フィットネス HYROX

止められた時計の針が、再び刻み始めた日──71分50秒から始まったHYROX【HYROX WARRIORS no.19】

世界的に話題のフィットネスレース「HYROX(※)」で活躍する選手に迫るコーナー。第19回は、元リーグワンのラグビー選手・本郷泰司(ほんごう・たいじ/28)さんを紹介する。

※「HYROX(ハイロックス)」とは、ランニングとフィットネス種目を組み合わせた新しいスタイルの競技。1kmのランニングと、8種目のファンクショナルトレーニング(機能的全身運動)を交互に繰り返すことで、筋力や持久力だけではなく、さまざまなフィットネスに関する能力が問われる。

【写真】タイムを背に悔しさと嬉しさが入り混じる表情の本郷さん

本郷泰司さん

競技人生喪失と、HYROXという再起の舞台

そのキャリアは脳震盪によるドクターストップで、突然終わりを告げた。

「身体は、人生で一番仕上がっていました。だからこそ、正直、すごくもったいなかったですし、この先どうすればいいのか目の前が真っ暗になりました」

競技人生の終焉とともに残ったのは、行き場を失った“本気の身体”。そんなときに出会ったのが、HYROXだった。

「走る、持ち上げる、投げる、引く、押す…。ラグビーで培ってきたフィジカルとメンタルを、余すことなく注ぎ込めるのはこの競技しかないと思いました。
オリンピック競技になる可能性もあると知って、本気で金メダルを狙おうと挑戦を始めました」

本郷さんの気持ちに迷いはなかった。

“第二の競技人生”として、HYROXを選び、出場前から日本一、そしてその先の世界一を見据えた。その覚悟はトレーニング量に如実に表れている。

279km走った1カ月──狂気じみた準備

会社員として働きながら、レース前の1カ月で走った距離は279km。ジムは週6、ランも週6〜7日。休みは、ほぼない。

「正直、バカやと思います(笑)。現実的じゃない。でも、ネジが外れるくらい自分を信じきらないと、日本一なんて簡単に獲れないですから」

2ヶ月で14kgの減量。HYROXのトレーニングができるジムに入会したのは、レースのわずか1ヶ月前。それでも本郷さんは本気でメンズプロカテゴリのシングル日本一を狙った。

「ランジウォークは140kgでも練習しました。とにかく毎日がレースに向けて必死でした。それでも最後のウォールボールは相当きつくなると感じていましたし、どれだけ練習しても気持ち的に満足することはなかったですね」

序盤で止まりかけた脚、それでも前に進めた理由

その予感は、本番で現実になる。

「最初に脚が止まりそうになったのは、レースのかなり序盤でした。予想以上に息が上がって、太ももが鉛みたいに重くなって…」

「“まだいける”と思う自分と、“もうやめろ”と囁く自分が、頭の中で葛藤していました」

限界に近づいてきたとき、支えになったのは名前も知らない誰かの声だった。

「必死に走る姿を見て、応援してくださる声が本当に力になりました。その声を聞いて、僕自身も “いけるやろ!”、“死ぬ気でやれ!”って実際に声に出して叫んでいました」

脳が出す「限界」の指令を無視し続けたとき、不思議な感覚が訪れる。走っているのに脚が軽くなり、苦しいはずの身体が回復していったのだ。

「ゾーンに入る感覚が、何度もありました。“限界を超える”って、こういう瞬間なんやと思いました」

71分50秒、そして見えた現実と確信

結果は、1時間11分50秒。日本一には届かなかった。

「一番きつかったのは、やっぱりウォールボールでしたね。15回投げたのに的に上手く当たらずカウントが“6”だったときはさすが泣きそうになりました(笑)。そこまで日本人3位に入っていたので、課題はもう明確です」

ウォールボールさえ攻略できれば、トップに食い込める。初めてのHYROXで見えた景色は確信へと変わった。

「2026年中に日本一、アジア人初の60分切り、5年以内に世界一。そして、まだ決まったわけではありませんが、HYROXが目指す2032年のブリスベンオリンピックに向けて、僕も来年からオーストラリア・ブリスベンに拠点を移します。常人ならやらないと思いますが、僕は常人で終わるつもりはない。トレーニングも、食事も、生活も、睡眠も、呼吸も全部をHYROXのために使います」

勝ち切ったわけでも、限界までやり切ったわけでもなく、止められてしまったラグビー競技人生。

志半ばで終わることほど、アスリートにとって残酷なことはない。身体は動く、心もまだ戦える…でも、競技を続ける選択しだけが奪われる。

「だからHYROXでは、同じ後悔は絶対にしたくないんです。途中で諦めたくないし、逃げたくもない。ダメならダメでいい。でも、自分に嘘をついたまま終わるのだけは嫌なんです」

71分50秒という記録は、決して満足のいくものではなかった。だがその一方で、本郷さんの中には確かな手応えが残っていた。

志半ばで終わった過去があるからこそ、次は途中で終わらせない。71分50秒はゴールではなくスタートライン。

この挑戦の続きを、私たちもまた、見届ける途中にいる。

次ページ:タイムを背に悔しさと嬉しさが入り混じる表情の本郷さん

文:林健太 写真提供:本郷泰司

執筆者:林健太
パーソナルトレーナー、専門学校講師、ライティングなど幅広く活動するマルチフィットネストレーナー。HYROX横浜はシングルプロ、大阪はミックスダブルスで出場。

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