
日本代表として世界を転戦する中村航(以降、WATARU)がたどり着いたのは、〝ハイブリッドアスリート〟という生き方だった。サッカー、ボディメイク、クロスフィット、異なる競技を渡り歩いてきた経験が、彼をこのハイブリッドな競技へ導いた。速く走れるだけでも、重いものを扱えるだけでも通用しない。すべてを統合し、崩さずに使い続けられる者だけが、スタートラインに立ち続けることができる。ハイブリッドアスリ―トとしてのWATARUの競技観を軸に、HYROXという新時代の耐久競技の本質、そして8つの種目それぞれに求められる身体の使い方と戦略を掘り下げる。
取材・文:林健太 撮影:EISUKE KOMATSUBARA 写真提供:中村航 Web構成:中村聡美

━━まずはWATARUさんの競技の原点から教えてください。
航 学生時代はサッカーですね。 なんだかんだ10年くらいはやっていましたね。
━━それからずっと運動を?
航 いいえ、最初はサッカーをやっていたこともあって、スポーツメーカーに就職しました。とは言っても普通のサラリーマンですから、運動量が減った割に飲み会が増えて……ちょっとぽっちゃりしてきたのは自分でも感じていました(笑)。でもそれがやっぱり自分自身が許せなくて、ゴールドジムに通い出したのが運動再開のきっかけです。
━━そこから本格的にトレーニングにハマったのはなぜですか?
航 ゴールドジムに通いだしたときに、昔のアルバイト先の社員さんと久しぶりに再会したら、その人がバッキバキになっていました。「何があったんですかその身体!?」って話をしていたときに、たまたま『ベストボディ・ジャパン』の話を聞いて。
━━それで即出場を決めたのですか?
航 ちょうど地元の大阪で大会があったので、ちょっと記念受験のつもりで出たら、まさかのファイナリストまで残って(笑)。いいとこまで行ったからこそ、なんかこう悔しくなっちゃって。そこから結局ずっと出続けましたね。

━━コンテストでの最高成績を教えてください。
航 2018年に『サマースタイルアワード』で日本一になりました。結果が残せたことで、人とのつながりも増えて、SNSのフォロワーも増えてきて、ちょっとしたフィットネスインフルエンサーのようなお仕事もいただけるようになりました。
〝魅せる身体〞と〝動ける身体〞
ボディメイクの先に見えた強さ
━━そこからHYROXにつながったきっかけはなんですか?
航 すごいミーハーですけど、Netflixの『フィジカル100』という番組を見て、優勝している選手がクロスフィットをやっていると知りました。実は、ボディメイクの筋トレ界隈でも番組を見ている仲間も多くて、〝クロスフィットかっこいい!〞ってなっていました。そこからたまたまご縁あって、クロスフィットのトレーニングを体験させていただいたのが始まりですね。
━━クロスフィットの大会にも出場しましたか?
航 もちろん出場しました。ただ、出てみて、スナッチやクリーンといったバーベルテクニックを極めるにはかなりの時間が必要だなと感じました。やるならとことん極めたい派なのですが、スナッチを100㎏とか、僕がどれだけ努力しても、到底敵わない世界だと思いました。
━━それでHYROXに焦点を当てたということですね。
航 はい。ジムのコーチが、来年(2025年)、HYROXという競技が日本に来るみたいだよって話をしてくれて。「走るのが速いから向いているかもしれないね」って言ってもらったのがきっかけです。
━━実際に競技を知ってどう思いましたか?
航 8種目みたときに、自分が得意そうなのが多いなと思って。もちろんランニングトレーニングなんて筋トレ始めてから全くやっていませんでしたが、サッカーをやっていたおかげか、〝ボディメイクしてる身体で走れるってすごいですね〞ってよく言ってもらえました。
━━初めてのレースは横浜大会ですか?
航 日本開催が(2025年の)2〜3月という噂があったので、そう思って準備をしていたのですが、蓋を開けてみれば8月開催でした。年末から気持ちだけは出来上がっていたので、この熱い思いを少しでも早くぶつけたいと思い、海外レースにエントリーしました。その年の4月に台湾でレースデビューをして、5月に韓国大会に出場しました。両大会でプロシングル3位に入賞できました。
日本初開催の熱狂を超えてハイブリッドという在り方
━━そこから1年余りで、一気にフィットネス業界でも注目を集める存在になりましたね。
航 ありがたいことに、台湾と韓国の結果を見た関係者からHYROX日本代表のお話をいただき、チームリレーのメンバーに選んでいただきました。かなりのプレッシャーでしたが、2025年6月にシンガポールで行われたアジア選手権に出場して準優勝することができました。
━━HYROXでは確固たる地位を築き上げた先駆者になりましたね。
航 なんかとんとん拍子で上手くいき過ぎた1年な気もします。初レースから全て表彰台に立たせてもらい、9連続表彰台記録更新中です。先日の大阪大会でもリレー、ミックスダブルス、メンズプロダブルスと、3日連続の表彰台という目標も達成できました。

今年1月30日~2月1日で開催されたHYROX大阪ではミックスリレー(上)、ミックスダブルス(真ん中)、メンズダブルスプロ(下)に出場。3日連続というハードスケジュールのなかで全て表彰台に上がった
━━今回はなぜシングルでの挑戦をしなかったのですか?
航 前回の横浜大会は日本初開催という特別なタイミングでもあったので、シングルプロで自分の挑戦に全力を注ぎました。一方で、今回はテーマを「自分」ではなく、「仲間」に置きたいと考え、シングルでの出場は選びませんでした。横浜大会の頃は、PMC(PhysicalMonsterClub)コミュニティを立ち上げてまだ2カ月ほどでしたが、ありがたいことに最近では遠方からトレーニングに来てくださる方も多くなってきました。前回の大阪ではPMCのウェアを着て会場に集まる仲間の姿が強く印象に残っています。
━━3日間出場することにもこだわりがあったのですか?
航 海外のレース映像は見るけれど、本気のレース姿を生で見たことがないってよく言われていました。それをやっぱり目の前で見てほしいし、その僕の本気という刺激を感じてほしかったので、とにかく見てもらえる時間を増やそうと思いました。
━━体力的に大丈夫でしたか?
航 もちろん3日間連続でのレースは体力的にキツさもありました。ただ、個人的には毎週でもレースをしたいと日頃から思っています。ボディメイクでは、減量と増量を繰り返す中で、食事や生活にも厳しい制限が求められますが、ハイブリッドアスリートとして競技に取り組むようになってからは、極端な食事制限を行うことはなく、常にベストコンディションを維持できていると感じています。
━━そうした身体の状態でレース に臨めるからこそ、会場全体の熱 量もより強く感じられるのかもしれませんね。
航 本当にそう思います。選手の熱気が伝わってくるのもHYROXの魅力だと感じています。走っている姿もワークアウトステーションでの姿も追いかけて、一人のレースがドラマとして見られる、最高の推し活だと感じます。競技者だけのものではない〝開かれた挑戦〞にするために
━━過酷な競技という印象もあり、まだ参加には踏み出せない人も多いように感じます。
航 それはすごく分かります。実際、HYROXという名前だけを聞くと、「自分にはまだ早い」、「アスリート競技でしょう」と感じる人は多いと思います。ただ、HYROXの本質は、決して一部の競技者だけのものではありません。一過性の流行ではなく、フィットネスの新たなジャンルとして、これから確実に根付いていくと感じています。

━━そう感じる理由はどこにありますか?
航 HYROXは、年齢、レベル(プロ、オープン)、形式(シングル、ダブルス、ミックスダブルス、リレー)と、カテゴリー分けが非常に明確で豊富です。
例えば、夫婦やカップルで出場すれば絆を深めるきっかけになります。他にも友達同士でウェアを揃えて楽しむ人も多いです。もちろん一人で完走を目標に挑戦することもできます。それぞれの立場や目的に合わせて参加できる点が、HYROXの大きな魅力だと思っています。
━━PMCコミュニティにも、さまざまなレベルの人が参加しているのですか?
航 HYROXを全然知らない方、運動が苦手な方もいらっしゃいます。決して楽ではありませんが、そのキツさをみんなで共有するからこそ、最後まで頑張れる。HYROXの動き自体は決して難解なものではないので、必ずゴールできるし、大きな達成感を味わえる。その点も、しっかり伝えていきたいですね。
━━HYROXに出合って、人生は変わりましたか?
航 正直、自分がこの年齢になって日の丸を背負って世界を転戦するとはまったく想像していませんでした。PMCコミュニティを通じて、これほど多くの世界中の人と関わる人生になるとも思っていなかったです。Netflixで見ていた選手や、高校時代に憧れていたサッカー選手の鄭大世さんと一緒にトレーニングする日が来るなんて、2年前の自分には考えられません。「WATARUさんをきっかけにHYROXを始めました」と言ってくださる方もいて、僕自身がHYROXに人生を変えてもらったように、今度は僕が誰かの人生を変えるきっかけになれたらと思っています。そのためにも、これからも全力でHYROXに取り組んでいきます。

WATARUおすすめ
HYROXに生きる筋トレ種目2選
01 ダンベルスラスター
全身の連動性を養うために不可欠な種目である。HYROXの最終種目であり、多くの参加者が難所として挙げる「ウォールボール」では、下半身のパワーをいかに効率良く上半身へ伝えるかが伴となる。しっかりと深くしゃがみ込み、床を蹴る力(床反力)を上半身へと連動させる感覚を、この種目で習得したい。
02 チンニング
HYROXでは、ファーマーズキャリーを筆頭に「グリップ力」がタイム短縮を分ける重要な要素となる。チンニングは、ローイング種目で求められる背中の筋力を鍛えるだけでなく、握力強化にも有効だ。あえてパワーグリップなどを使用せずにトレーニングを行うことで、実戦に即したタフな握力を養うことができる。
なかむら・わたる
1991年9月7日生まれ。大阪府高槻市出身。身長169cm、体重71kg。ボディコンテストの最高成績は2018年サマースタイルアワードプロ戦スポーツモデル部門ショートクラス日本一。HYROXでは世界選手権出場権をプロメンズダブルスとプロシングルスで決めている。最高タイムは1時間4分5秒(プロメンズシングルス)。得意エリアはウォールボール。

















