中学3年生の息子と小学6年生の娘を育てる40代の主婦が、一躍、ビキニ競技のトップ選手となった。2025年の『オールジャパンフィットネスチャンピオンシップス』163cm超級で4位入賞を果たした、西村裕子(にしむら・ゆうこ/47)選手だ。
【写真】西村裕子選手のスタイル抜群!逆三角形ボディのステージフォトとモデル、ピッチリポーター時代

「40代からの競技への挑戦、特にキラキラのビキニを着ることにはとても不安があったのですが、初心者講習で安井友梨選手がおっしゃった『やろうと思ったときが一番若い』という言葉で一歩を踏み出す決心をして良かったです」
静かな家庭生活から一転、艶やかにステージで輝くまでの道のりを追った。
コロナ入院が転機に 「健康でいなければ」と決意
本格的にトレーニングを始めたきっかけは、4年前のコロナ感染による入院体験だった。重症化して1カ月ほど入院した結果、体重が7kg減。筋肉は失われ、肌もボロボロになったという。
「退院直後は階段を上るのもしんどく、筋肉の大事さを改めて痛感した出来事でした」
また、幼い子どもたちを夫に任せきりにしたことが、心に重くのしかかった。
「これからは何がなんでも家族のために健康でいなければと思いました」
しかし、健康を求めてトレーニングに励んだ結果、肉体は予想外の大きな成長を遂げる。その変化がビキニ競技への初挑戦を後押しした。
厳しいバレー部経験とモデル経験の過去が再び花ひらいた
「ボディメイクの知識は全くなく、パーソナルトレーニングでは基本的なフォームや効かせ方を教えていただくことから始めました」
基礎からのスタートながら、着実に筋肉を成長させた要因として「中学・高校でのバレーボール経験が、トレーニングの忍耐力を養った」と振り返る。
「特に、高校時代は県の上位を目指して厳しい練習に励む日々だったので、忍耐力、特に筋肉の痛みや負荷を味わうように耐える姿勢が、トレーニングの成果につながっていると思います」
また、独身時代のモデル、サッカーのピッチリポーターといった経験も、ステージで役立っている。
「(モデルなどで)活動していたころの“指先まで常に見られている意識”が、細部まで徹底した見せ方のこだわりにつながっていると思います。
息子もトレーニングへ「会話が弾むように」
トレーニングがもたらしたのは、肉体の変化だけではなかった。新たな家族の絆が生まれたと喜ぶ。
「中学校3年生の息子が私を見てトレーニングを始め、同じジムに通っています。反抗期の盛りで普段はぶつかりがちですが、トレーニングに関してはとても会話が弾みます。息子も大会出場を目指すと言っていて、こういう家族の在り方の変化も、競技を始めて良かったと改めて感じています」
西村選手は今シーズンも主要大会での活躍を目指し、トレーニングとステージ研究に情熱を注いでいる。
「ライバルは他者ではなく自分自身と常に意識し、昨年の自分を超えたいと思います」
【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。
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取材・文:にしかわ花 撮影:中原義史 写真提供:西村裕子
執筆者:にしかわ花
『IRONMAN』『FITNESS LOVE』『月刊ボディビルディング』『Womans'SHAPE』寄稿。記者・ライター、メディアプランナー、エッセイスト。










