どこのジムにもちょっとした名物となっている人物がいるものだ。そんな人物に焦点を当て、突撃取材を試みる『驚くべきトレーニー』シリーズ。今回ご紹介するのは、72歳にして驚異の筋トレパフォーマンスを繰り広げる牧野隆司(まきの・たかし)さんだ。
【写真】「ほんとに72歳!?」牧野隆司さんのトレーニング風景
牧野さんは、元キックボクシング世界チャンピオン・魔裟斗氏のYouTubeで「リアル亀仙人」として登場、立ちアブローラー50回と懸垂50回を披露し、39万回再生と話題を呼んだ。そんな牧野さんに筋トレ人生を語ってもらった。
幼少期は「歩けない子」だったのに…強い男に憧れて筋トレ開始
牧野さんの筋トレ人生は、逆転劇から始まった。生まれたときに医者から「この子は100日咳が原因で歩けないだろう」と言われるほど虚弱だったという。
「ただ、僕は当時放映されていた映画『ヘラクレス』や『ユリシーズ』で活躍する屈強な男たちに憧れて、どうしても強くなりたいと思いました。腕立て伏せや走り込みを始めると、みるみる身体が丈夫になり、いつの間にか周りに負けないどころか誰よりも元気になっていました」
トレーニング前、ピッタリと床に水平になる立ちアブローラーを100回(20回×5セット)をルーティンにし、「まだまだ増やせそう」と豪語する牧野さんらしい負けん気の強いエピソードだ。
17歳でジムデビュー 先輩に蹴られた衝撃の洗礼も
ジムに通い始めたのは17歳。剣道部を退部後、暇を持て余して『蒲田ボディビルセンター』に足を踏み入れた。そこは昔のジムの雰囲気を知っている人々にはわかるであろう、強面が集う“道場”さながらの空間だった。
「角刈りやらスキンヘッドやらの屈強な人達が汗を流していまして、学ラン姿の僕は完全に浮いていました。厳格にジム内に規律があって、たとえば3台あったベンチ台は30kg、60kg、100kgと使用重量が決まっていて、それが上がらない人は使えない暗黙のルールでした。そこで30kgすら挙げられない僕はひよっこ扱いです。礼儀にも厳しくて、ついバーベルを跨いだ瞬間に蹴られたこともあります」
笑いながら振り返る牧野さんだが、当時は相当恐ろしかったという。しかし、持ち前の根性でその洗礼を乗り越え、2年後には100kgをクリア。すると先輩の態度は一変。ご飯を奢ってもらうまでに可愛がられる存在になったそうだ。
「あの男として認められた瞬間は、今でも忘れられない思い出ですね」
挫折と長いブランクを越えての復活劇…「目指すは75歳での再出場」
実は牧野さんは、ボディビル大会で2度の大きな挫折を経験している。
「大学時代はボディビル同好会に入部して、当時は大会への出場権利も許可制でしたから、権利を得るためにほうぼうに駆けずり回ってやっと認可を得たんです。いざ大会に、という段階で内臓疾患を患ってしまいました。僕の青春は不完全燃焼で終わりました」
次なる挫折は40歳のとき。学生以来、運動をしなくなった牧野さんはすっかり太ってしまい、163cmで87Kgの肥満体型となっていた。次に駆け込んだのは『蒲田フィットワークスポーツセンター』。そこではまた違った辛酸を舐めることとなる。
「毎日通い詰めてあっという間に25kg減量したんですが、その身体を皆がすごいすごいと褒めるんです。大会出場者の先輩にも随分おだてられて、意気揚々と大会に参加したら予選で惨敗です。会場だった新小岩線駅から、どうやって帰ったか覚えてないほど悔しかったですね」
その後、子育てに専念するためにトレーニングから再び遠ざかる。58歳で子どもが成人したのを機に、再び挑戦を決意したという。
「僕は、ただ家にいるとダメ人間になっちゃう。身体を動かして、鍛え続けてないとダメなんだとわかりました。それに、これまで負け戦続きだったから、このままでは終わりたくないと思いました」
肉体造形のために猛勉強と鍛錬を重ね、東京大会マスターズに出場。しかし、「入賞はあれど表彰台はなし」という状態が5年続いた。牧野さんは諦めずにさらに鍛錬に明け暮れ、65歳で初のメダルを獲得。その後6年間の連続入賞を果たした。
「順風満帆じゃなかったからこそ、ここまで続けられたんだと思います。大好きなトレーニングをして念願の成果を出せて。こんなにうれしいことはないと毎日思っています」
頬を緩ませる牧野さんの次の目標は、「75歳での大会再出場」だ。身体は絶好調、「フィレステーキ550gをペロリと平らげても物足りない」と、胃袋も絶好調だ。
「僕の人生で得たものは全部、運動のおかげです。こんなジジイに、年齢に関わらずたくさんの人が話しかけてくれて仲間ができて、同年代の人がバスの乗り降りにも苦労するようになった年齢になっても大病知らず。こんなに良い人生はないです」
老いてなお未来に夢を見る姿は、筋トレ愛好家ならずとも人生の大先輩として心を打たれる。「フィットネスは人生の幸福につながる」を体現するその生き様に、脱帽するばかりだった。
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取材:にしかわ花 撮影:FITNESS LOVE編集部
『IRONMAN』『FITNESS LOVE』『月刊ボディビルディング』寄稿。広告・コピーライティング・SNS運用。ジュラシックアカデミーでボディメイクに奮闘している。