"ジャガー"の愛称で人気を博したボディビルダー“佐藤貴規"が、15年間の競技生活にピリオドを打ち、引退を表明した。
決して飛び抜けた素質を持っていたというわけではなかったが、最軽量級の60㎏級でデビューすると徐々に頭角を現し、東アジア65㎏級連覇、東京選手権優勝、日本クラス別65㎏、70㎏、75㎏の3階級を制覇、そして日本選手権で5位入賞を遂げるなど、日本を代表する選手にまで成長した。さらに、世界選手権出場を果たし、選手として最盛期を迎えながらも引退を表明した。
(本内容は月刊ボディビルディング2018年9月号「特別インタビュー佐藤貴規」から修正引用)
取材:吉田真人 写真:アイアンマン編集部
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◆夢を繋げた日本選手権
引退を心に秘めて挑んだ日本選手権で意欲的な素晴らしいステージングを見せたジャガー。以前は気が優しく控えめな性格がステージ上でも顔を出し、勝負への貪欲さに欠けるところが見受けられたが、今回はまるで別人のように集中し、力強くアグレッシブなステージングで勝負に徹した。
その意欲的なステージングに、「もしや」と期待した人も多かったのではないだろうか。それほどジャガーは肉薄したトップ争いを演じた。
しかし、結果は5位。最後まで勝利への意欲を見せ、健闘したものの、表彰台にも手が届かなかった事で世界選手権への切符も逃したと思われた。それから数日後、ジャガーから電話が掛かって来た。
「日本選手権を最後に引退と言いましたが、少し先に延びる事になりました」っと照れくさそうな感じでジャガーがこう切り出した。
「自費での出場なんですが、世界選手権の出場が決まりました」
日本選手権での優勝を本気で目指してきたジャガーの夢は叶わなかった。しかし、日本王者経験者3人が顔を揃えるハイレベルな戦いの中での5位入賞は、十分賞賛に値する見事な活躍だ。過去最高の体を作り上げ、勝利への気持ちを前面に出したステージ表現をし、持てる力を出し切った満足の引退戦となったと当人も思っていたはずだ。
競技人生に別れを告げ、選手生活の緊張感を解こうとしていた、そんな矢先に舞い込んで来た世界選手権への選考の知らせ。連盟からの思いがけない嬉しい呼び掛けに、一ヶ月後に開催される世界選手権で有終の美を飾るべく競技からの引退を先延ばしにする事にした。
ところが、それから数時間もしないうちに、「出場は確定じゃないみたいです」と再び連絡が入ってきた。
派遣選考の意見が分かれているのだろうか。確認の為に選考委員をされている日本連盟選手強化委員長の朝生照雄氏に連絡してみた。朝生氏はジャガーの日本選手権での活躍を高く評価しており、世界選手権への選考を強く働きかけていた。もし今回の選考に漏れたとしても、来年以降にまだチャンスはあると、ジャガーの将来性に大き な期待をかけていた。しかし、引退を決意しているジャガーに、"来年"はない。その旨を伝え、選考への尽力をお願いした。翌日、ジャガーの世界選手権への出場が正式に決まった。ジャガーの世界選手権出場を望む声は、多方面から聞こえていた。多くの方の声がジャガーを世界の舞台へと導いたのだと思う。そして何より、ジャガーの可能性を信じ、選考に尽力された朝生氏の功績は大きかったのではないだろうか。
吉田:世界選手権の出場が決まった時、どんな気持ちだった?
ジャガー:出場にあたり、いろいろな方々にご尽力頂いたので、嬉しいというよりも感謝の気持ちで一杯でした。これほど人の為に頑張ろうと思った大会はありませんでした。日本選手権で5位という結果だったので、世界選手権の出場は無いと思っていました。 日本選手権を迎えるまでに吉田さんからも、「悔いが残らないように全部出し切れ」と言われてきて、正に燃え尽きるつもりで準備を進めてきました。ところが、皆さんのご尽力で出場できるようになったのですが、正直、気持ちを保つのが非常に難しかったです。フルマラソンを全力で走り切った後に、「あと5㎞」と言われた気分です。この状況で気持ちを保てたのもやはり皆さんへの感謝の気持ちでした。