世界的に話題のフィットネスレース「HYROX(※)」で活躍する選手に迫るコーナー。第30回は、現役ボディビルダーの柳瀬康宏(やなせ・やすひろ/36)さんを紹介する。
※「HYROX(ハイロックス)」とは、ランニングとフィットネス種目を組み合わせた新しいスタイルの競技。1kmのランニングと、8種目のファンクショナルトレーニング(機能的全身運動)を交互に繰り返すことで、筋力や持久力だけではなく、さまざまなフィットネスに関する能力が問われる。

感じた「基礎体力」の必要性
普段はボディビル競技に取り組んでいる柳瀬さん。36歳を迎え、これからさらに年齢を重ねても筋肉を成長させていくためには、筋力だけでなく「基礎体力」も必要なのではないかと考えるようになったことが、HYROXに挑戦するきっかけだった。
「自分の身体がどこまで動くのか試してみたいという気持ちもありました」
ボディビルでは、筋肉を大きくすることが重要になる一方で、HYROXでは走る、押す、引く、運ぶなど、全身を使った種目の繰り返し。全く性質の違う競技に取り組む上で、柳瀬さんが最も不安に感じていたのが“体重”だった。
「オンとオフでは体重が10~15kgほど変わるので、体重が重い時期のランニングには、非常に不安もありました。エントリーしてからも、この身体で本当に最後まで走れるのか?という怖さはありました(笑)」
それでも、未知の競技への挑戦を楽しみに、日々のトレーニングにより一層気合を入れた。
サイズダウンさせないボディビルダー流トレーニング
レースに向けても、ボディビルを軸としたトレーニングは継続。週5~6日の筋トレを行いながら、HYROX前には週1回、HYROXジムのレッスンに参加して各種目を練習した。
「普段のトレーニングでも、握力補助のパワーグリップを使わないようにするなど工夫しました。特にデッドリフトはレースにも活かせる重要な種目なので、トレーニング頻度を増やしました」
一方で、ランニングはあえて練習しなかった。
「数年前、フルマラソンに出場するためにランニングをやりすぎて、筋肉量が落ちた経験があります。筋肉は絶対に落としたくなかったので、今回はランニングの練習をせずに臨みました」
そんな柳瀬さんが自信を持っていたのは、やはり脚力の生かせる種目。ボディビルで鍛え上げた脚を武器に、スレッドプッシュやサンドバッグランジでは好成績を残した。
「ボディビルで作ってきた筋力は、HYROXでも武器になるんだと改めて実感しました。脚力といっても、もちろんランニングだけは別ですが…(笑)」
やはり苦しめられたランニング
「一番きつかったのは、やはり後半のランニングです。脚に疲労が蓄積した状態から走り出す感覚は、ボディビルのトレーニングではなかなか経験できないものでした。終盤にはしっかり脚が攣りました(笑)」
それでも、レースそのものは「基本的にずっと楽しかった」と振り返る。会場の雰囲気や音楽、声援、そして競技そのもの。見ず知らずの選手同士が声を掛け合う瞬間も、HYROXならではの魅力。
「シングルだけでなく、リレーにも参加しました。走る距離が短くなる分、余裕があると思っていたら、ランのペースが自然といつもより速くなって、逆にペース配分が難しかったです。最初に飛ばしすぎて、種目をするときにはすでにバテていました(笑)」
2日後に控えていたボディビル大会
こうした経験を通じて、柳瀬さんの身体に対する考え方にも変化が生まれた。
「身体は鍛え方次第でもっと動けるようになると感じました。筋肉量が増えるほど身体が重くなり、動きにくくなるイメージも、HYROXを並行して行うことで、むしろ体力がつき、身体も動かしやすくなりました」
そしてなんと、HYROXの2日後には大阪ボディビル選手権にも出場した柳瀬さん。減量末期という厳しいコンディションだったにもかかわらず、HYROXの疲労による影響はほとんど感じなかったと話す。
「定期的な有酸素運動や全身運動によって、身体の怠さが減ったことも大きな発見でした。ボディビルダーにはかなり不利になると考えていたHYROXですが、実際に挑戦してみると、筋力が武器になる種目も多く、意外にも相性が良いことに気づきました」
ボディービル×HYROX=♾️
これからHYROXに挑戦する人には、「全部できるようになってから」と考える必要はないと伝えたいという。
「走るのが得意な人もいれば、筋力種目が得意な人もいる。それぞれ違う強みを持った人が挑戦できるところがHYROXの面白さだと思います」
今後も柳瀬さんは、ボディビルとHYROXの両方に挑戦していく。ボディビルではさらに筋肉量を増やし、競技成績を上げる。一方HYROXでは、筋肉を成長させながら、ランニング能力や筋持久力をどこまで高められるのかを追求する。
目指すのは、「大きくて、強くて、動ける身体」。
一見すると相反するようにも思える3つの能力を、どこまで同時に伸ばせるのか。36歳のボディビルダーによる、新たな身体づくりへの挑戦が始まった。
文:林健太 写真提供:柳瀬康宏
パーソナルトレーナー、専門学校講師、ライティングなど幅広く活動するマルチフィットネストレーナー。日本初開催のHYROX横浜はシングルプロで出場。










