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モデル、俳優、アーティスト佐藤晴美の新たな強さと美しさの秘訣に迫る「ダンスとピラティスは、本来の自分に還る場所」

E–girlsとして一世を風靡し、現在はモデル、俳優、アーティスト、パフォーマーとして輝きを放つ佐藤晴美さん。
30代を迎え、人生経験を表現の深みへと変える彼女が見出したのは、ピラティスを通じて「本来の自分」に立ち返り、心身をしなやかに整える時間でした。肩の力を抜くことで生まれる、新たな強さと美しさの秘訣に迫ります。

[初出:Yoga&Fitness vol.16]

取材・文:藤村幸代 撮影:AP,Inc. ヘアメイク:奥平正芳 Web構成:中村聡美

「みにくいアヒルの子」そう思った時期も

━━モデルとして活躍されるかたわら、テレビ番組などで魅せる圧巻のダンスパフォーマンスも大きな話 題を呼んでいます。今日はぜひ高い身体能力のルーツや、身体づくりの歴史を伺っていきたいです!

佐藤 うちは元々スポーツ大好き一家なんです。父は野球、母はバレーボール、そして姉もバドミントンをそれぞれ実業団でやっていましたし、兄もずっと野球を続けていました。私は8歳から母がお友達と立ち上げた教室でバレーボールを始めましたが、同時期に始めたダンスのほうが楽しくなって、1年後からはダンス一筋でしたね。

━━小学生のときには、陸上の大会でも活躍したとか。

佐藤 走り高跳びで陸上記録会に出場し、なぜか山形県1位になったことがあります(笑)。

━━背面跳びで軽やかにバーを越える様子が目に浮かびます。

佐藤 跳び方では面白い話がありまして。大会ではずっと挟み跳びでしたが、自己記録を更新したとき、先生に「もう挟み跳びは限界だから、次は背面(跳び)で行ってみろ」と。「やったことありません!」と言ったら「前の子の真似をしろ」。それで、人生初の背 面跳びをぶっつけ本番で成功させて優勝できたんです。しかも陸上専用のスパイクではなく、ダンスで履いていたナイキのエアフォースで。

━━ストリート向けの厚底スニーカーで背面跳び!?まさに運動神経の塊ですね。

佐藤 今はそんなことはないですが、子どもの頃は自分ながら運動神経がよかったなと思います(笑)。

━━ダンスも最初から得意だったのですか。

佐藤 いえ。実は元々あまり好きではなくて。ダンスはスキル以前に、恥じらいを脱ぎ去ってステージに立つ度胸が必要。私の場合、その恥じらいがなくなるまで時間がかかりました。でも、少しずつ褒められたり、ポジションが良くなったりして「私も自信を持っていいんだ」という気づきや嬉しさの積み重ねで、どんどんのめり込んでいきました。

━━中学1年生で地元・山形を離れ、福島のダンス教室へ通い始めたそうですが、その年代では勇気のいる決断だったのでは?

佐藤 地元のスタジオでは物足りなくなって、もう少しチャレンジしたいと思ったとき、福島に強豪チームが所属する強いスタジオがあると知って。「失敗するかも、いい方向に行かないかも」と若いながらに考えましたが、親が背中を押してくれたのが大きかったです。中学までは、本当に親の支えあっての私でした。

━━そこからパフォーマンスへの扉が開くLDHの世界へ。

佐藤 「ダンスで食べていけたら」という思いはうっすらありましたが、当時はまだ「アーティストは歌もできなきゃ」という時代だったので、バックダンサーになれればいいなという感覚でした。でもLDHのパフォーマー制度によって女の子たちも夢を見られるようになった。そのタイミングで、たまたまチャンスがあって。本当に運がよかったです。

━━15歳で足を踏み入れたエンターテインメントの世界。E-girlsの一員として、多忙を極める日々だったのでしょうね。

佐藤 本当に覚えていないくらい、日々ついていくのに必死でした。都会の洗練された周りの子たちに比べて、田舎から出てきた私は「みにくいアヒルの子」というか、本当に自分を野良犬みたいに感じていて(苦笑)。遅れをとっているという意識ばかりで、目の前のことを消化する余裕もありませんでした。体力面でもついていくのに精一杯。体型のアップダウンも激しかったし、自律神経も整わない。そうしたことも含めて、本当に大変な時期でしたね。葛藤の20代。理想の身体を求めて

━━華々しいデビューの裏で、体型や体調に悩む時期があったのですね。

佐藤 本当に、なかなか自分で自分をコントロールできない時期が長くありました。パフォーマーという職業は、踊りのキレを出すためにストイックに追い込みます。そこにはある程度の筋力や脂肪、体力が必要不可欠です。でもモデルとして勝負するときには、それらがかえって邪魔になってしまうことがある。そのバランスの取り方が10代のときは全く分かりませんでした。

━━パフォーマーとしての「強さ」と、モデルとしての「美しさ」。その板挟みですね。

佐藤 どちらかを大事にしようとすると一方が崩れてしまう。そのせいで拒食気味になったり、逆に過食気味になる時期があったりと、身体も心もすごく不安定でした。20代半ばくらいでようやく整ってきましたが、それまでは自分の身体がずっとコンプレックスでしたし、コントロールできない自分に対して、すごくもどかしい時期が続いていました。

━━そこから抜け出すために、どのようなアクションを?

佐藤 きっかけは、自分でパーソナルトレーナーの方についてもらうことを決めて、一対一で「自分の身体を知りながら鍛えていく」というのを始めたことですね。

━━「自分の身体を知る」ことで、意識は変わりましたか?

佐藤 大きく変わりました。これだけ運動したから、これだけ食べる。身体を動かしていない日はこれくらいの食事量にする。当たり前のことかもしれませんが、そういう意識が自分の中に芽生え始めてから、少しずつ心身が整っていきました。自分にとって無理のない範囲でトレーニングが日常に定着したことは、自分と向き合う上でとても大きな経験だったと思います。

2回目のピラティスで大号泣した理由

━━最近は身体のバランスを整えるためにピラティスを続けているそうですね。

佐藤 今年で6年目になります。今は週に一度、1時間ずつくらい、生活習慣の一つとして無理なく取り入れられています。

━━ピラティスを始めた経緯についても伺いたいです。

佐藤 きっかけは2020年、E-girlsのラストツアー中に股関節の靭帯を痛めたこと。どうすれば痛めにくい身体にできるか悩んでいたときに、メンバーから勧められたんです。最初は怪我の改善が目的でしたが、通い始めて2回目くらいに、自分でも驚くようなことが起きて。背中のストレッチのワークをしていたら、なぜかわからないけど、突然、大号泣してしまったんです。

━━大号泣!?あまりの痛さに?

佐藤 いえ、悲しくも痛くもないのに、うわーっと涙が溢れてきて。恥ずかしくて一生懸命隠したんですが、先生に「おめでとうございます、ようこそピラティスへ」と言われました(笑)。背中のワークは心臓とつながっていて、そこが柔らかくなって胸が開いた瞬間に、溜まっていたものが一気に溢れ出たみたいなんです。脳で考えるより先に身体が反応した……。私にとってはまさに「神秘体験」でしたね。

━━日頃から身体を使われているから、きっと反応がいいんですね。

佐藤 先生もそうおっしゃっていました。もともと身体を使う仕事だから、意識と筋肉がつながりやすいと。その体験からも、ピラティスが自分にはすごく合っているなと感じて、肉体的にはもちろんメンタル的にしんどいときこそ通うことを心がけています。

━━ピラティスを始めて、身体の変化はありましたか。

佐藤 如実に変わったのは脚の形です。もともとふくらはぎと太もものバランスが自分的にあまり気に入っていなくて。それをきれいに整えてほしいとお伝えして、下半身のワークを念入りにやっていただきました。

━━言われても分からないくらい、すっと整っていると思いますが。

佐藤 少しずつ脚のねじれを直してもらったおかげで、だいぶまっすぐになってきましたね。以前はモデルのお仕事で真正面から撮られるときや、絶妙な丈のスカートを履くときに、足首やふくらはぎが気になってしまって。それで、「どんな丈のパンツやスカートでも太刀打ちできるような脚になりたいです」と伝えて、先生と一緒に作っていきました。ちょっとしたことでは元に戻らないような、しっかり根本から変えていただいたという実感があります。そこは、ピラティスに通って一番大きな自信につながる変化だったかなと思います。

ゼクシィミックスアンバサダーの佐藤さん。着用時に脚のラインがきれいに見えることやトップスの形や素材等もお気に入り。「いろんなアイテムを見てすごくファンになりました」

━━心の面での変化はいかがですか。

佐藤 やっぱり楽になりますね。精神的な疲れが強いときや、考えごとが多すぎてストレスが溜まっているようなときは、胸を開くワークをしてもらうことが多いです。あとは無理に動かず、ほぼストレッチだけの日や、ほぐすことがメインの日もあります。その日の心の状態、身体の状態に合わせてケアしてくださるので、メンタル面でも色々助けてもらっていますね。その先生と出会えたこと、そしてピラティスと出会えたことに感謝しています。

人生経験を積むほどダンスが勝手に育っていく

━━現在はモデルのお仕事をメインにされていますが、ダンスのレッスンも継続されているのですね。メディアでパフォーマンスを拝見すると、かなりの練習量ではないかと。

佐藤 そう言っていただくことが多くて、いつも感謝、感動してしまうんです。でも、今は気が向いたときに踊るという感じなんです。それでも、自分の中では今が一番ちょうどいい時期だなと感じていて。

━━「ダンスを踊るのに一番ちょうどいい時期」。ぜひその真意を教えてください。

佐藤 ダンスって人生と一緒に成長していくものだと思っていて。もちろん、がむしゃらに練習して基礎を作るストイックな時期は絶対に必要ですが、その時期を経て基礎ができると、そこからは自分の感情や感覚と一緒に育っていく気がしていて。人生経験を重ねるごとに、勝手に踊りが育っていく……自分の感覚として、そんなふうに捉えています。

━━人生経験が、そのままダンスの深みにつながっていく?

佐藤 はい。昨年30歳になり、今はフィジカルと感情的・感覚的なものが一番マッチしていると感じています。培ってきた身体感覚と、人生経験で得られた感覚や感情が、一番研ぎ澄まされているタイミングだと思うんです。だから、そこまで練習をやり込まなくても、今の自分が勝手にいいパフォーマンスを引き出してくれるような感覚があります。
たとえば踊っているときの目線の配り方一つにしても、若い頃は強すぎたのが、大人になると力まず自然にスッと配れるようになります。肩の力が抜けてきた方が、いいパフォーマンスができる。それって、ダンスに限らず何事にも通じることなんじゃないかなと思っています。

「頑張るために、一度止まる」

━━佐藤さんはとてもヘルシーなイメージですが、ピラティスの他に考え方や生活習慣などで意識していることはありますか。

佐藤 大人になって特に気をつけているのは「溜めすぎない」ことです。性格的に「自分が我慢すれば丸く収まるでしょ」と思いがちで、自分で自分の首を絞めて一杯いっぱいになってしまう……そんなメンタルの自己破産状態に陥りがちだったんです(苦笑)。でも、それでは身体も心も持たないなと思って。「しんどいときはしんどいと言う」とか「休みたいときはちょっと1回、休憩したいと言う」とか。友達でも家族でも弱音を吐きたいときは全然吐くように、溜め込みすぎないことは心がけています。それから最近、物理的なリラックスの方法も手に入れたんです。

━━気になります。マッサージのようなことでしょうか。

佐藤 いえ、実は地元に帰ることなんです。この歳になって改めて気づいたのですが、地元の温泉に浸かることが、私にとって最高のリラックス法になっていて。最近は時間を見つけて帰るようになりました。東京にいるときはどうしても思い出せないのに、その場所に立つと鮮明に蘇ってくる記憶があったり、元気で天真爛漫だった頃の感覚を思い出したり。ありのままの自分を取り戻す、私にとって欠かせない時間ですね。

━━「こういう自分もいたな」と立ち返る。素敵な時間の使い方ですね。

佐藤 そうなんです。仕事をもっと頑張りたいからこそのリセットというか、「頑張るために一度止まる」という考え方でやっています。

━━佐藤さんのダンスは素晴らしい緩急やメリハリが印象的ですが、お話を伺っていると、同じように生き方や日々の過ごし方にも「静と動」のバランスを感じます。これからの30代、ご自身の身体とはどう向き合っていきたいですか。

佐藤 これからも、無理なく続けられることで身体を作っていきたいですね。お仕事に関しては、つい無理をしがちで〝自己破産〞しそうになモデルとして活動している佐藤さんの私服姿ることもあるんですけど(苦笑)、運動に関しては性格的にどうしても無理ができないタイプなんです。たとえば週に一度、重い負荷をかけるようなトレーニングも実はすごく苦手で。だからこそ、自分が心から楽しみながら続けられるものをチョイスして、心と身体の健康を保っていけたらいいなと思っています。

━━佐藤さんにとって、ダンスという表現は今後どのような存在になっていくのでしょうか。

佐藤 私にとってダンスは、どこかピラティスとも似た感覚があるんです。踊らなくなると、自分自身を取り戻せなくなるような気がして。ありのままの自分、本来の姿を思い出させてくれる大切な手段なんです。だから、上手い下手という次元ではなくて、おばあちゃんになってもずっと楽しく踊り続けていたい。音楽に合わせて表現することそのものが好きなので、いつかフラダンスやベリーダンス、タップダンスに挑戦したり、いろんなジャンルを旅するように楽しんでいけたらいいなと思っています。

━━最後に、読者へメッセージをお願いします。

佐藤 読者の方は、すでに「自分を良くしよう」と一歩を踏み出している方が大半だと思います。その前向きな気持ちを大切に、無理なくずっと付き合っていってほしいなと思います。しんどいときや辛いときは、少しチートしたって全然いいと思うんです。何より自分が楽しく、笑顔でいられることを意識していれば、人生をポジティブに、前向きに過ごしていけるのではないでしょうか。

さとう・はるみ
1995年6月8日生まれ、山形県出身。2011年、E-girls、Flowerのメンバーとしてデビュー。E-girlsでは2代目リーダーを務めた。E-girls活動後もモデル、俳優、アーティスト、パフォーマーとして活躍。LDH JAPAN所属。身長173cmの長身スタイルを活かし、雑誌やブランドモデルとして活躍するほか、ガールズグループ「CIRRA」プロデューサーなど幅広く活動している。

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