「私は人生で痩せたことがありませんでした」。
2024年、IFBB世界フィットモデル選手権で日本人初の金メダルとワールドカップ総合優勝を達成した本田有希子さん。幼少期から肥満体質に悩み、無茶なダイエットを繰り返してきたという過去から、いかにして世界を制した美しい肉体は育まれたのか。名コーチ・柏木三樹氏の指導のもとで行われた身体の基礎作りから食事、トレーニング、ストレス管理まで、ボディメイクの全貌を紐解く。
女王に憧れた万年ダイエッター
━━ボディメイクを始めようと思ったきっかけを教えてください。
本田 私は幼少期から筋金入りの肥満体質で、人生で痩せていた時期というのがありませんでした。さらに、高校時代から炭水化物抜きやサラダのみといった無茶なダイエットを繰り返していたため筋肉もなくて代謝も悪く、自分なりに体重を減らしたつもりでも「締まりのないぽちゃぽちゃの身体」になるだけでした。
そんな痩せるのを諦めつつあったある日、テレビでビキニフィットネスの女王・安井友梨(やすい・ゆり)さんの特集を観ました。筋肉を纏った肉体のあまりの美しさとビキニの煌びやかな世界観に圧倒され、ただ漠然と痩せればきれいになれると思っていた価値観を根底から覆されました。すぐに『エクサイズ』に入会希望の連絡をして、柏木先生に「私は安井さんになりたい。ステージに立って優勝したい」と伝えました。

エクサイズトレーニングスタジアム入会時の2018年4月
柏木 本田さんのオーダーどおり、「ビキニ選手としてステージで優勝できる身体」にするために最初に課題としたのは土台の構築です。ウエストの太さの改善、猫背で首が前に出て巻いたなで肩に、突き出て後傾した骨盤など肥満の人によくある骨のアライメントだったので、土台を作り直すことから始めました。
本田 姿勢の悪さは幼少期からで鳩胸を気にして縮こまる癖がついていたんですよね。慢性の肥満につながったのは、料理教室に通うほど食事が好きだったということが大きいです(笑)。パンやお菓子が大好きで、「食事=楽しむもの」という考えから栄養には無頓着でした。また、総合病院での助産師という仕事柄、日勤・夜勤入り混じる不規則な就業時間のストレスと、命を預かるプレッシャーで過食に走ることも拍車をかけてました。

助産師の本田さん
土台作りの一年間
「正直、かなり不安だった」
━━土台づくりとは具体的にどんなものだったのでしょうか?
本田 最初の一年間は、ひたすら身体のストレッチとマッサージの筋整(エクサイズ特有の筋膜リリース整体)です。60分のパーソナルが筋整で終わることも多々ありました。柏木歪んだ骨格や柔軟性のない筋肉といった、整っていない土台の上に筋肉を増やそうとしても歪な形になるだけですし、そもそも上手く動作できないからトレーニング自体の効果が激減してしまうんです。たとえば骨盤後傾の状態でスクワットをすると、脚ばかりに効いて脚は太くなり、お尻はぺったんこのままという事態になります。また、身体の柔軟性がないとボディラインにカーヴィさが出ません。柔らかい筋肉と整った骨のバランスは、若々しく女性らしく魅せる上でもとても重要です。
━━筋トレはほとんど行なわなかったということですか?
本田 はい。週に2回のペースで通うなかで、初大会までに行なったトレーニングはビハインドネックラットプルダウンと、ニーリングの2種目だけです。自主トレも必要ないと言われたのでしていません。その代わり、柔軟性を高めるためにお風呂上がりのストレッチを指導されて毎日続けました。これは今もずっと行なっています。
柏木 女性らしいボディメイクには、満遍なく筋肉を鍛えるというセオリーよりも、必要な箇所に特化して鍛えていくほうがより視覚に訴えかける強弱のあるデザインができます。本田さんの場合は、骨盤の大きさに負けない丸いお尻を作るための殿筋群と、整えた背骨を補強するための背筋群に焦点を絞りました。ただ、それは他は全く鍛えていないというわけではありません。たとえば、ビハインドネックプルダウンをすれば、腕も使うし胸も使う。特化していない部位は、多関節運動で副次的に鍛えれば十分という意味です。
━━それでも筋肉は発達していったのですか?
本田 はい、一週間に1種目のトレーニングでも筋肉がついていく感覚がありました。
柏木 そのように少ない種目とボリュームでも、筋肉の可動域やコンディションがよければ最大のパフォーマンスを発揮でき、かつ、トレーニングのストレスや疲労によるカタボリックを抑えて着実な筋肥大が狙えるんです。あとはフォームをしっかり基礎から意識して負荷を乗せる感覚を身につけてから、高重量への挑戦でさらに成長を加速させていくという流れです。
本田 最初はただ重くて辛いという感覚しかなかったのが、徐々に効いているという感覚がわかるようになりました。ただ、減量がなかったので筋肉がついたことで服がパンパンになっていき、むしろより太っているんじゃないかというボディラインになっていく自分に、正直、かなり不安は覚えていました(笑)。でも、先生を信じると決めたんだから従おうと。あとは周りの選手の方々からの声が励みになりましたね。すごくスタイルのいい先輩から「いい身体になってきたよ」「お尻がついてきたね」と褒められることで、間違っていないんだと思えました。
━━食事についてはどう変わりましたか?
本田 PFCなど栄養管理を知ったことで、今までとは違った料理の楽しみを覚えました。簡素になりがちなボディメイクのご飯を、いかに彩り良く美味しく作るかは、増量期も減量期もずっと役に立っていますね。

ボディメイクのご飯。「今までとは違った料理の楽しみを覚えました」
ぽっちゃりお腹から世界で戦えるくびれへ
━━最初に身体が変わったと感じたのはいつごろですか?
本田 トレーニングを始めてから一年後です。大会に向けて初めて減量して現れた身体を見て、「これが本当に自分なのか」と思いました。体重はボディメイク前とほぼ同じなのに、見た目がまるっきり変わっていました。そして、デビュー戦の愛知県大会で優勝して、「本当に変わったんだ。私でも変われるんだ」と感動しました。
━━美しく変化した本田選手の身体のなかでも特徴的なのが非常に細いウエストですが、痩せるだけではない工夫があると聞いています。
柏木 はい。そのひとつがどのトレーニング中でも必ずベルトをすることです。ベルトできつく締め上げることで、
①筋肉の動きをなくして肥大を物理的に防ぐ
②外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋を柔らかくしてたわみを作る
③胸式呼吸に自然になることで肋間筋の柔軟性を上げ、胸郭下部を呼吸筋で狭められるようにする。
この3点で美しい曲線のくびれが生まれます。
エクサイズでは特製のベルトを使用しており、全体は細く背面のみサポートが付いた特殊形状により、女性の小さな体格でも肋骨と骨盤に触らず、下背部の反りすぎを防ぐ効果があります。
本田 ギリギリだったベルトの穴がひとつずつ狭まっていき、最終的には新しく穴を開けるまで細くなってびっくりしました。
柏木 筋整とベルトで腰周りの柔軟性をつくり、トレーニングでは腰に負担の掛からない種類やフォームを徹底していくことが、くびれづくりの要ですね。
女性のボディメイクに必要なこと
━━女性のボディメイクと男性のそれでは、異なる視点が大切だとお聞きしています。
柏木全く違いますね。女性はストレスや栄養素の不足がダイレクトに影響し、すぐに身体が防御反応を起こしてしまいます。やみくもにトレーニングや減量をしても、効果が男性のようには出ないんです。さらにホルモンの周期によっても心身が揺れ動きます。体重が落ちなかったり、気持ちが弱くなったり、身体が固くなったり、痛みに敏感になったりという変化を理解して寄り添った総合的なサポートが必要です。
本田 全然体重が減らないとき、使用重量が落ちてしまうときに、「今は身体の仕組みとして仕方ないことで、絶対に大丈夫だから」と理論的に言ってもらえたことで、どれだけ救われたかわかりません。ボディメイクにおいてストレス管理の大切さを教えてもらい、自分でも登山などの運動とメンタルの解放を兼ねた新しい趣味を見つけました。私は7年間競技に奮闘してきましたが、続けてこられたのはトレーニングや食事指導だけではなく、そういう心のサポートがあったからです。

「登山などの運動とメンタルの解放を兼ねた新しい趣味を見つけました」
━━今後、さらに叶えたい目標はありますか?
本田 今のところは明確には決めていません。今年は大会出場を休んで、人生のプランを考えることに専念したいと思っています。競技を通じて見つけることのできた「好き」や「喜び」。また、極限状態を経験したことで人を大切にするためには自分自身を大切にしなければならないという気づきなど、たくさん得てきたものを一度整理して、自分がどう生きていきたいかをゆっくり考えていきます。
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ほんだ・ゆきこ
1992年8月3日長野県飯田市出身。看護師、保健師、助産師。好きな食べ物は魚介類、果物。2023年IFBBアーノルドクラシックヨーロッパ・フィットモデル164cm以下級2位。2023年フィットモデルワールドカップ160㎝以下級2位。2024年JBBFオールジャパンフィットモデル選手権158㎝以下級優勝。2024年日本人初のIFBB世界フィットモデル選手権160㎝以下級優勝、IFBBフィットモデルワールドカップ160cm以下級&オーバーオール優勝を果たす。
かしわぎ・みきコーチ
1971年4月18日生まれ。三重県出身。XYZエクサイズトレーニングスタジアム代表。36年間トレーナー・講師として専従し、安井友梨選手、本田有希子選手などトップ女性競技者を輩出する。専門学校マッキー総合学園、日本ダンス&スポーツ学院、専門学校トライデント、スポーツクラブBIG-S主催セミナー、パッシブストレッチセミナーなどの講師。
取材・文:にしかわ花 撮影:上村倫代、中原義史(大会写真) 写真提供:本田有希子 Web構成:中村聡美