世界的に話題のフィットネスレース「HYROX(※)」で活躍する選手に迫るコーナー。第4回は、2026年1月に開催されるHYROX大阪大会に出場を決めている人物に焦点を当てる。パラクライマーとして活躍する、車椅子ユーザーの平井亮太(ひらい・りょうた/38)さんだ。
※「HYROX(ハイロックス)」とは、ランニングとフィットネス種目を組み合わせた新しいスタイルの競技。1kmのランニングと、8種目のファンクショナルトレーニング(機能的全身運動)を交互に繰り返すことで、筋力や持久力だけではなく、さまざまなフィットネスに関する能力が問われる。
【写真】圧倒的に鍛え上げられた上半身でパラクライミングに取り組む平井亮太さん
「やりたい!」と心が叫んだ瞬間
平井さんがHYROXを知ったのは、SNSで横浜大会の様子を目にしたとき。海外で車椅子ユーザーが挑戦している写真を見て衝撃を受けた。
「えっ、車椅子でも挑戦できるの!?という驚きが第一印象でしたが、でもその瞬間に迷いなく”絶対やる”と決めました。パラクライマーとして活動してきたものの、HYROXは未知の世界で、長時間動き続ける体力や心肺機能にはもちろん不安もあります」
それでも平井さんは、「できるかできないか」で判断せず、「やりたい」と思えた情熱を優先。口に出して宣言したことでHYROX WARRIORS第1回に登場した佐藤美智子(通称メガミチコ)さんとも出会い、トレーニングを受けられることになったのだ。
工夫を重ねたトレーニング
限られた環境の中での準備は工夫の連続。
「プッシュ系の種目が苦手なので、車椅子で坂道ダッシュを取り入れたり、これまでやってこなかった長距離ランニングを始めたりしました。心肺機能を必要とする種目は、とにかくやり込むしかないと腹を括って、身体に叩き込んでいます」
さらに、車椅子にスレッドをつないで牽引するトレーニングなど、独自のアイデアも試そうとしている。こうした取り組みの中で見えてきたのが、自信のあるスレッドプル。クライミングで培った強靭な“引く力”が活かせる種目だ。
一方で、最も苦手としているのは、スキーやロウイング。
「どちらも目標までの数値が目の前に突きつけられ、心も身体も追い込まれる。『もう無理だ!』と思った瞬間に『チクショウ!』と漕ぐと数値が跳ね上がる。その心身の葛藤とせめぎ合いを乗り越える瞬間こそがHYROXの醍醐味だと思います」
仲間と共に積み上げた自信
挑戦の裏には仲間の存在がある。ジムのオーナーやコーチは、車椅子の姿勢を実際に体験した上でフォームをアドバイスしてくれた。
「一人では何をどう準備すればいいかも分からなかったですし、二人三脚で積み上げてきた時間が、自信に直結しています。やるべきことを明確にしてくださったので、自信をもって大会に臨めます」
挑戦を通じて、身体にも心にも変化が表れた。坂道ダッシュやランニングを重ねる中で持久力やプッシュ力が向上。心の面では「手を抜こうと思えば抜ける」状況の中で、踏ん張る選択をできるようになった。
「自分に負けない心を保つ力がついたのを感じます。27歳で難病を発症し、30歳から車椅子生活となり、何もやる気が起きなかった時期もありました。それでもパラクライミングへの挑戦をきっかけに未来が開けました。そして今、HYROXで想像もできなかった景色が見られるのではないかとワクワクしています」
未来へ──二刀流で世界へ
「人生は自分が主人公。やりたいことがあるなら、まず一歩を踏み出す。その小さな一歩が、想像を超える景色につながることを知っています。この挑戦を思い出作りで終わらすつもりはありませんので、World Championshipの出場権獲得まで全力でやります」
もちろんパラクライミングとの二刀流は簡単なことではない。しかし、どちらも本気でやり切るからこそ、見える景色がある。
『二兎を追うものだけが、二兎を得る』。
本気で追い続ける姿こそが限界を超える原動力となり、誰も見たことのない景色を切り拓いていく。
次ページ:圧倒的に鍛え上げられた上半身でパラクライミングに取り組む平井さん
文:林健太 写真提供:平井亮太
パーソナルトレーナー、専門学校講師、ライティングなど幅広く活動するマルチフィットネストレーナー。HYROX横浜はシングルプロで出場。
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