フィットネス コンテスト

高校サッカーから消防士、そして日本選手権4位へ━━扇谷開登「迷ったらキツいほうへ」審査基準を揺るがす怪物バルクの正体

日本選手権の舞台で求められるのは欠点のない美しいプロポーション。しかし、その価値観に真っ向から挑み、筋肉量で観る者を圧倒した扇谷開登。その頭の中にはあるのは〝誰よりも厳しい道を選ぶ〟という純粋な思いだった。

取材・文:にしかわ花 撮影:岡部みつる Web構成:中村聡美

ここが違う!
〝どれだけプロポーションが美しい選手がいても、その横に20㎏はデカいやつがいたらそっちを見ざるを得ないでしょう〞
扇谷開登 2024年日本男子ボディビル選手権4位

腕トレは1セット9分にも及ぶジャイアントセットで対象部位が「動かなくなる」まで追い込む

強みの一点突破という戦略

「この分野であれば誰にも負けない」という戦い方がある。満遍なく高い能力を持つ相手に勝つ方法は、それ以上の完璧になることではない。他の追随を許さないほどの磨き上げられた強みは、その一点で勝敗を覆すことができる。

ボディビルでは審美的に欠点のない肉体造形や、魅力を最大化させる緻密なポージングが必要とされる。その最高峰である日本選手権においては、「完璧からのわずかな減点」が勝敗を左右する。そのなかで、ほぼ筋肉量の一点で4位に登ったのが扇谷開登だ。もちろん、評価は割れていた。決勝審査では、ある審査員は8位票をつけた。一方、ある審査員は1位票をつけた。完璧とは程遠い、しかし、それを無価値とするには扇谷は巨大すぎた。

「自分の強みは筋肉量。伱がないとか、魅せ方とか、大事なのはもちろんわかっているし、改善はし続けている。でも、どれだけプロポーションが美しい選手がいたとしても、その横に20㎏はデカい、信じられないくらいデカいやつがいたら、そっちを見ざるを得ないでしょう。並ぶだけで絶望するくらい馬鹿デカい、恐ろしい存在感と気迫を持つ選手。僕がなりたいのは、そういう存在なんです」ボディビルとは、という概念そのものを再考させ、審査基準を揺るがすほどの迫力とオーラを持つ、筋肉の塊。それを求め続けている過程に、扇谷の躍進の理由が表れている。

上腕二頭筋はEZバーカール、インクラインダンベルカール、インクラインワンハンドダンベルカールのジャイアントセットと、ケーブルカール、スタンディングワンハンドカールのスーパーセット

強みを伸ばすために必要なのは、まず「自分の強みを把握する」こと。強みを絶対的な武器化するための「ハードルの高い」、「圧倒的努力」。そして、進化し続けるための「変化を受け入れる素直さ」だ。

積み重ねてきた努力

扇谷の努力量に対する執着のルーツは、高校サッカー時代に遡る。監督の「迷ったらキツいほうを選べ」という言葉を信じて、努力を重ね続けたことでの成長だ。

サッカーにおいて、扇谷が最も力を入れたのは、走り込みだった。1㎞走を最低20本以上、『ILCO』(正方形のルートを周回し続けるペース走)においても、扇谷は一切手を抜かず、20本以上を走り、最速タイムを求め続けた。「技術には自信がなかったけど、身体能力には自信があった。だから、身体能力の向上に全力を振りました。日本で俺より走ってるやついねえだろ、と確信できるくらい走り込んだ」

それが、1年生でスタートメンバーでありレギュラーメンバーという実績と、三年生で背番号10番を背負い、100人のチームを仕切る主将という成果を出す。

目的がトレーニングに変わってからも、その姿勢は変わらなかった。

「相澤隼人選手や喜納穂高選手といったトレーニングが上手い選手は、1セットで100点の効果を出せるのかもしれない。でも自分は50点がせいぜいだから、努力でカバーするしかない」トレーニングジム『チャンピオン平塚』では、いつも一番最後まで残っているのは扇谷だった。扇谷より後に来た会員たちは、帰るときにもまだ延々と続ける気配の扇谷のトレーニング姿を、鮮明に覚えているという。

高くなり続けるハードル

扇谷は、「自分より優れる人は、自分より努力している人」と定義している。自分が劣るのは才能でも環境でもなく、「ただ、自分の努力量が足りなかったから」だと考える。

「扇谷はいつか日本一を争う選手になる。僕だけじゃなくて、ジムにいた全員がそう感じていたと思います」

『チャンピオン平塚』の代表でメンズフィジークトップ選手の小泉憲治。扇谷がトレーニングを始めた2017年から2020年までのトレーニングパートナーだ。

「扇谷の身体能力の高さはずば抜けていて、初めて行ったデッドリフトで200㎏を挙げたり、標高約180mの湘南平(泡垂山山頂)を体重105㎏もある男が2時間かけて走って登って帰ってきたりなど、普通じゃない。それなのに満足することがなくて、負けず嫌いで向上心が強い」

その向上心の強さはトレーニングへの向き合い方にも強く反映される。扇谷の言う「追い込み切る」とは、文字通り、指一本も動かなくなるまで筋肉を破壊し尽くした状態を指す。

「限界までやったと思っても、重量を下げればまだ感覚がある。感覚があるうちは、やったとは言えない。ドロップセットやジャイアントセットは、それをやろうとしたんじゃなくて、筋肉を殺し切ろうと思う気持ちをトレーニングにしたら、自然にその形になっていただけです」

疲労に負けて1セットを減らした日、帰宅後に再度ジムに向かった。努力できていないという状態が、何よりも許せない。

だが、選手としての扇谷は最初から好成績を出したわけではない。初戦の関東メンズフィジーク選手権(2018)では、4位。ファーストコールに呼ばれたが、喜ぶどころか、自分の未熟さを恥じ、大会中に結果が出る前から号泣した。小泉は打開策として、体格とトレーニング量に見合う食事量をノルマとした。増量時は最低、「米5合と、肉1㎏」。扇谷は食事の変化を素直に受け入れた。結果、筋肉量は激増し、2019年に同大会へのリベンジでオーバーオール優勝を遂げた。扇谷は小泉と環境の変化によりパートナーでなくなった今でもその食事ノルマを守っており、量はさらに増えて10合食べているという。「迷ったら自分がキツいと思うほうを選べ」から始まる、自分を成長させると思った意見に対しての、愚直なまでの素直さ。この素直さは、これ以降も進化を支える鍵となる。

変化を受け入れる素直さ

2018年に大会初出場で、2024年に日本選手権4位。ここだけ抜粋すれば、順風満帆な競技歴にみえる。しかし、これは2度の屈辱の敗退から這い上がって築かれたものであり、変化を受け入れ続けたからこその戦績である。特に、2021年のオールジャパン選手権メンズフィジークでの予選敗退の際、扇谷は競技から退こうと考えていた。2021年からのトレーニングパートナーである美濃川大が当時を語る。

「扇谷が『俺には向いてないから、もう(大会出場を)やめようと思ってる』と打ち明けてきました。扇谷の目的はトレーニングでデカくなることであって、もともと、競技そのものへの興味が強かったわけじゃないんです。当時は、競技のことを全く知らずに出場していて、強みを生かしきれていない状態だった。向いていないのは競技じゃなくてカテゴリーなんだということを伝えたくて、転向を勧めました」

扇谷はそれを受け入れて挑戦。その後も提案されるままに、クラシックフィジーク、ボディビルと、筋肉量がより評価される舞台に移り、実力を開花させていった。それが、2023年の「日本クラシックフィジーク選手権」175㎝超級で優勝。2024年ボディビルに転向で初出場の日本選手権4位という成果である。

成功体験を積んだ扇谷の意識に変化が表れた。大会後には脱力から1カ月トレーニングをしなくなるといった行動がなくなり、オフも選手として過ごすようになったという。

「扇谷は猪突猛進なぶん、結果が伴わないと反動で動けなくなることもあった。素直で嘘がつけないから、そういうムラもまっすぐ出る。でも、今後は思った結果にならなくてもきっとブレないと思う。ずっと見てきて、選手としての意識も成長している」

扇谷は2025年、もう一つ重大な変化を受け入れた。従来のトレーニングで痛みや怪我が出るようになり、使用重量の更新が止まった。そこで美濃川は、トレーニング方法を変えることを提案した。がむしゃらに量だけを求め続けてきたやり方をやめ、質を高める方向にシフトしていくべきだと提案した。扇谷は、意外なほど素直に受け入れたという。

「今まで成長してきた方法を変える提案をするのは怖かったし、扇谷も怖かったと思う。でも、信頼して任せてくれた」

この転換がハマった。重量は再び伸び始め、筋肉量も増えた。扇谷の身体は現在も、毎日見ている美濃川にも分かるほど、加速度的に進化しているという。脚の進化は特に目覚ましく、脚トレを始めた初年度の2022年には20㎏プレート4枚(133㎏※)だったレッグプレスのメインセット重量は、2023年には12枚(293㎏※)になり、現在は22枚(493㎏※)にまで上がった。

「あれでまだボディビルを覚えたての赤ちゃんなんだから、怪物ですよ」

※ウエイトなしのスタート重量の53kgが加算されるため

ボディビルダーとしての覚醒

ボディビルに舞台を移したことで出会った刈川啓志郎という存在は、扇谷に大きな影響を与えた。奇しくも同じ年に台頭した彼は、「自分とは違う」と思わせる信念とスタイルで、ボディビルに挑んでいた。そして、その活躍はまさに怪物だった。

「刈川君は、本当に異質で異次元の努力をしてます。生物として対峙したときの圧倒的な熱量で、刈川君よりすごい人を見たことがない。自分の行動の正しさや勝利を確信していて、それは努力の総量から来る自信なのが伝わってくる。反対に僕は自分に自信がなくて、今のままでは周りと比べてダメだという、強迫観念的な恐怖や切迫感がトレーニングの源になっている。誰とも比較することなく、自分の成長だけに集中している刈川君の強さは、男としてこうありたいと思わされます」

上腕三頭筋はライイングエクステンション、ナロープレスを2セット行い、フレンチプレスを行うジャイアントセットと、ディップス

ボディビルダーとして圧倒される存在に触れ、『ただ、デカくなりたい』という理想を追い求めてきた姿勢が、少しずつ変化を見せつつある。

「デカくなりたいのは変わりませんが、ボディビルで勝つためにデカくなりたい、自分を支えてくれているマミさん(妻)に勝ったところを見せたいと思うようになりました。勝つことで、今ある環境への感謝の気持ちや、応援してくれている人たちの期待に応えたいとも思うようになりました」

怪物にして、未だ原石。扇谷の成長には限界がないどころか、自ら更新し続けているようにすら思える。天井知らずの努力で磨き上げられたとき、どんな輝きを放つのだろうか。

おおぎたに・かいと
1997年7月28日生まれ。石川県出身。身長175.5㎝、体重90㎏ (オン)、105㎏ (オフ)。消防士。2019年神奈川県メンズフィジーク選手権総合優勝、2023年日本クラシックフィジーク選手権175㎝超級優勝、2024年日本男子ボディビル選手権4位

-フィットネス, コンテスト
-





おすすめトピック



佐藤奈々子選手
佐藤奈々子選手