世界的に話題のフィットネスレース「HYROX(※)」で活躍する選手に迫るコーナー。第12回は、初挑戦ながら見事に完走を果たした篠崎美穂(しのざき・みほ/48)さんを紹介する。
※「HYROX(ハイロックス)」とは、ランニングとフィットネス種目を組み合わせた新しいスタイルの競技。1kmのランニングと、8種目のファンクショナルトレーニング(機能的全身運動)を交互に繰り返すことで、筋力や持久力だけではなく、さまざまなフィットネスに関する能力が問われる。
無理から始まった挑戦
「私の身体つきでは到底太刀打ちできない」―最初にHYROXの映像を見たとき、篠崎さんが抱いた率直な感想だ。
「マッチョな選手たちが重量物を押し引きしながら走る姿は、まさに未知の世界でした。でも、怖いもの見たさと日本初開催ということもあって、リレーで協力しながらならできるかなと思い、仲間を誘って参加を決意しました」
ところが、初めて参加した練習会で状況は一変する。
「ソロで出た方が絶対に達成感あるよ!」という仲間の一言に、場の空気が一変。全員が「それだ!」と賛同し、流れで篠崎さんもソロに挑戦することに。
「勢いでエントリーしましたが、待っていたのは未知の動きの連続でした。特にウォールボールは思った以上に難しく、ゴールできないんじゃないかという不安が何度も頭をよぎりました」
それでも篠崎さんは諦めなかった。YouTubeで海外選手の動きを何度も見ては真似し、日々フォームを確認。できなかった動作が少しずつ形になっていくうちに、「怖い」よりも「やってみたい!」という気持ちが勝るようになっていった。
“環境がなくてもできる”を証明
練習会に参加したのは最初の1回だけ。あとは仲間と一緒にルールブックを読み込み、動画を見ながら半年間の自主トレーニングを積み重ねた。
「負荷をかける工夫もいろいろ試行錯誤しました。スレッドプッシュは本番よりも高負荷でやろうと考えた結果、本物の車を押して練習したんです(笑)」
得意種目はバーピーブロードジャンプとサンドバッグランジ。下半身の安定感には自信があったが、レースでは想定外のトラブルも起きた。
「スレッドプルではロープが足元に絡まり、うまく引けずに予想以上に時間がかかってしまいました。さらに、バーピー後のランは頭が回らなくなり、1周余計に走ってしまうという痛恨のミスもありました」
苦手なウォールボールは、ネットで同サイズのボールを購入し、壁を相手に何百回も投げ続けた。限られた環境の中でも、工夫次第で本番に近い動きは再現できる――着実に力をつけた篠崎さんは身をもって証明した。
怪我を乗り越えた先に見えた“挑戦する楽しさ”
本番10日前、まさかの肉離れ。出場自体が危ぶまれる中、仲間たちは応援動画を撮って送り、サプリメントや治療機器まで届けてくれた。
「こんなにも支えられているんだ!と感じた瞬間、心が一気に前向きになりました。絶対に完走するという強い気持ちをもって、本番まで最善をつくしました」
迎えたレース当日。テーピングで固めた脚を引きずりながらも、仲間の声援を背に一歩ずつ前へ。ゴールした瞬間、堪えていた涙が溢れた。
「痛みも不安も全部吹き飛んで、ただ“やり切った”という感情だけが残りました。“できない”と思ったことでも、本気でやりたいと思えば必ずできる。そう信じられるようになりました」
HYROXは確かにハードな競技だが、挑戦の先にあるのは結果だけではない。努力を重ね、仲間と支え合い、限界を超えた先でしか味わえない「自分への信頼」。
篠崎さんが体現したのは、まさに“挑戦することの美しさ”そのものだった。
文:林健太 写真提供:篠崎美穂
パーソナルトレーナー、専門学校講師、ライティングなど幅広く活動するマルチフィットネストレーナー。HYROX横浜はシングルプロで出場。
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