「俺、もっと強くなりたい」
息子が涙を流しながら口にした言葉が、20年以上止まっていた母親の人生を動かした。
44歳の神田怜子(じんだ・りょうこ)さんは、『マッスルゲート広島大会』のビキニフィットネスで2位に入賞した。現在は週6日、1回約3時間のトレーニングに励んでいる。
ビキニフィットネスは、単純な筋肉の大きさを競うカテゴリーではない。適度に発達した筋肉、引き締まった身体、全身のバランスなどに加え、ポージングを含めたステージ上での表現も重要になる。
【写真】神田怜子さんのバキバキの背中と丸みのあるヒップで魅せるバックポーズ

華やかなステージに立つ現在の神田さんだが、筋トレを始めたのは41歳。それまでの約20年間は、人とのつながりが極端に少ない生活を送っていたという。
19歳から41歳まで「人とのつながりがほとんどなかった」
神田さんは19歳のころに心の調子を崩し、入院生活も経験した。
体重も大きく変動した。拒食状態だったころには35kgまで落ち、薬の副作用によって70kgまで増えた時期もあった。
痩せれば「痩せ過ぎ」、太れば「太り過ぎ」と言われる。
そして41歳になるまで、人とのつながりはかなり少なく、「引きこもりのような生活だった」と振り返る。
そんな日常を変えたのは、自分自身に起きた出来事ではなかった。
きっかけは、空手に打ち込む息子だった。
ある日、空手をしていた息子がレバーへの攻撃を受けた。
息もできないほどの痛みに耐えながら、涙を流していた。
それでも息子は言った。
「俺、もっと強くなりたい」
その姿を見た瞬間、神田さんの中に強烈な感情が湧き上がった。
「カミナリに打たれたような心境になりました。一生懸命何かに打ち込む姿は尊いんだ、と」
そして、自分自身の人生について考えた。
「私はこのまま年を取って、引きこもったまま命を終えるのはやめよう」
息子が「強くなりたい」と願ったことが、母親にも一歩を踏み出す勇気を与えた。
神田さんが選んだ挑戦が、ボディメイクだった。
週6日通うジムが「第二の家」になった
筋トレを始めてから、神田さんは週6日ジムへ通うようになった。
1回のトレーニング時間は約3時間。
これだけ頻繁に通っていると、ジムは単に身体を鍛える場所ではなくなっていったという。
「ジムが第二の家のようになって、他のメンバーも家族のような感覚になりました」
一緒にトレーニングする人たちのうれしい出来事を自分のことのように喜び、つらいことがあれば悲しみを共有する。
かつて人とのつながりがほとんどなかった神田さんに、新しい居場所が生まれた。
「人とのつながりを大切にできるようになったことが、一番大きな変化です」
筋肉がついたこと以上に、それがボディメイクによって得られた大きなものだった。
44歳でビキニフィットネス2位
そして、神田さんの挑戦は「身体を鍛える」だけでは終わらなかった。
マッスルゲート広島大会のビキニフィットネスに出場し、2位。
しかし、本人の言葉からは「2位になれた」という満足感以上に、さらに上を目指そうとする姿勢が伝わってくる。
「優勝された方の絞り具合がすごかったので、勉強させていただいたなあ、楽しかったなあ、という気持ちです」
勝てなかったことを悲観するのではなく、自分に足りないものを知る機会として捉えた。
現在、神田さんが目指しているのは「大会で勝てる身体」だ。
そこには、順位以上の目的がある。
「自分と同じように苦しんでいる人に伝えたい」
「自分のように傷ついて苦しんでいる人がボディメイクと出合って、思考や生活の風向きを変えられるようになるきっかけを、何かの形で伝えたいです」
そのためには、まず自分自身が結果を残したいと考えている。
「実績がないと伝えられることではないと思っているので、とにかく今は大会で勝てる身体を目指しています」
身体づくりでは、自分のできる範囲で工夫を重ねる。
神田さんは肩を褒められることが多いという。一方で、身体の事情から高重量を扱うことが難しいため、重量を追い求めるのではなく、「軽い重量でも、いかに狙った筋肉に効かせられるか」を意識している。
現在はパーソナルトレーニングで人に教える機会もあり、狙った部位へのアプローチをどのように言葉で伝えるかという難しさとも向き合っている。
支えてくれる家族への感謝を忘れない
週6日、1回約3時間。大会で勝つために身体をつくり込んでいる。
それでも神田さんは、ボディメイクを「あくまで趣味」と捉えている。
だからこそ、忘れないようにしていることがある。
「ボディメイクをするにあたって、支えてくれる息子たち、両親にいつも感謝することです」
始まりは、息子が涙を流しながら口にした「もっと強くなりたい」という言葉だった。
41歳でジムに通い始め、そこで新しい人たちと出会った。そして44歳になった現在は、ビキニフィットネスのステージに立ち、優勝を目指している。
次に神田さんが目指しているのは、自分が変わることだけではない。
かつての自分と同じように立ち止まっている誰かに、自身の経験を届けることだと話してくれた。
息子の挑戦する姿が神田さんの人生を動かしたように、今度は自分の挑戦する姿が、誰かが動き出すきっかけになることを目指している。
【マッスルゲートアンチドーピング活動】
マッスルゲートはJBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)とアンチドーピング活動について連携を図って協力団体となり、独自にドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト大会である。
次ページ:神田怜子さんのバキバキの背中と丸みのあるヒップで魅せるバックポーズ
取材・文:FITNESS LOVE編集部 撮影:西山稔夏










