ボディビル界は今、新風が吹き荒れている。次々と若年層が台頭し、世代交代の真っ只中であるボディビル界の次世代を担うキーマンの1人が、寺山諒(てらやま・りょう/29)選手だ。
絶対王者・ミスター日本3連覇の相澤隼人(あいざわ・はやと)選手も認める砲丸のような丸々としたバルク、高い人気。順風満帆に見える寺山選手の競技人生は、心身不調との闘いであった。
【写真】まさにバルクモンスター!寺山諒選手の「砲丸」のような筋肉
9月8日(日)、体重別で日本一を争うボディビル大会である日本クラス別選手権大会において、80kg以下級王者となった寺山選手。過去の同大会での最高順位は3位(2021、2023年)。この日の本命であり2度の同大会優勝と、最高峰の舞台である日本選手権ファイナリスト常連にして競技歴33年の大ベテラン、高梨圭祐(たかなし・けいすけ)選手を満票1位で破っての完勝だ。大きく進化を遂げた肉体。だが、今年一番の取り組みについて真っ先に語ったのは、肉体造形法ではなく精神についてであった。
「今年のテーマは『心の健康第一』です。昨年までは『勝ちたい』という思いでステージに臨んでいました。そのマインドが心の不調を招いていたと気づき、思考を変えました。トップ選手の世界はトレーニング、食事、休息は当たり前に出来ている。そこで大きな差となるのは、思考・心だと思います」
ボディビルファンには既知の通り、寺山選手は昨年、挑戦権を持ちながら日本選手権とジュラシックカップを辞退している。
「この選択は、自身が長く闘ってきた過食嘔吐の再発の予兆を察知した妻が、僕のメンタルが落ち切る前に救いを差し伸べてくれたから出来たことです。実際、欠場を決意してから徐々に症状が緩和し、ほどなく健康を取り戻してトレーニングに十二分に打ち込めるようになりました」
「発症のきっかけは減量のストレス、仕事のストレス、競技成績に対してのプレッシャーからくるストレスと、負荷が何重にも積み重なった結果でした。僕は自責傾向が強く、全てを自分で抱えようとしすぎてしまった。精神の不調が肉体の不調として現れて、問題を可視化させてくれたのかなと思います。そのときに最も支えてくれたのも妻でした。落ち切った姿を間近で見ていたからこそ、昨年に崩れ始めた時点でストップをかけてくれました。自分だけでは出来なかった判断で、本当に感謝しています」
そこから、精神の安定を第一優先とした競技生活を構築していったという。折よく、パーソナルトレーナーとして独立したことで時間の余裕もでき、生活リズムも安定した。また、競技以外のことをして過ごす時間も大切にした。特に人との交流の機会が少なくなりがちであるボディビルダーの有志を集め、サバイバルゲームの主催者になった。参加者は多いときは80名にのぼるという。競技者で集まっても競技の話はほぼしない。ただ純粋に会話を楽しんでいるという。
「やはり一番大きいのは7〜8時間の睡眠が確保できるようになったこと。これがすごくメンタル面の向上に影響しています。心が安定したことでトレーニングに更に集中できるようになり、食事も荒れず、栄養があり消化のいいものをしっかり食べて身体を作れるようになりました」
現在は365日中330日を鶏肉、卵、白米で過ごす。増量期と減量期の違いは量のみ。これが一番身体に合っているのだという。
「メインの食事だけでなく微調整にも心を配れるようになり、たとえば塩分量とか、筋グリコーゲンの生成に必要な水を一日5リットル飲むなども取り入れました。5リットルは多いんじゃないかと思われるかもしれませんが、僕はこれだけ飲んでもトレーニング後は体重が減ります。そのくらい、トレーニングにも集中できるようになりました」
今回、大きく評価された仕上がりの筋肉量に大きく貢献したのは、減量時期の筋肉の減少を最小限に出来たことだという。
「減量中も使用重量、テンポ、可動域をほぼ変えずにやり切れています。昨年のこの時期は調整前で80.8kgだったのが、今年は同条件で82.7kgです。前までは見えていなかった血管も出るようになり、身体の状態としては本当に過去で一番に良いと思います」
今の自分を作っているのは何よりも環境であり、妻、友人、ライバルであると寺山選手は再度強調した。日本選手権に向けての心持ちも過去で最も良いと語った。
「自分のベストの状態を、日本クラス別よりも良い身体を作りたい。それだけです。誰かと競うという意識は今はありません。体重制限のない最高峰の舞台で、抑えていたリミットを外して臨みます。過度な挑戦はせずゆっくりと調整し、張りのあって浮腫みのない最高の状態を作ります。何より、元気に当日を楽しみたいです」
心身ともに健全に、気負いなく最高峰のステージに臨む寺山選手。いち競技者として実力にさらに磨きをかけた姿がまもなく披露される。近年稀に見る混戦状態の中で、さらなる台風の目となるか。
【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。
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取材:にしかわ花 撮影:中島康介
『IRONMAN』『FITNESS LOVE』『月刊ボディビルディング』寄稿。広告・コピーライティング・SNS運用も行うマルチライター。ジュラシックアカデミーでボディメイクに奮闘している。