姿勢の保持をする動作学習として非常に重要な種目となります。デッドバグは背骨が真っすぐの状態を保ちながら、お腹に力も入れることが求められる種目。スクワットやデッドリフトでは直接的な動作のつながりがあるため、イメージはしやすいと思いますが、ベンチプレスでも腰へのダメージを軽減できるといった効果があります。腰へのダメージを抑えられる分、胸の位置が高くなり、フォームも組みやすくなるのです。回数は20回以上を目指しましょう。ただし、動作を入れることが難しい方は、姿勢をキープする練習からの実践がお勧めです。
④ローテーターカフ
肩関節周辺の動きと安定感を養うことが大きな目的のエクササイズです。肩関節に動きが出ると、腕まわりや肩甲骨にも余裕が生まれてきます。
これは、ベンチプレスにおいてはもちろんのこと、スクワットの担ぎやすさにもつながるものになります。背中でバーベルを支える安定感に関わるのです。肩周りの筋肉が動くことによって、関節へも良い影響を及ぼしてくれます。回数は20回程度を目標に取り組んでみるといいでしょう。
⑤回旋エクササイズ
身体を横に回す動作の可動域を養うことが目的です。パワーリフティングでは一見、回旋系の動作はないように感じますが、実は随所に隠れています。例えば、ベンチプレスで交互に肩甲骨を入れ込む動作。スクワットでバーベルを背中に乗せる際のポジション作りでの動作などです。このときに、動きの連動性を出すことは非常に重要であるといえます。上下・前後だけでなく、回旋動作も加えた動きがスムーズに行えると、より良い動きが実現できるでしょう。20回ほど、ゆっくりと動かす意識を持って取り組んでみてください。
⑥背面活性化エクササイズ
背中に刺激を入れつつ、大殿筋やハムストリングの収縮を得ることを目的としています。この種目はパワーリフティングコーチである中澤悠人さんから教えていただいたエクササイズなのですが、全身の後背部に刺激を入れることができるため、BIG3全ての種目に生かされます。さらに、先ほど紹介をした腹筋系3種目の後に行うと背中の張りが抑えられ、回旋や背面エクササイズでの動きも向上します。まずは、20回を目安に取り組みましょう。
ウォーミングアップ後は即実践 バーベルを握って確かめよう!?
さあ、じっくりとウォーミングアップを行った後は即実践です。バーベルを持ち、『良い動き』ができているか確認をしていきましょう。
まず、動作チェックは低重量のうちにすることが鉄則です。皆さんにも、自分の中である程度余裕を持ってこなせる重量というものがあると思います。この間に、自分がやってきたウォーミングアップは足りているのか、理想の動きが出せる状態にあるのか、というところを判断することが大切です。もし、ウォーミングアップが足りていない感覚があれば、不足していると感じる部位に刺激の入るエクササイズを追加で取り入れましょう。そして、高重量域では何も考えず、身体が自然と動くコンディションやメンタルを整えます。
コンディションの良し悪しの基準は、これまでの自分の『良い状態』で考えると思います。私は、この『良い状態』の基準をぜひ引き上げていただきたいと考えています。グッドコンディションのベースラインを上げることができれば、パワーリフターとして大きな成長を遂げること、間違いありません。
取材・文:池田光咲 撮影:坂井亨輔