フィットネス コンテスト

〝ガチガチ〟からの脱却━━寺山諒が語る成長のカギは「適当」という名の成長薬

2023年の日本選手権辞退を乗り越え、真のバルクモンスターへと進化した背景は「いい意味で適当になったからです」と寺山諒は朗らかに話す。寺山にとって〝適当〟とは、何を指すのか。その中身を探っていく。

取材・文:小笠拡子 撮影:舟橋賢 Web構成:中村聡美

ここが違う!
〝本当にここ最近は、いい意味で「適当」になったんですよ。「ちょうどよく、ふさわしい」という意味で〞
寺山 諒 2024年日本男子ボディビル選手権5位

第3種目のサイドレイズ。プレス系が終わるとタンクトップに着替える。プレス系は背もたれがあるためタンクトップは背中の汗で座面が滑るから避けており、サイドレイズからは肩が良く見えるという理由でタンクトップ。ダンベルを握る前にはセットごとに液体チョークを使用し、自分に最もしっくり来る方法を追求している様子がうかがえる。レップ数は25回前後と多めで、この日の最大重量は28㎏。小さなレストを挟みながら追い込んでいく

成長の大きなカギは〝適当〞になれたこと

「寺山は内面が割と弱いんです」そう教えてくれたのは、真田桜成(※)だった。寺山諒の元同僚であり、長年のトレーニングパートナーでもある。合トレ時は限界のタイミングで駆けつけて1〜2発の補助に入る、メンタルサポートの要素も大きいパートナーだ。寺山本人も語っていたが、「ボディビルデビュー当初から、減量中のストレスで毎年のように、精神的不調を繰り返していた」というのだ。

「ストレス管理ができるようになったこと、これは寺山にとって大きな成長を及ぼしてくれたと思います。一番は、仕事の環境を変えたことでしょうね。しっかり寝て、しっかり食べて、しっかりトレーニングに励めたのは去年が初めてなんじゃないかな」(真田)

フロスバンドを使ったコンディショニングからコレクティブエクササイズへ。約10分かけてスムーズに身体を整えていく

寺山が抱えるストレスの大半を占めていたのは対人関係。ストレスから物事をネガティブに考えてしまうようになり、さらにプレッシャーも加わって常にボディビルのことばかり考えていたそうだ。ボディビルデビューを始めたころは「キツいことをしてこそなんぼ」だと思い込んでいたという。そのため、3時間に1回は食事をしなければならない、鶏肉を1g単位で計らないといけない、など〝こうしなければならない〞というガチガチのルールを自分に課していた。そこに責任感の強い性格も重なって、心身ともにストレスが徐々に蓄積されていく。

「2021年がいろいろ重なったピークで、鬱に近い状態だったように思います。キツいけれど、それがボディビルだって勘違いしていたのかもしれません」(寺山)ストレスや恐怖でジムに行くことさえできなかった日や、寝付けないときもあった。トレーニングができても集中力が低くなっていたり、それが原因で怪我をしてパフォーマンスが落ちてしまったり。そのことに対して、またネガティブな気持ちになるという、まさに〝負の連鎖〞が起こっていた。

こういった対人関係のストレスや、メンタルから来る精神的不調が2023年に日本選手権を辞退した背景の一つにあった。

1種目目はスミスマシン・ショルダープレス。靴ひもを結び直す、足と座面の距離をマットで調整する、ベンチ台のズレを確認するなど、準備にもしっかり時間をかける。荷重110㎏からピラミッドセットを組み、最終6セット目は125㎏で実施

そして2024年。日本クラス別80㎏以下級で優勝し、ファイナリストの壁を一気に突破して5位入賞を果たす。寺山を大きく羽ばたかせてくれたカギは何か、率直に尋ねると「本当にここ最近は、いい意味で〝適当〞になったんですよ」と、寺山の声が一気に朗らかになる。

適当とは言うが、「いい加減で雑」という意味ではない。「ちょうどよく、ふさわしい」という意味での言葉だ。

独立したことで、仕事の量も自分でコントロールできるようになり、ストレスがかなり少なくなった。このことが顕著に身体に現れたのが昨年だったという。

ボディビルという競技に囚われすぎていた時期を抜け出して、適当になれたことが心のゆとりを育み、結果的に身体が良くなった。

ここまで読むと、「環境を変えてストレス要因がなくなったから飛躍できた」と思うかもしれない。しかし、それだけではない。前述の通り、寺山は食事管理を徹底し、トレーニングでは1種目1セットにまで強いこだわりを見せる。多くのボディビルダーが気にしないような細部まで目を配っているのが根底にある。

「恐らく他の選手は気にしないと思うんですけど、僕は細かいことが気になってしまうので、一番いい形でやりたいんです」

たとえばサイドレイズ一つを取っても、液体チョークを使う、最後のセットだけはグリップの太いダンベルに替えるなど、常に最善を求める姿勢がある。その執念は並大抵のものではない。全てにおいて最善を尽くしてきた寺山だからこそ、環境を変えたことで一気に飛躍できたのだろう。

※1997年生まれ、東京都在住。パーソナルトレーナーとして活動中。寺山とは8年ほど前にゴールドジム八王子店で出会う

目標を高く設定すると1年の伸びが大きくなる

寺山にとって、昨年はファイナリスト入りすることが目標だったのだろうか。そう尋ねてみると答えは意外にも〝NO〞だった。

「ファイナリストになること自体を目標としていませんでした。ボディビルデビューする前のオフシーズンから、日本一になることと世界で戦っていくことを目標としていたんです。そのときにできることを最大限やって積み重ねた結果、今があります」(寺山)

第2種目はSTRIVEショルダープレスマシンを5セット。以前はダンベルショルダープレスも行っており、肩トレにおいてプレス系の重要性を強調する寺山。リストラップとグローブも欠かさず装着する。「手首などが気になるのが嫌なので、固定できるところはしたいです」(寺山)

キャラクターのレベルを上げていくような育成ゲームを想像してほしい。ミスター日本になるためにはレベル100になる必要があるとする。1年で10ずつレベルを上げていくと、少なくとも10年はかかる計算になる。

「でも、今持っている全力を出していくと、1年目でレベル10ではなくレベル15になれるかもしれないし、2年目でレベル35になれるかもしれません。今年はここまで、という目標設定にすると、本当はもう少し上に行けていた未来がなくなってしまうんじゃないかと、この競技において自分はそう考えていました」(寺山)

上限を決めずに全力を出し切ることで、大きな飛躍を遂げる可能性が出てくる。寺山はそういった気持ちで取り組んできた。

公にしていなかったそうだが、2023年の目標が「日本選手権でTOP6に入ること」だった。初詣のときに絵馬に書いたという。しかし、その年の日本選手権は辞退。2024年の初詣で、同じく「TOP6」を絵馬に記した。ファイナリストではなく、その上へ。

ただ、「2023年のこともあったので、順位に囚われないように、ガチガチになりすぎず、気持ちの波をなるべく作らないで、取り組んでいく」ことにシフトチェンジをした。食事面・トレーニング面・考え方など、すべてにおいて寺山は〝適当になった〞という言葉を用いる。

積極的休養期間を設けた〝適当〞なトレーニング

「ボディビルにおいて、トレーニングを頑張るのはすごく大事です。しかし、その時間だけ集中力を高めて頑張るようになりました。筋トレやポージング練習をするときはする、休むときは休む!と、オン・オフの切り替えができると、義務的にならずにトレーニングが楽しくできます」(寺山)

種目やボリュームはほとんど変えていないそうだが、適当になったという寺山。「たとえば7日に1回、脚の日が来るように設定していたとします。オフシーズンはトレーニング強度やボリュームも上がってくるので、回復が追いついてこなかったり、パフォーマンスが伸びないことがあったりするタイミングが出てきます。なので、そういうときに10日に1回ぐらいで回ってくる月を意図的に設けました」(寺山)

トレーニングノートは過去分も含め2冊持ち歩く。部位ごとに記録をつけ、1年前の同時期の使用重量と見比べている。「減量期は重量が落ちてしまいます。そのときに昨年と比較して、昨年よりは上がっているから良しと判断するようにしています」(寺山)

普段、寺山は週5日でトレーニングを組んでいるそうだが、こういった〝積極的休養期間〞とも言えるタームを設けると、筋トレは週3〜4日ほどに。休む回数がかなり増え、心身ともにリカバリーが可能になるのだ。

今年は増量期が5カ月ほどだった寺山。最初の2〜3カ月は伸びが良かったが、だんだん伸びなくなってくるころに1カ月の積極的休養期間を入れて、回復に努める。そしてラスト1カ月はまた同じ頻度に戻すと、パフォーマンスが上がっていくのだという。まさにこれは〝適当〞という名の戦略のようなものだ。そのため「腕の日を飛ばすこともある」と寺山。

「スケジュールの都合上、週4日しかできないときは、プッシュ種目や背中の日でかなり腕を使っているので、わざとスキップします。これは増量中でも減量中でも、あることですね」(寺山)

休む頻度を上げたことによる効果はかなり大きいようで、「フレッシュな状態のままトレーニングに臨めたので、筋肉の張り感や関節周りのギスギスする感じとかもなく、パフォーマンスが上げられた」と話してくれた。

休養を設けることのメリットは、メンタルや考え方にも現れる。前回のトレーニングより回数が落ちてしまった場合でも、落ち込むことが少なくなったそうだ。

「今週は疲労の度合いが強いから落ちてしまうよな。回復した翌週は回数も戻ってくるよな、みたいな感じで、客観的に見られるようになったんです」(寺山)

このような〝適当さ〞は食事やオフに対しても同じことが言えるようだ。

「食事の時間や量に縛られなくなりましたし、週に2回のトレーニングのオフをどこで入れるかは、朝起きてそのときの身体の状態によって決めるときも全然ある」と寺山は言う。

全身の成長の背景にはコンディショニングあり

寺山の強みとして、均整の取れたバルクがよく挙げられる。本人も「ボディビルを始めた細いころからバランスが良いと言ってもらえて、大きくなっても同じように言っていただける」と笑みをこぼしながら話す。

第4種目はベンチ台に膝立ちで行うサイドレイズ。体幹を安定させ、軸を崩さずに挙げ切る。スタンディングではチーティングを用いて挙上するが、この種目では肩の筋肉だけに負荷を集中させることを徹底している

一部位だけが発達することなく、バランス良く発達させることができた理由は、コンディショニングにあるという。身近で見ている真田も「特にコンディショニングの面において、ここ数年は結構力を入れているように見受けられました。その結果、強度というよりトレーニングの質が年々良くなっています」と話す。

寺山自身も〝コンディショニング〞という言葉が流行する前から、行ってきたようだ。特に契機となったのは2023年の日本選手権を辞退してから。

「それまでも腱周りへの痛みや違和感がありました。フォームやアライメントのポジションを見直す必要性は感じていたので、少しずつ行ってはいたんです。ただ、辞退した後は、いろんな意味で変えていかないといけないんだろうな、と一層思うようになって、足していきましたね」(寺山)

何も持たずにその筋肉でその動作ができるか、が重要だ。トレーニング中に意識をしながら負荷を受けるというより、「重りを持つ前に負荷が受けられる状態にしておくことが大切」と寺山は話す。

背中の感覚入力であれば、四つん這いになり、肩甲骨を下方回旋した状態で広背筋を収縮させる。その状態で攣るぐらい収縮をかけた結果、腕が降りていくような動きを意識する。またサイドレイズであれば、三角筋が収縮した結果、腕が上がってくるようなイメージを持つ。

種目の動きに対して、苦手だとか、可動域が足りないと感じたら少し動かしてから種目に入る。このように、身体の機能性を整えてからトレーニングに入ることで、重りを持った時点では、無心で動かすことができるようになった。意識せずとも、動作の中で自然に刺激が入ってくるという。

とはいえコンディショニングだけに没頭することはない。トレーニングをする前に、全身とその日のトレーニング部位にフォーカスしたものをプラスして、10分ほどかけて行う程度だそうだ。

「そういった取り組みで、バランスを崩さずに全体を大きくできていったんだと思います。昨年の結果から欲張ると同じ失敗を繰り返すかもしれないので……。昨年の仕上がりを超えて、ステージに立つのが今年の目標です」(寺山)

真のバルクモンスターが目覚めた今、どのような進化を遂げているだろうか。寺山の快進撃はこれからだ。

てらやま・りょう
1995年生まれ、東京都在住。身長170.4㎝、体重82.7㎏(オン)97.8㎏(オフ)。パーソナルトレーナーとして活動。真田さんや周りからは「キャプテン」と呼ばれている。日本男子ボディビル選手権での成績は2024年・5位

-フィットネス, コンテスト
-





おすすめトピック



佐藤奈々子選手
佐藤奈々子選手