近年、競技人口の増加に伴い、一層の盛り上がりを見せているパワーリフティング。その一方、ネット上には様々な情報が錯綜。ビギナーリフターが正しい情報をキャッチし、正確な知識を身につける難しさも大きな課題となっている。情報の取捨選択が必須となったいま、ビギナーリフターがまず意識するべきことはなにか。強く長く活躍し続けるためのノウハウを牛山恭太選手が徹底解説。
※IRONMAN 2023年11月号に掲載された「パワーリフティングを始めよう!」をWEB用に編集したものです。
パワーリフティングを始めよう!
第1回 ビギナーリフターが絶対に押さえておくべき筋トレの基本4選
【ポイント1】ケガ予防は成長への最大の近道!自然な動きを意識しよう
「ケガをしない」という言葉をよく耳にしますが、実はこれを実現する難易度はかなり高いです。理由は、競技者として一流を目指す人ほど、焦りなどの様々な心理的要因から無理をしてしまうリスクが高まるから。これだけを聞くと「ケガはスポーツをする上で避けては通れないのだから、多少無理をしてでも最短で強くなる方法を知りたい」と思う選手も少なくないでしょう。しかし私は「ケガをせず、自分に合ったフォームを取るためのコンディション調整」が競技をする上で最も重要なことだと考えています。
ケガというのは、思うような練習ができなくなるだけでなく、心理的にも大きなダメージを与えるものです。私自身も今までケガが原因で競技を離れる人を何人も見てきました。「ケガをしない」のは難しいことだからこそ、それを実現した人の強さは凄まじいものだと私は思います。
では「ケガをせず、自分に合ったフォームを取るためのコンディション調整」とはどういうことかというと、ここでは技術と並行した機能改善を意味します。競技力向上には技術面の成長は必要不可欠です。多くの人はここに気を取られ過ぎてしまいがちですが、私はここに日々のウォーミングアップなどの機能改善も同等レベルに重要なことだと考えています。例えば、股関節が硬いとスクワットやデッドリフトに大きく影響します。しかし、身体の柔軟性というものは1日で解決するものでは決してありません。したがって、柔軟性は時間をかけて作り上げていく必要がある機能改善なのです。そして、時間をかけて作り上げた柔軟性はケガを未然に防ぐ大切な要素となるだけでなく、身体に無駄な負荷をかけず、効率的な挙上を実現する切り口にもなり得る非常に重要なものなのです。
ここからは動作時の意識するべきポイントを種目別で具体的に解説します。
■スクワット
スクワットにおいて意識してほしいポイントは「足裏の感覚」と「ボトム位置の確認」です。まず「足裏の感覚」に関して、例えばしゃがみの動作時につま先が浮いてしまう人がいます。これは足裏全体で身体を支えられていない証拠です。重心は土踏まずの上に乗せるイメージをもつことで、つま先が浮くといったエラーは解消されるでしょう。これができれば自分の持つ最大出力を無駄なく発揮できるようになります。次に「ボトム位置の確認」に関してですが、これは自分が無理なくしゃがめる位置を事前に確認するということです。全ての人がはじめからフルスクワットをできるとは限りません。だからと言って、無理な姿勢でフルスクワットを行う必要もないのです。大切なのは、最も自然な動きでスクワット動作ができるかどうか。その範囲内でのボトム位置を理解することで無理のないフォームで取り組め、ケガの予防にも繋がります。そしてここに柔軟性などが加わることで、自然なフォームでのフルスクワットが完成するのです。
■ベンチプレス
ベンチプレスにおいて意識してほしいポイントは「シャフトのコントロール」と「胸郭の立ち上げ」です。ベンチプレス初心者でありがちな動作として、シャフトが胸でバウンドし、シャフトを自由落下させる動きをとってしまうことが挙げられます。この動作は肩のケガのリスクが大きいため、望ましいフォームとは言えません。そこでポイントとなるのが「シャフトのコントロール」です。単にゆっくり下すということではなく、コントロールができる範囲で下すことが重要になります。
また「胸郭の立ち上げ」というのは、いわゆる「アーチを組む」ということを意味します。これはシャフトが胸に付くまでのストロークの短縮効果だけでなく、肩のケガ防止の役割も果たす重要なポイントです。ベンチプレスは重量が増すにつれ、肩への負荷も増える種目です。極端に高いアーチを組む必要はありませんが、適度な胸郭の立ち上げはあるに越したことはないでしょう。
■デッドリフト
デッドリフトにおいて意識してほしいポイントは「股関節に支点を置くこと」です。これは、ヒップヒンジと呼ばれるもので、腰を支点としないことがポイントとなります。では、股関節を支点としたフォームとは何を意識すべきかというと、挙上時に一気に力を入れるのではなく、徐々に力を込めるイメージで行うということです。さらに、フィニッシュ時は上体を起こすことを意識しすぎないのが重要になります。デッドリフトは一見すると、上半身を起こす動作に見えがちですが、どちらかというと上半身は耐えながら、足裏で床を押し込む力を噛み合わせる動作と考えた方がいいと思います。そうすることで自然と股関節が支点となるスタイルが完成するでしょう。
フォームに関しては足幅の狭いナロースタンスから始めることをおすすめします。スクワットと同じく、デッドリフトにおいても足裏全体で床を押し込むことが重要になります。ナロースタンスであれば、足幅を広げるワイドスタンスに比べて足裏からの最大出力を発揮しやすく、フォームもシンプルであるため、ビギナーの方にはおすすめです。まずはシンプルなナロースタイルで基本を身に付けていくのが良いでしょう。
【動画で解説】牛山選手がNAOTOさん、ウッディ上田さんの3人とともに運営する『パワーチューブ』から本記事連動動画をご紹介!
【ポイント2】筋肉に頼りすぎない!楽に挙げることを考えよう
パワーリフティングという競技は全身連動の運動なので、どれだけ効率的に高重量を挙上するかを考えることは非常に重要です。私の場合「骨で持つ」という表現をよく使うのですが、人間本来の骨格を上手く利用しつつ、いかに最小限の筋力で収めるかを常に意識しています。もちろん、筋肉が不要と言っている訳では決してありません。むしろ筋肉は必要です。しかし、パワーリフティングという競技の特性上、重い重量を挙上することが求められるので、少ない力で重い重量を挙げるに越したことはないのです。
そこで重要になるのが「骨で持つ」ということです。骨格で重量を受け止め、楽に効率的に重量を扱うことによって、無駄な筋力を使うこともなく、ケガのリスクの軽減に繋がります。人間の構造上の仕組みに則った動きは必ず動きやすいものです。骨格で支えるイメージをもちながら、自然な動きができるポイントを探しましょう。
【ポイント3】練習ボリュームは徐々に増やそう!
より高いレベルを目指そうとする人ほど陥りやすいのがオーバーワークです。オーバーワークは大ケガにも繋がりかねない危険なものなので「追い込む」こととの見極めが非常に重要となります。特にトレーニングの経験が浅い方であれば、自分のキャパを理解するためにもトレーニングのボリュームは徐々に増やしましょう。
体力は人それぞれですが、ビギナーの方であればスクワットは週2回、ベンチプレスは週3回、デッドリフトは週1回の頻度からスタートできると良いと思います。1日につき2種目行う計算であれば週3日程度のトレーニングとなるので、程よく休息もできるでしょう。そして、毎回MAX重量を扱うのでなく、高レップやフォーム練習など目的を変えてトレーニングを行うことによって疲労も溜まりにくくなります。そうすることで、余力で補強トレーニングを追い込み、筋肉を付けることができるのです。ボリューム耐性は少しずつ付け、まずはトレーニングに身体を慣れさせることに意識を向けましょう。
【ポイント4】痛みは危険信号!「追い込みすぎない」を大切にしよう
「筋トレ=追い込む」というイメージを持たれている方は多くいると思います。しかし、パワーリフティングは筋トレではなく競技です。重量を伸ばすという観点では、追い込みすぎないトレーニングが重要になります。そしてこの「追い込みすぎない」という概念を数値として評価できるのが(※)RPE理論と呼ばれるものです。はじめからRPE理論を全て理解して取り組むことは難しいですが「追い込みすぎない」ということを意識するだけでも、トレーニングへの向き合い方は大きく変わります。大切な価値観として、ぜひ意識してみてください。
そして、痛みは危険信号です。痛みを我慢し続けると、それは必ず大ケガへ繋がります。痛みを感じた場合は、痛くないフォームに改善できないか考えることを怠らないでください。とはいえ、疲労が溜まると痛みは出てくるものです。痛みの原因が疲労であれば、大ケガとなるデッドラインは踏まないよう、徐々に疲労を抜き、正常なコンディションへ戻すことに意識を向けましょう。痛みに慣れてしまい、ケガへの警戒心を持たないことは最も危険な状態です。ケガを未然に防ぐためにも、痛みへの感度は高く持ち続けることが大切なのです。
【番外編】大会出場を目指すビギナーリフターへ
パワーリフティングの大会へ出場するという選択をしてくださり、ありがとうございます。競技と向き合う中で、思い通りにならないことも多くあると思いますが、パワーリフティングという競技は間違いなく楽しいスポーツです。試合では対戦相手がいますが、どんな時も自分と向き合い続けることを忘れないでください。自分に打ち勝ち、限界を越えるという気持ちを大切にして初大会を楽しんでほしいと思います。順位は最終的に付いてくるものなので、一歩一歩進むことにまずは集中してみてください。パワーリフティングは頑張った分だけ数字として結果に現れる競技です。前回の自分を超える経験があれば、競技への楽しさも格段に上がります。私たちと共にパワーリフティング界を盛り上げていきましょう!
牛山恭太
うしやま・きょうた
1997年8月10日生まれ。北海道音更町出身。身長168㎝。パワーリフティングノーギア66㎏級日本チャンピオンおよびトータル&デッドリフト日本記録保持者。パワーリフティングを広めるべくYouTubeチャンネル「パワーチューブ」を開設。公式記録(ノーギア):スクワット240㎏、ベンチプレス172.5㎏、デッドリフト300㎏(日本記録)、トータル712.5㎏(日本記録)
構成:池田光咲 写真提供:牛山恭太
【動画で解説】牛山選手がNAOTOさん、ウッディ上田さんの3人とともに運営する『パワーチューブ』から本記事連動動画をご紹介!