コンテスト

元楽天イーグルス・岡島豪郎が壮絶減量でボディコンテストに挑戦 5カ月半で20kg減、そして大会後、3日で12kg増!

「ポン・デ・リングが、信じられないぐらいおいしかったです」

2026年『JBBF第5回 宮城県ビギナーズ メンズフィジーク オープン大会』で初めてメンズフィジークのステージに立った、元東北楽天ゴールデンイーグルスの岡島豪郎(おかじま・たけろう/36)さん。

惜しくも決勝進出は逃したが、大会直後に見せた満足そうな表情は、順位とは別の意味を持っていた。それは減量苦からの解放──。

なにしろ、その一口は約5カ月半に及ぶ減量を終えて、久しぶりに味わう脂質と糖質の組み合わせだった。

その後、ケーキ、差し入れ、ハンバーガー、焼肉と食べ進め、一日の摂取カロリーは9624kcal。さらに体重は1日で6.5kg、3日間で12kg増えたという。

岡島さん本人が「次は絶対に同じやり方をしない」と振り返る、壮絶な初減量の舞台裏を聞いた。

【写真】岡島豪郎さんの自慢の背中

岡島豪郎選手

体重を20kg落とし、初めてのフィジーク大会に出場した

プロ野球時代には経験しなかった『減量』

岡島さんは、関東学園大学附属高校、白鷗大学を経て、2011年のドラフト4位で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。捕手、外野手として楽天一筋で14年間プレーし、2013年の日本一にも貢献した。2025年シーズン限りで現役を引退し、2026年から「だらしない身体になりたくない」という理由から新たにボディメイクへ挑戦している。

現役時代も身体づくりは欠かさなかったが、コンテストに向けた減量とはまるで違った。

「野球をしていたときは運動量がものすごく多かったので、あまり気をつけなくても体重をコントロールできたんです。1~2日、食べるものを考えればすぐに戻せました」

試合、練習、移動を繰り返すプロ野球生活では、消費カロリーが多い。多少食事量が増えても、日々の活動によって調整できていた。

ところが引退後は、同じ感覚では身体が変わらない。岡島さんは2026年2月1日から減量を開始。大会までの約5カ月半で、体重を93kgから73kgまで落とした。

減量幅は、実に20kgだった。

「今だったら、絶対にその選択はしないです。もっと賢くやりますね」

1日3回の有酸素運動、階段では脚が上がらない

序盤こそ体重は落ちたものの、大会が近づくにつれて焦りが強くなった。

「後半は『やばい、間に合わない』となって、1日に有酸素運動を3回やったりしていました。今振り返ると、わけの分からないことをしていましたね(笑)」

筋力トレーニングを行いながら、1日3回の有酸素運動。摂取カロリーも絞り、身体を動かすためのエネルギーは日に日に少なくなっていった。

「頭が回らなくなりました。階段を上るときも、自分の手で脚を持ち上げないと上がれないような状態でした」

体脂肪だけでなく、筋肉も削られていった。炭水化物を摂っても、筋肉に張りが戻らない。身体は仕上がりに近づくどころか、萎んでいったという。

ベンチプレスの使用重量にも、その影響ははっきり表れた。

減量前は100kgを6~8回行っていたが、減量末期には100kgがわずか2回。それも殿部がベンチから浮くほど必死に押し上げた2回だった。

岡島豪郎選手

筋肉を残して減量するために、必死で重量を持つ岡島さん

「100kgは最後まで持てましたけど、ちゃんとできてはいなかったです。お尻も浮いてましたしね。筋肉もだいぶ減った感覚がありました」

93kgから73kgまで落とした20kg減量。その数字だけを見れば驚異的だが、コンテストでは体重を落とせばよいわけではない。

メンズフィジーク競技では、筋肉をできるだけ残しながら脂肪を落とし、ステージ上で身体を大きく見せる必要がある。岡島さんは初めての挑戦を通して、その難しさを身をもって知った。

最後の1カ月は、ほぼ味付けなし

減量末期の食事内容はシンプルだった。

朝は鮭、白米200g、ブロッコリーやアスパラガス。昼は鮭を鶏胸肉に変更し、白米と野菜を食べる。夜は白米を抜き、鶏胸肉とブロッコリー、アスパラガスを取った。

調理は基本的に茹でるだけ。大会まで残り約1カ月になると、塩さえ使わなくなった。

「最後のほうは、味付けもしませんでした。1カ月ぐらい続けていたかもしれないです」

ただし、減量期間中ずっと食事量を削り続けていたわけではない。

体重が停滞した際には、あえて白米を約1.5kg食べる日を設けた。直後は水分を含んで体重が約3kg増えるものの、トレーニング重量と回復力が戻り、1週間後には減量が再び進んだという。

「少しむくみましたけど、重量を扱えるようになりましたし、何より回復が早くなりました。疲労が残りにくかったです」

しかし、最後の2週間は大会に間に合わせるためにそうした高炭水化物の日も設けず、一気に走り切った。

「いやぁ、本当にきつかったですね……(笑)」

5カ月半ぶりの甘いもの

岡島豪郎選手

大会当日、強みである背中を見せる

そして迎えた大会当日。初めてのステージを終えた岡島さんが口したのは、ドーナッツの『ポン・デ・リング』だった。

「マジでやばかったです!信じられないぐらいおいしかった!だって5カ月半我慢しましたから」

減量中も和菓子を口にする時期はあったが、最後の1カ月は甘いものをほとんど食べていなかった。長期間制限してきた身体へ、一気に糖質と脂質が入っていく。そこから食欲のスイッチは完全に切り替わった。

ポン・デ・リングに続き、ケーキや差し入れでもらった食べ物を平らげ、昼にはハンバーガー、夜には焼肉を食べた。

記録された総摂取カロリーは、9624kcal。1万kcalを目指したものの、あと376kcal届かなかった。

「これだけ食べても、1万kcalにいかないんだと思いました」

ただし、長い減量を終えた胃腸にとって、突然の大量摂取は嬉しいだけではなかった。

「トイレとお友達になりましたよ。夜も何回も起きて、『もう絶対にこんなことはしない』と誓いました。胃袋もびっくりしたんでしょうね(笑)」

一日で6.5kg、3日で12kg増加

9624kcalを摂った翌日、岡島の体重は一日で6.5kg増えた。さらに食事量の多い状態が続き、3日間では大会当日から12kg増加。73kgだった体重は、わずか数日で85kg前後まで戻った。

もちろん、そのすべてが脂肪になったわけではない。

長期間の減量によって減少していた体内の水分やグリコーゲンが、炭水化物や塩分の摂取によって急速に回復した影響も大きい。それでも、本人にとっては驚くべき変化だった。

「3日で12kg増えて、そのまま2週間ぐらいキープしていました。『これ以上太ったら、またあのつらい減量をしないといけない』と思って、やっと自制心が勝つようになりました」

大会後は5日ほどトレーニングを休み、その後はすぐに再開。現在も最低週5回、多い週には7回ジムへ通っている。

プロ野球選手を引退しても、トレーニングが日常の一部であることは変わらない。

むしろ今は、試合への疲労を考えず、限界まで追い込める今のトレーニングを現役時代以上に楽しんでいる。

「次の日のプレーを考えなくていいので、自分が『もう無理だ』と思うところまでできます。ボディメイクを始めて、トレーニングがもっと好きになりました」

次は2700kcalを取りながら落とせる身体へ

初めての減量では、最終的な摂取カロリーを2100kcal前後まで下げた。岡島さんは次回、同じ失敗を繰り返さないため、減量開始を早める予定だ。

「次は2700kcalぐらいを頑張って取っても落ちるような幅をつくりたいです。大会の半年前である10月に入ったぐらいから軽くスタートして、緩やかに落としていきたいですね」

大会直前に大きく食事量や水分量を変える特別な調整も、なるべく行わない方針だ。

「普段と変わらない調整で、そのままステージに入れるようにしたいです。なるべく変わったことをせず、いつもと同じ状態で臨みたいですね」

筋肉を残しながら余裕を持って脂肪を落とす。そのためには、短期間で体重を削るのではなく、長い時間をかけて身体をつくる必要がある。

これは岡島さんがプロ野球生活から学んだ考え方とも一致する。

「野球もトレーニングも、すぐには結果が出ません。1~2カ月ではなく、年単位で考えないといけない。入団したときから、それをもっと理解していれば、さらにできたことがあったと思います」

地元・群馬のステージにも立ちたい

今後は仙台で開催される大会への再挑戦を考えているほか、故郷・群馬県の大会に出場することも視野に入れている。

岡島豪郎選手

「37歳からでも、ここまで変われるんだという姿を見せたいんです」

「仙台までなかなか来られない地元の方もいます。地元を盛り上げたいという思いもありますけど、引退したあとも挑戦している姿を、地元の人たちに見てもらえたらと思います」

目標は、決勝のステージで行われるIウォーク(※)へ進むこと。

※舞台袖から中央まで歩き、決められた場所でフロントポーズとバックポーズをとった後、舞台後方に移動して整列する。決勝進出者にのみ行われる審査

「Iウォークしたいですね。まだ2年ぐらいは厳しいかもしれませんが、ステージ経験を積みながら地道にやっていきたいです」

初挑戦では体重20kgを落とし、筋肉まで削ってしまった。大会後には9624kcalを食べ、体重が3日で12kg戻った。

数字だけを並べれば、振れ幅の大きすぎる挑戦だったかもしれない。

しかし、やってみたからこそ、自分の身体に何が必要で、何を変えるべきかが分かった。

「37歳からでも、ここまで変われるんだという姿を見せたいんです」

プロ野球選手としての現役生活は終わった。だが、岡島さんが自分の可能性を試す挑戦はまだまだ続いていく。

【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。

取材・文:柳瀬康宏 写真提供:楽天野球団

執筆者:柳瀬康宏
『月刊ボディビルディング』『IRONMAN』FITNESS LOVE』などを中心に取材・執筆。保有資格は、NSCA-CPT,NSCA-CSCS,NASM-CES,BESJピラティスマット、リフォーマー。メディカルフィットネスジムでトレーナーとして活動もしており、2019年よりJBBF、マッスルゲート、サマースタイルアワードなどのボディコンテストに毎年挑戦している。

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