筋肥大を決定づける要因の一つが「性ステロイドホルモン」だ。DHEAをはじめとするホルモンの分泌機構は、近年の研究で骨格筋自身が重要な役割を担うことが明らかになっている。その一方で、外的摂取にはドーピングリスクや副作用の問題が伴う。では、食品由来で安全にホルモン合成を促す方法は存在するのか――。家光素行教授と桑原弘樹氏が、ヤムイモ類(=山芋)に含まれる注目の成分「ジオスゲニン」と筋トレの相乗効果に迫る。
取材・文:飯塚さき 写真提供:株式会社沖縄テレビ開発
くわばら・ひろき
立教大学卒業後、江崎グリコに入社。スポーツサプリメント事業を立ち上げ、スポーツフーズ営業部長などを歴任し、現在はアドバイザー。桑原塾を主宰し、100人以上のトップアスリートのコンディショニング指導も行っている。NESTA JAPANのプログラム開発担当も務める。
いえみつ・もとゆき
筑波大学大学院医学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、筑波大学大学院助手、国立健康・栄養研究所客員研究員を経て、2010年より立命館大学スポーツ健康科学部准教授に就任。2014年から教授となる。専門分野はスポーツ生理・生化学。
性ステロイドホルモンとは?カギは材料のDHEA
桑原 過去にはMLBで活躍したマーク・マグワイアや陸上短距離のベン・ジョンソンといったトップアスリートが、いわゆる筋肉増強剤のドーピング違反で話題となりました。私が取り組んできたボディビルも、ドーピングに厳しい業界です。競技力向上のために筋肉を増やすという考え方には賛成ですが、禁止薬物にはもちろん賛同できません。禁止ではない、健康面でも安心なかたちで筋肉を増やすサプリメントを作れないか、長年試行錯誤しましたが、性ホルモンによるアプローチで筋肉を増やすサプリメントを作ることはどうしても難しかったのです。まずは、性ステロイドホルモンとは何か、どういったものなのか、家光先生からご説明いただけますか。
家光 性ステロイドホルモンは、一般的に男性ホルモンと呼ばれるテストステロン、女性ホルモンと呼ばれるエストロゲンなどがあり、男性・女性の性機能や生殖の維持、成長に必要なもので、同化・異化にも関係することが知られています。ほかにも、心臓や血管機能の維持、骨粗鬆症や認知症、加齢に伴う筋肉の萎縮といった加齢性疾患への関与やメンタル面においても、一定量なければならないものだと分かってきました。主な材料はコレステロールと、副腎から作られるDHEA で、これらが血液を通して分配されます。2000年以降の研究で、卵巣・精巣だけでなく、肝臓、腎臓、脳、脂肪、骨でも作られること、さらには最大の臓器である骨格筋でも作られることが分かったのです。その骨格筋でもコレステロールを材料に性ステロイドホルモンが作られれば最も早いのですが、骨格筋で性ステロイドホルモンを作るためには、その材料としてDHEA が必要となります(図1)。

桑原 コレステロールをどんどん取ったからといって、性ステロイドホルモンができるわけじゃないんですね。テストステロンを直接口にするわけにはいかないからDHEAを求めるのだけれど、ドーピングや副作用の危険性も含めて不安です。いかに安心してDHEAを取れるかは長年の課題でした。アスリートだけでなく、一般の中高齢者にもDHEAは重要とのことですが、どのような機能があるんでしょうか。
家光 糖尿病や肥満、サルコペニアの方は、血中DHEA濃度が特に下がっています。一般的に、20歳をピークにして、男女共に軒並み低下するもので、50歳になれば半分になるという報告もあるほどです。アスリートはこれまで、長距離の選手は血中テストステロン濃度が低いという研究がありました。私たちの研究から、短距離選手もDHEAが少なくなっている選手がいることが明らかになりました。アスリートの場合は、分泌能力が低下しているというよりも、使いすぎて需要と供給が合っていないのではないかと考えています。疾患や加齢とは違う意味で不足していると考えられます(図2)。

ジオスゲニン+筋トレでさらなる筋量アップに
桑原 立命館大学では、DHEAそのものを外的に摂取する研究をされたそうですね。どんな結果になったのでしょうか。
家光 動物実験においてDHEAを経口投与すると、体脂肪が減って筋量が増えました。また、骨格筋での脂質や糖の代謝の活性(利用)が増えるので、糖尿病や肥満への応用も期待されます。さらに、運動と併用することでさらに効果が増強されるということも分かってきました。DHEAをただ摂取するだけよりも、そこに、運動を加えることで性ステロイドホルモンを代謝する酵素が活性化し、結果的に性ステロイドホルモンの分泌を促進するからだと考えられます。 ただし、DHEAは医薬品扱いで容易に手に入れることができず、入手できたとしてもドーピングや副作用といった大きな課題があります。そのため、安全に摂取できないかと考え、食材でDHEAの代替えになるものがないか、かなり探しました。辿り着いたのがDHEAと化学構造が類似している「ジオスゲニン」でした。次に、ジオスゲニンを含む食材を探し、ありとあらゆる食材を調べましたが、残念ながらほとんど含有されていませんでした。唯一、自然薯などのヤムイモ類(=山芋)に少しだけ含有していることは分かっていたのですが、その中で沖縄でしか栽培されていないトゲドコロ山芋(通称:琉球ヤムイモ)に特に多く含有していることが分かりました。そこからジオスゲニンに関する研究を重ねています(図3)。

家光 ヒトを対象とした臨床試験(RCT)では、アスリート(陸上競技選手)と中高齢者に摂取してもらいました。陸上競技選手に、筋力トレーニングをしながらジオスゲニンを一定量摂取できるように規格したトゲドコロのサプリメントを摂取してもらうと、トゲドコロを摂取していない選手よりも筋量と筋力に対して有意な変化が見られ、また、低下していた活性型テストステロンの血中濃度も一般人に近いくらい戻ったのです。また、中高齢者を対象とした試験では、ゴムチューブを使った低〜中程度の筋トレとトゲドコロサプリメント摂取で、筋量だけでなく筋機能や筋質(筋内の脂肪量や線維量の低下)などの変化も認められています(図4)。

桑原 私がジオスゲニンを気に入ったのは、自分がもうすぐ高齢者になることと(笑)、トレーニングは続けているので、常に筋量を増やしたい精神でいるからです。一度試して、違いを感じました。あくまでも私個人の記録ですが、体組成計のインボディで計測したら、半年前より体重は2㎏減ったのに、筋肉は2㎏増えていました。私は日頃からさまざまなアスリートを指導していますが、選手たちにほぼ共通して言えるのは常に身体が疲れているということです。これまでの取り組みでは、抗酸化等は功を奏していて、明らかに疲労も軽減したのですが、ジオスゲニンも数人に試してみて体感しています。漠然とした疲労感の軽減に加え、メンタルの強化にもつながっていると感じます。 今回、家光先生の研究内容を伺って、自分のやってきたことが間違っていなかったとお墨付きをいただいて、安心しています! ジオスゲニンで一番うれしいのは、やっぱりなんといっても安心して飲めること。食品に含まれる素材だからこそ、ドーピングへの安心感は本当に大きい。アスリートたちにとって、取らない手はないとさえ思います。アスリートは練習するのが仕事ですが、食事や睡眠も仕事のうち。機能や理屈も理解しながら、活用していけるといいですね。
家光 ジオスゲニンは、アフリカ、オセアニア、日本、東南アジアなど、世界各地で広く伝統的に食されているヤムイモ由来の天然成分です。沖縄産のトゲドコロ山芋同様に、長く食文化に根差した食材が、日本発のスポーツ食品として新たな形で活用される可能性に期待しています。今後研究が進みジオスゲニンの作用機序が解明されれば、他の利点も明らかになるでしょう。我々は現在、免疫機能にも利益があると考え、現在、口腔内の免疫機能を高めることを明らかにしています。この効果は、インフルエンザやコロナ、風邪を予防できる、つまりコンディショニングとしても活用できるのではと期待して、研究を進めています。
桑原 奥深いですね。筋肉の研究はまるで宇宙旅行。これからも果てしない宇宙の旅を続けていきたいです。










