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がんステージ4bの母に小学生の娘が入学祝の代わりに求めたのは「ボディコンテストに出ること」だった 3人の娘とステージに立った母娘

「病を何かに挑戦できない理由にはしたくない」。5万人に一人という希少がんのステージ4bの宣告を受けた3児の母の小澤誓子(おざわ・せいこ/46)さん。それでもトレーニングを続けながら、娘の夢であった親子でボディコンテストへの出場を果たした小澤さんのフィットネスライフとは。

【写真】おそろいのキラキラビキニでステージに立つ小澤誓子さんと娘さん3人

小澤誓子さん

3年続けて出産し、妊娠のたびに20kgずつ増えた体重で、鏡を見るたびにため息が増える……。そんな小澤さんを動かしたのは、大切な友人の死と、その母親からかけられた言葉だった。

「しばらくは涙が止まらず、ショックで顔面麻痺になりました。友人のお母さまに『泣いていてはだめ。笑顔の毎日を過ごしてね』と言われ、胸の奥で何かが動きました。『私も一度きりの人生を自分で選んで生きたい』。そう思い、思い切ってボディコンテストへの挑戦を決意。ボディメイクをしていく中で『どうせ無理』から『やってみよう』へと、諦めない力が育っていきました」

そして2023年4月『ベストボディ・ジャパンさいたま大会』で大会デビューを果たした。そこからベストボディ・ジャパンをはじめ、『サマースタイルアワード』などのボディコンテストに出場し活躍を見せた。

5万人に一人の希少がん、ステージ4bの宣告

しかし、2025年3月、小澤さんに告げられたのは、5万人に1人という希少がんの「ステージ4b」という診断だった。

「『ただ病気に奪われるだけの時間』にしたくなくて放射線治療の最中、2025年3月に2度のAPFボディコンテストに挑戦しました。身体が弱る一方で、トレーニング中の心は『負けたくない』と強くなる不思議な時間でした。筋トレは身体作りを超え、また病と闘うためだけでなく、怖さに負けないための『心の軸』となりました」

そんな母の背中を最も近くで見ていたのは、小学生の娘だった。

「『ママと大会に出たい』。小学生の娘が、入学祝いもいらないと願ったのは、私と一緒にステージに立つことでした」

大会の動画を見ながら熱心にステージングを研究する娘の姿に背中を押され、2025年3月22日『APF TOKYO OPEN 2025』ファミリーフィジークへ出場。

「大会当日、手術痕と放射線治療で焼けた痕が残る左脚を隠すことなく、お揃いのビキニで共に歩んだステージで、娘たちの笑顔を見た瞬間『生きていてよかった』と心から思えました」

その後、2025年10月に転移していた頸椎のがんが自然消滅するという奇跡が起きる。

「本来がんが自然消滅することはないそうです。なので、今もまだ身体のどこかに潜んでいるかもしれません。それでも、病を何かに挑戦できない理由にはしたくない」という小澤さん。

「またチャンスがあれば、がんを切除し、筋肉、血管、リンパ節を失い、再建した左脚の傷も隠さず、堂々とステージに立ちたいです。『人生は何度でも挑戦できる』。それを娘たちや同じ境遇の方々に背中で伝えながら、これからも一日一日に感謝し、前向きに『今日を生きる力』を積み重ねていきたいと思います」

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文:FITNESS LOVE編集部 撮影:中島康介 写真提供:小澤誓子

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