JBBF選手 コンテスト

「夫との死別」から筋トレへ トレ歴3年目の44歳・看護師が送る筋肉中心の第2の人生

「2022年の春、夫が亡くなったのを機に本格的に筋トレを始めました。突然の出来事に時が止まったような中、筋トレを真剣にやることで気が紛れたんです」

こう話すのは近藤裕美子(こんどう・ゆみこ/44)選手。現役で看護師をしながら、JBBF(日本ボディビル・フィットネス連盟)のビキニフィットネス競技者だ。35歳で結婚、41歳でご主人と死別。心身ともに疲れ果てていたとき、一人静かに集中できる筋トレは、近藤選手の心を和らげてくれた。

【写真】近藤裕美子選手の引き締まった脚

看護師をしながら筋トレの日々

休職中に筋トレを始めて、どんどんハマっていった近藤選手。自分の世界に没頭できるため、人付き合いに悩まずのめり込んでいった。

若いころからの趣味だったスノーボードやボディボードによって培われた土台の筋肉もあって、脚や背中の筋トレは楽しかったそうだ。筋トレを始めて半年ほどで、レッグプレスは160kgを扱っていたという。復職後も夜勤前に1時間だけ肩トレしたり、肩とお尻&脚のダブルスプリットをしたりと筋トレ漬けの日々を送っていた。

「競技1年目のときトレーニングは基本的に独学。ポージングだけは講習会で一目惚れした吉嗣奈津希先生にお願いしました。2023年、目標としていたJBBFの大会に出場しましたが、思っていた身体にはならなかったんですよね」

過去の自分の身体を越えるため、週に1回のパーソナルトレーニングとピラティスを開始。人を頼ることで、これまで曖昧だった身体の動かし方や、呼吸によるコントロールが少しずつ分かるようになった。

筋トレを本格的に始めて3年目の2024年。岡山県で開催された『JBBFオールジャパン マスターズフィットネス チャンピオンシップス』に出場し、近藤選手は年齢別でトップ6に輝く成績を収めている。

頑張ろうと思った矢先の病気発覚

40歳を超えてからのボディメイクは若いときに始めるのとは違って、短期間での著しい成長は難しい。トレーニング継続のモチベーションを伺ってみると「他人と比べないこと」だと言う。

「2023年も2024年もそれぞれ3大会ずつ出たんですが、常に自分を超えることを意識していました。これはトレーニングでも同じで、前回よりもこれができたとか小さな成長を見つけるようにしています」

「まだ理想とは程遠いんですが」と言いながらも、好きな身体に少しずつ近づいていると喜びの声を漏らす。

2025年に向け、どのような身体づくりをしているか伺うと「オールジャパン後にリウマチ性多発筋痛症という病気が見つかって」と近藤選手。首や背中、太ももなどに筋肉痛のような痛みが出るほか、微熱や倦怠感を呈する病気だ。

「オールジャパンでトップ選手と並び、自分の課題が明確になって頑張ろうと思った矢先の出来事でした。闘病しながらでも出るか、諦めるか……。本当に葛藤しましたが、今年は治療に専念しようと決断しました。過去の自分を超えて、完治したらステージに立ちたいです。今も体重が増え過ぎないように、毎日お弁当、中身は減量メニューの鶏ハム生活は続けています」

近藤選手の生活を支えてくれているのは、ご主人が亡くなって1年経ったときに出会った大切なパートナー。一人ではないことが今の近藤選手にとって、何より心強いはずだ。二人三脚で歩み、復帰戦がくる日を心から楽しみにしている。

近藤裕美子選手

【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピング講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。

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取材・文:小笠拡子 撮影:中島康介

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