
撮影:2024年
驚異的なバルクで“怪物”とも称される、2025年ミスター日本の扇谷開登選手。その扇谷選手のストロングポイントのひとつが背中だ。ひと目でそれと分かるほど分厚く、広く、起伏があり、ポーズを取ったときには背面全体が幾重にも折り重なるような立体感を見せる。その完成度に対して、本人の考え方は驚くほどシンプルで凝縮されている。今回は、そんな扇谷選手の背中トレの考え方と、主軸となるデッドリフトとチンニングの考え方について伺った。
取材・文:柳瀬康宏 大会写真:中原義史 トレーニング写真:舟橋賢 Web構成:中村聡美
初めてのデッドリフトは200㎏
今は精度を磨く段階へ
━━扇谷選手といえば「初めてのデッドリフトで200㎏を引いた」という話がありますね。
扇谷 そうですね。大学在学中にスポーツクラブでアルバイトをしていて、本格的にトレーニングも開始したんです。そのときに初めてデッドリフトをやったときは、200㎏を引くことができました。
━━規格外ですね。
扇谷 当時は、重いものが持てるのが単純に面白かったです。先週200㎏をやったから次は210㎏、その次は220㎏、みたいな感じで、とにかく重量を追いかけていました。
━━当時と今とで、デッドリフトの重量に対する考え方は変わりましたか?
扇谷 変わりましたね。昔は「重さを伸ばすこと」自体が中心でした。でも今は違います。今も重量を増やそうと思えばもっと増やせる感覚はあるんですけど、そこは止めています。きれいなフォームで、丁寧に、しっかりと負荷を乗せながら引く。その精度を高めることを優先しています。
━━去年と比べても、精度は上がっていますか?
扇谷 上がっています。去年は260㎏で10回5セットをやり切れないときもありました。4セットしかできない日もあれば、3セットで止まることもあったんです。そうなると、自分の中では10発×5セットで合計50回引くつもりでジムに入っているので、残りを240㎏、220㎏、200㎏、170㎏と落として刻んでこなしていく感じでした。でも今は、普通にやれば260㎏で10回5セットがだいぶ安定してきています。だから、もう少し余裕が出てきたら270㎏のフェーズに入ってもいいのかなとは思っています。
求めるものは「厚み」と「広がり」
必要な〝たった2種目〞
━━背中のトレーニングで意識していることはありますか?
扇谷 「厚み」と「広がり」、この2つだけです。細かく部位を分けて考えるというより、その2つをどうつくるか、という感じです。

フロントラットスプレッド(2025年ジュラシックカップ)正面から見ても、広がりが凄い
━━その2つをつくるための背中トレメニューを教えてほしいです。
扇谷 デッドリフトとチンニングですね。
━━え?その2種目だけ?
扇谷 はい。そうです。プーリーロウも入れることもありますが、基本的に2種目だけです。デッドリフトが「厚み」、チンニングが「広がり」ですね。
━━メンズフィジーク選手だった頃から、背中のメニューや意識は変わっていなのでしょうか。
扇谷 メイン種目はあまり変わってないです。ただ意識は変わりましたね。昔は、とにかく引く、とにかく回数をやる、という感じでした。今は、その中でどれだけ筋肉に乗せられるかを考えるようになりました。
━━扇谷選手の背中は、日本人選手の中でもかなり凹凸が強い印象があります。それはデッドリフトとチンニングで作ってきたということですね。扇谷 谷そうだと思います。この2種目をやるようになって、あるときふとジムで見たら、思った以上に背中が盛り上がっていたんです。そのときに「これはデッドとチンニングの恩恵だな」と思いました。
━━それはトレーニングを始めてから、かなり早い時期ですか。
扇谷 早かったです。本当に一年も経っていないくらいだったと思います。だから、もともと背中が反応しやすい体質だったのはあるかもしれないですね。

2025年日本男子ボディビル選手権のセカンドコールでのバックダブルバイ比較(右端)。刈川啓志郎選手も「背中で差がついた」と分析するほど、扇谷選手の広く厚い背中は際立っていた
「きついからこそ、やる意味がある」
━━なぜそこまでデッドリフトを軸に置き続けるのでしょう。
扇谷 やっぱり、きついからです。デッドリフトって、みんな逃げたくなる種目だと思うんですよ。ハーフでやる人もいるし、トップサイドにする人もいるし、それも全然良いと思うんですけど、自分は床から引くことに意味があると思っています。男らしいというか、かっこいいなって。それでなおかつ背中が分厚くなるなら、やる意味はすごく大きいです。背中を鍛えるだけじゃなくて、心を鍛えるような感覚もあります。雑にやるとすぐ崩れるし、集中が切れると危ない。だから毎回、自分の状態が出ます。今日はちゃんと集中できているか、焦っていないか、圧が抜けていないか。そういうものが全部出るので、重いものを持つだけの種目ではないと思っています。
━━フォーム面で、特に大事にしていることは何でしょうか?
扇谷 細かく言えばいろいろあるんですけど、まずは両足にしっかり同じように体重が乗っていることです。当たり前のことなんですけど、そこがズレると全体が狂ってきます。スタンスは狭めですね。グリップは、握り込むというより、パワーグリップでバーを押さえ込む感じです。右手から巻いて、左手を巻いて、もう一回右手を巻き直す。これはルーティンみたいなものです。親指もそこまで使っていません。親指を巻き込むと膝と擦れて皮膚が剥けるというのもありますけど、自分の感覚としては「握る」より「密着させて押さえる」ほうがしっくりきます。
━━腹圧の意識もしていますか?
扇谷 そうですね。ちょうど大晦日に、デッドリフトで脇腹を痛めたことがあって。そのときは、ボトムで一瞬、集中と呼吸が抜けたんですよね。でもそのまま引き上げてしまって、ブチッとなったんです。今は治っていますけど、改めて思ったのは、腹圧の入れ方がどうこう以前に、レップ中に集中を切らさないことが本当に大事だということです。自分の中では、腹圧で内側から幹をつくって、それがベルトと合わさって体幹が固まるようなイメージなんですけど、それが途中で抜けないことが大事です。
━━ベルトはきつく締めるタイプですか?
扇谷 いや、ギチギチではないです。締め過ぎると、自分で圧をかけにいきにくいんですよ。少し余裕を持たせておいて、腹圧をかけて膨らんだ腹筋が当たって初めてしっかり支えになるくらいの方が、最近はやりやすいです。穴一個分くらい余裕があるイメージですね。
━━デッドリフトで一番気をつけていることを一つ挙げるならなんでしょう?
扇谷 繰り返しになりますが、焦らないことです。自分は1セットで10回をやりたいので、どうしても早く終わらせたい気持ちが出るんですけど、そこを急ぐと腰にもくるし、筋肉にも効きにくいんです。早く終わらせたいけど焦らない。重さをしっかりとコントロールするのが大事だと思っています。
チンニングでワイドとナローを使い分ける理由
━━もう1種目のチンニングについても詳しく聞かせてください。
扇谷 基本はワイドとナローの両方をやっています。
━━目的や意図も違うのですか?
扇谷 違います。ワイドは広がり。脇の下あたりが外に広がっていく感じですね。ナローはそこより内側に入って、厚みとかボコボコ感をつくるイメージです。同じチンニングでも、引く軌道が少し変わるので、感覚も違います。

基本的にチンニング(ワイド&ナロー)とデッドリフトのみで背中を作り上げてきた。特にデッドリフトは「きついからこそやる」と、身体だけでなく心も鍛えられる感覚があると言う(撮影:2024年)
━━どちらからやるのですか?
扇谷 先にワイドでやってます。だいたい5セットぐらいで組んでいるんですけど、徐々に広背筋への効きが鈍くなってくるんですよ。そうなってきてからナローに切り替えると、また背中に効いてる感覚になるので2種類やってます。
━━フォーム面で意識していることは何ですか?
扇谷 肩甲骨の力を抜かないことですね。下でダランと抜いてしまうんじゃなくて、肩は下げたままで筋肉だけを伸ばす感じです。常にテンションがかかっている状態ですね。上では、自分の中で一番縮みきるところまで持っていく。どこまで上げるかを言葉で説明するのは難しいですけど、自分の中で「ここが一番止められる」という位置まで上げています。
━━脚は組んでいますか?
扇谷 お尻を締めるとか、脚をこうするとか、そういうのはあまり考えていません。もう背中だけ考えています。下半身は、ついている重りくらいの感覚です。
自分の背中はまだ50点
━━自分の背中に点数をつけるなら何点でしょうか?

扇谷 そうですね。50点ぐらいじゃないですかね。
━━……かなり低いです。
扇谷 まだまだです。厚みも広がりも、もっと欲しいです。すごい人はたくさんいますし、海外の選手を見ても、IFBBプロのサムソン・ダウダ選手とかアンドリュー・ジャックド選手とか、ああいうモリモリした背中はやっぱり良いなと思います。もちろん、ナチュラルでどこまで近づけるかは分からないです。でも、自分は使ってまでそうなろうとは思わないし、その上で近づきたいし、超えたいという気持ちでやっています。
狙うは連覇、世界も視野
━━最後に、今年の目標を聞かせてください。
扇谷 まずは日本選手権連覇ですね。連覇して、ジュラシックカップも優勝したいです。
━━世界選手権の可能性は?
扇谷 出られるなら出てみたい気持ちはあります。でも、世界そのものに強い憧れがあるというよりは、世界大会、日本選手権、ジュラシックカップと続くタイトなスケジュールに興味があるんです。たぶん、そこまでやる人はあまりいないと思うので。みんなが日本選手権に照準を合わせる中で、そこに世界も入れて挑戦する。その感じが面白そうだなと思っています。全部勝てたら一番良いですし、そういう可能性がある中でやる三連戦は面白いと思っています。

扇谷開登の現在の背中トレメニュー
デッドリフト260㎏×10回×5セット
チンニング(ワイド)自重×10回×5セット
チンニング(ナロー)自重×10回×5セット
プーリーロウ
※たまに行う程度
130㎏~140㎏→100㎏×10回×4~5セット
おおぎたに・かいと
1997年7月28日/28歳/石川県出身/身長175cm/体重90kg(オン)、105㎏(オフ )/消防士主な戦績2019年神奈川県メンズフィジーク選手権オーバーオール優勝2022年オールジャパン選手権マスキュラーフィジーク2位2023年日本クラシックフィジーク選手権175㎝超級優勝2024年日本男子ボディビル選手権4位2025年日本男子ボディビル選手権優勝











