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「身体づくりは究極の防災」 東日本大震災の凄惨な現場を経験した元消防士がジム開業、白血病宣告された今、伝えたいこと「災害も病気も、最終的には身体が全て」

東日本大震災の現場で救助活動にあたり、その経験を原点に宮城県でフィットネスジム「UGOQ(ウゴク)」を立ち上げた後藤聡(ごとう・そう/47)さん。地方の健康課題を解決したいと消防士から地域のフィットネスづくりへと軸足を移した後藤さんだったが、2025年8月、急性リンパ性白血病と診断された。震災、起業、そして現在の闘病──。そのすべてを貫くのは、「身体づくりは、生き抜く力を備えること」という考えだった。

【写真】消防士時代、震災救助中の様子と開業したジム「UGOQ」、白血病闘病中の後藤さんの姿(11枚)

後藤聡さん

本格的なトレーニングを行い、過去にはボディコンテスト出場経験もある後藤さん

東日本大震災の現場で見た「最後は身体がものをいう」現実

後藤さんは1979年1月29日生まれ、宮城県出身。2004年から2020年までの16年間、宮城県・栗原市消防本部に勤務し、救助隊なども経験してきた。

──2011年3月11日、後藤さんのその後の人生観を決定づける出来事が起きる。東日本大震災だ。

「救助活動で駆けつけたのですが、当時の状況をお伝えすると、いたるところに遺体がある、まさに“死体の海”のような状況でした。そこに感情を寄せると、自分のメンタルがおかしくなってしまうので、心を無にして遺体を運ぶしかありませんでした」

極限の現場では、ただ作業をこなすしかなかった。だが、日常に戻ってから、強く残ったものがあったという。

「遺体の状況を見ると、どれだけもがいたのかが分かるんです。服や身体の状況から、ギリギリまで逃げて逃げて最後に力尽きたと分かる方がいた。一方で、最初から流されてしまっている遺体も分かった。すぐに動けて避難できた人は助かっている人も多くいる。そのとき、身体づくりは、最後に自分の命を守ることにつながるんだなと痛感しました」

地方の健康課題を解決したい 消防士時代の経験からジムを設立

震災の経験と並んで、後藤さんの考えを大きく動かしたのが、消防士として見続けた地方医療の現実だった。

「地方の医療が崩壊してきているのを、救急の現場で目の当たりにしてきました。だったら社会を健康にした方がいい。消防士の手前の仕事を自分でやろうと思ったんです。『消防署を暇にします!』と退職の日に伝えたことを覚えています(笑)」

後藤さんの地元・宮城県栗原市には、当時フィットネスジムが1店舗もなかった。運動や栄養に関する知識や情報に触れる機会が少なく、「分からない」ことがそのまま健康を崩すことにつながっていたという。人口が減る一方で、救急件数は増えていく。消防士時代にその状況を数字として見てきたからこそ、病気やけがが起きた後ではなく、その前段階から地域に関わる必要性を感じた。

2020年3月に消防署を退職し、同年4月に会社を設立。3カ月後の7月には宮城県栗原市にフィットネスジム・UGOQ(ウゴク)栗原店をオープンした。ジム名には、日本語の「動く」に加え、QOLやQUALITYなど複数の意味を持たせた「Q」、さらにU・G・Oで“融合”の思いも込めたという。筋トレ愛好者だけでなく、高齢者、医療、地域全体へとフィットネスを広げていきたいという考えからだ。

FITNESS GYM「UGOQ」栗原店の外観

コロナ禍での船出だったが、地元の知り合いの後押しもあり、最初の2~3カ月で約300人が集まった。現在は中学生から高齢者まで幅広い年代層の会員が通い、中には80代以上の会員も複数いるという。

「最近は無人の安い24時間ジムが増えている中で、うちは逆に、質の高いフィットネスを提供していきたい。一店舗一店舗で、会員さんたちがやめないジムを作っていくことを重視しています」

現在は宮城県内で4店舗まで拡大している『UGOQ』。医療連携も強めており、UGOQ栗原店は厚生労働省から『健康増進施設(※)』として認定された。後藤さんの目指す、地域の健康寿命を延ばすという目標が徐々に形となってきているのだ。
(※)厚生労働大臣が認定した、健康増進のための運動や温泉利用を安全かつ適切に行うことのできる施設

突然の白血病宣告

それは2025年8月のことだった。異変は、普段の筋力トレーニング中の息切れから始まった。セット間のインターバルで呼吸が戻らない。「年かな」と思っていたが、やがて耳が聞こえにくくなり、頭痛も止まらなくなった。決定打になったのは、あまりに痛い痔だった。

「恥ずかしいなと思いながら肛門科に行ったら、『後藤さん、痔どころじゃないよ。すぐ輸血して入院しないとやばいよ!』と言われて。何がやばいんですかって聞いたら、『白血病だ』と」

突然の宣告だった。しかも、そのまま治療しなければ命に関わる状態だったという。

「急に、『あと3カ月ぐらいで亡くなる可能性がある』と言われても、最初は受け入れられませんでした。でも、どんどん血液の値が悪くなっていった。今思えば、あの激痛だった痔に助けられたというか、あれがなかったら放置していたと思います」

闘病中の後藤さん。SNSでは健康の大切さなどを動画で伝えている

もしそのまま気づかず、その約1カ月後に予定していた海外渡航へ出ていたら――。「ここにいなかったかもしれないですね」と後藤さんは振り返る。

現在は抗がん剤治療を続けている。幸いにも骨髄移植は必要なく、2026年3月時点で8カ月ほどの治療のうち6カ月半を過ぎ、最後のクールを残すところまで来ている。

闘病のありのままの様子をSNSで発信してきたのも、自分の経験を「社会資産」にしたいからだった。

「病院という制限された環境での発信は、世の中にあまり多くない。私の治療は、未来の誰かを助ける“動画という名の薬”になるかなと思って残してきました」

後藤さんのSNSには、多くの人たちからの励ましのコメントが届いている。また同じく病気と向き合う人たちからも「勇気づけられました」という声が多くあり、まさに“発信という名の薬”を届けている。

「空振りはOK、見逃しはNG」病気と災害の両方を知るからこその言葉

後藤さんが日々の発信の中で繰り返している言葉がある。

「空振りはOK、見逃しはNG」

災害への備えも、身体の異変への対応も同じだ。災害で言えば防災グッズを揃える、病気で言えば適度に運動をして健康を保つ。備えて何もなければ、それでいい。だが、見逃したときの代償は大きい。自らの病気もまた、その言葉の重みを裏づける経験になった。

震災直後の様子

「皆さん、普段健康だと気づかないんです。でも災害も病気も、最終的には身体が全てです。健康づくり、身体づくりは、生き抜く力を備えておくためにやることだと思うんですよ」

フィットネスを「自分には関係ない」と遠ざける人についても、後藤さんはこう語る。

「『私はいいの』という人は、例えば災害時で言えば『津波が来るよ、逃げなさい』と言われているのに、『私はいいの、逃げなくて』と言っている人と同じだと思うんです」

東日本大震災の現場で命の境目を見たこと。地方の健康課題を解決したいとジムを立ち上げたこと。そして今、自らが白血病と向き合っていること。後藤さんの言葉には、それぞれが切り離された経験ではなく、ひとつながりの実感として宿っている。

「『UGOQ』としては宮城県北の地域を健康にしていきたい。そしてSNS等での発信を通して、健康づくりに幸せをくっつけた“健幸”を、もっと多くの人に伝えたい」後藤さんはそう力強く語る。

身体づくりは、見た目のためだけではない。いざというとき、自分を支えるためのものでもある。震災と病気の両方を経験した後藤さんの言葉は、その事実を静かに、しかし強く伝えている。

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取材・文:FITNESSLOVE編集部 写真提供:後藤聡

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