「35歳のとき、実父の介護を自宅でしていたら、私自身が腰椎ヘルニアになってしまって。4カ月ほど寝たきり状態で、このまま一生終わるのかなと思いました。そのときに浮かんだのが、もう一度痩せたいという思いでした」
そう語るのは、10月5日(日)に淡路島で開催された『POWER BUILDING CLASSIC(パワービルディングクラシック) in AWAJI 2025』(以下PBC)の女子カテゴリー(※)で総合3位に入賞した遠藤春菜(えんどう・はるな/42)さん。パン屋で朝から晩まで働く日々を送っている。
※「ビギナーズビキニ」と「デッドリフト」の合計順位で競う
遠藤さんは、介護や家事の疲労も重なり、気づけば運動とは無縁の生活、また寝たきりの生活となっていた。だが「痩せたい!」という気持ちが、身体を動かす原動力となった。
2022年2月、地元のジムに入会。最初は「スクワットすらできなかった」と振り返るが、少しずつ筋力が戻っていくことで、心も変わっていった。
安井友梨選手との出会いが、すべてを変えた
転機となったのは、2022年に観戦した『JBBF兵庫オープン』。ゲストポーズを披露した安井友梨選手に声をかけられた瞬間だった。
「『肩が良い!出場してみたらどうですか?』と声をかけていただいて。『はじめの一歩を!』という言葉に感激して、涙が出ました。その一言で、マッスルゲートのドリームモデルに出場を決意しました」
結果、マッスルゲート札幌大会で優勝。12月には『ゴールドジムジャパンカップ』にも出場した。
「そのときはこれで最後と思っていたんです。でも、翌年また兵庫連盟の講習会で仲間と話すうちに、もう少し頑張ってみようかなと思うようになりました」
その後、近所のジムである『マグナムフィットネスセンター』に入会し、古田晴彦会長の指導を受けながら、本格的なトレーニングをスタート。4月には再び安井選手のセミナーで再会し、「今年は何か出られるのですか?」と聞かれ、「答えられなかった自分が悔しかった」と話す。
「その悔しさを原動力にして、JBBFビキニ選手として出場することを決意しました」
同年7月の『大阪フィットネス選手権』では40歳以上の部で優勝。9月には『オールジャパンマスターズ』にも出場し、以来、安井選手に会うために毎年全国大会へ挑み続けている。
パン屋の仕事とトレーニングの両立。「できない日があってもいい」
パン屋で働く遠藤さんの一日は、早朝から始まる。大会シーズンには朝3〜4時に起床してトレーニング、6時過ぎには自宅を出てから勤務が始まる。仕事は昼過ぎまで立ちっぱなしで、重い生地を扱うため身体的負担も大きい。
「正直、時間管理は苦手です。でも、思い切って職場に相談して、土日は完全オフにしてもらいました。朝トレの日はできるときだけやるというルールにしています。忙しい日は思い切って休んで、早く寝て翌朝にトレーニングするようにしました」
完璧を求めず、自分のリズムを大切にするという柔軟さが、長く続ける秘訣になっている。
フィットネス競技を続ける中で印象的だったのは、2024年夏の『関西フィットネス選手権』から『大阪選手権』までの1週間だという。
「ダメ元でウエストシェイパー(腰やお腹に巻いてボディラインを整えるベルト)を使ってみたら、驚くほどくびれたんです」
安井選手の真似をして購入したアイテムだったが、それを着けたことで気持ちまで引き締まったという。
「本気で取り組むスイッチが入りました。食欲も自然と抑えられ、身体が反応してくれる感覚がありました」
トレーニングだけでなく、意識の変化が身体の変化を呼んだ瞬間だった。食の基本は「自然のままに」。梅干しも味噌も手作りするなど、食事面では添加物を極力避け、自然のままの食材を心がけている。
「梅干し、味噌、玉ねぎ麹、出汁も全部自分で作ります。トレーニングを始める前から手作りが好きで、健康のために続けています。外食はほとんどしません」
食事法やルールを厳しく決めず、自分の身体が喜ぶものを基準に選んでいるという。
トレーニングが教えてくれたのは「感謝」
「トレーニングを始めて一番驚いたのは、両親に感謝できるようになったことです。この身体があるのも、強くなれた根性も、すべて両親のおかげだと思えるようになりました」
以前は「自信がなく、鏡を見るのも嫌だった」と話す遠藤さん。結婚生活や子育て、介護を経て、自分を見失っていた時期もあった。しかし、トレーニングを通じて自分の人生を自分で変える感覚を掴んだ。
「以前の私は、鏡を見るのも怖かったんです。どうせ自分なんて……と思っていました。でも、勇気を出して一歩踏み出したら、少しずつ自分のことを好きになれるようになったんです」
レギンスを履くのも恥ずかしかったが、今ではビキニ姿でステージに立つ。その変化は、身体だけでなく心の変化の象徴だ。
「何がきっかけで人生が変わるかは、誰にも分からない。でも、一歩踏み出せば、すべての経験がつながっていく。これからも無駄なことは一つもないと思えるような人生を送りたいです」
取材・文:柳瀬康宏 写真提供:POWER BUILDING CLASSIC運営
執筆者:柳瀬康宏
『IRONMAN』『月刊ボディビルディング』『FITNESS LOVE』などを中心に取材・執筆。保有資格:NSCA-CPT,NSCA-CSCS,NASM-CES,BESJピラティスマット。メディカルフィットネスジムでトレーナーとして活動。2019年よりJBBF、マッスルゲート、サマースタイルアワードなどのボディコンテストに挑戦中。