「不安もありましたが、すごく楽しかったです」
マッスルゲート東京ベイ大会(2026年7月4日、浦安市文化会館)でフリーポーズの決勝審査を終えた高杉裕太(たかすぎ・ゆうた/40)さんは、顔をくしゃくしゃにして笑った。その満面の笑顔には、決勝を終えた安堵だけでなく、ステージに立てた喜びがあふれていた。
年々レベルが高まるマッスルゲート
2021年、2022年、2023年、そして昨年2025年と入賞を重ねてきた高杉さん。しかし、年々、出場者のレベルが高まるマッスルゲートの舞台に立つにあたり、「今回はどこまで通用するのだろうか」という不安もあったという。
それでも、「もっと上を目指したい」という向上心を胸に東京ベイ大会のステージへ。結果は、ボディビル一般の部65kg以下級4位。40歳を迎えた現在も、ボディビル競技で学びと挑戦を続けている。
人が前向きになれるきっかけをつくる
トレーニングを始めたのは20代半ば頃で、「かっこよくなりたい」が原点だ。美容師や公務員などさまざまな仕事を経験し、フィットネス業界へ。現在はフリーランスのトレーナーとして活動するほか、パーソナルジムの運営にも携わる。さらに、週1回はスターバックスでも勤務している。
「僕が生きていく上で大切にしていることは、人が前向きになれるきっかけをつくることです。『ここにいていいんだ』と思える安心感や、自分に自信を持って一歩踏み出せる勇気を届けたい。その想いを自分らしく届けられること選択して生きています」
レジェンドとの偶然の出会い
競技人生を始めるきっかけになったのが、ゴールドジム原宿東京店での偶然の出会いだった。
レッグプレスマシンの使い方がわからず、たまたまそこで高杉さんが声をかけたのが、日本ボディビル界を代表するレジェンド・小沼敏雄氏だった。当時の高杉さんは、小沼氏がどれほど偉大な存在なのかを知らなかった。ただ、親身になってトレーニング方法を教えてくれたことがうれしく、その出会いに感謝していたという。
その後、同じゴールドジムのサウス東京店(大井町)で再会すると、「大会出ないの?」と声をかけられた。当時はメンズフィジークという競技に興味を持っていたが、小沼氏に勧められて参加した無料ポージングセミナーは、実はボディビルの講習会だった。
「フィジークだと思って行ったらボディビルでした(笑)。でも周りの皆さんが丁寧に教えてくださって、『じゃあ、ボディビルをやろう』と決めたんです」
偶然の出来事が、その後の競技を始めるきっかけになった。以降、一貫してボディビルにチャレンジし続けている。
ライフスタイルの変化に合わせて
会社員時代は規則正しい生活の中で5分割(胸・背中・肩・腕・脚)のトレーニングを実践。しかし、2024年に体調を崩して退職し、フリーランスのトレーナーへ転身したことで生活リズムは一変した。
現在はほぼ週7日働く日々。その中で競技を続けるため、トレーニングは5分割からプッシュ・プル・レッグの3分割へ変更。時間帯によってカフェインの摂取を調整し、疲労度に応じて種目を入れ替えるなど、ライフスタイルに合わせた工夫を重ねている。
さらに今年はポージングも一から学び直し、ゴールドジムのポージングアカデミーやパーソナルトレーニングにも参加。
「ボディビルを知れば知るほど、ますます楽しくなってきています。ゴールドジムに入る前は大会に出るなんて考えたこともありませんでした。本当にゴールドジムに入って人生が変わりました」
減量中のおすすめスタバメニュー
スターバックスで働く経験を持つ高杉さんに、減量中のトレーニー向けのスターバックスメニューを聞いた。高杉さんが勧めるのは、アイスコーヒーか、パッションティー、スターバ ックスラテの無脂肪ミルクへの変更。ラテにバニラビーンズシロップを少量追加すると、減量中でも楽しめるという。
多彩な顔を持つ高杉さん。ゴールドジムで人生を変えるきっかけを得たように、これからも新たな挑戦を楽しみながら歩み続けていくに違いない。
【マッスルゲートアンチドーピング活動】
マッスルゲートはJBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)とアンチドーピング活動について連携を図って協力団体となり、独自にドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト大会である。
理工系出版社で数学書の編集者として勤務。
ゴールドジムでボディメイクに励み、ボディビル競技に挑戦中。
競技者としての経験を生かし、FITNESS LOVEでトレーニングやボディビルに関する取材・執筆を担当。
徳島県徳島市出身、神奈川県大和市在住。
取材・文:久米大郎 写真:北岡一浩











