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「これが61歳の肉体か!」甲子園で“KKコンビ”と対戦経験のある男が40歳以上のボディビル日本一に輝く「日々のストレス解消のために続けてきました」

「え?本当に60歳以上なの?」
思わずそんな言葉が出てくるほどの驚異的な肉体を持つ男が広島の地に降り立った。

8月30日(日)、広島県で開催された『第38回日本マスターズ選手権大会』。年齢を重ねても鍛錬を続けるボディビルダーたちが日本一を争う舞台で、紙田由起夫(かみた・ゆきお/61)選手が男子ボディビルのオーバーオール優勝を果たした。

【写真】「本当に61歳!?」と疑いたくなる紙田由起夫選手の全身鍛え上げられたマッスルボディ

PL学園の“KKコンビ”とも対戦経験のある元高校球児ボディビルダー

紙田選手は、実は異色の経歴を持つ。高校時代は埼玉県の名門・所沢商業高校の野球部でレギュラーを務め、甲子園にも出場。当時、PL学園の中心選手だった桑田真澄、清原和博らとも対戦した元高校球児だ。

それから約40年。かつて白球を追って全国の舞台に立った男が、今度は鍛え上げた肉体を武器に、61歳で日本の頂点に立った。

日本マスターズ選手権は、40歳以上の選手を対象に行われるJBBF(公益財団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)主催の日本大会だ。男子ボディビルでは40歳以上、50歳以上、60歳以上と年代ごとにカテゴリーが設けられ、それぞれ鍛え上げた筋肉の大きさやバランス、絞りなどを競う。

昨年、30年ぶりのボディビルへのカムバックを果たし、いきなり日本一に輝いた紙田選手。今年も勢いは留まるどころか、さらに加速した。

60歳以上級を制すると、60歳以上から85歳以上までの各年代の優勝者が並ぶオーバーオール戦でも優勝。そして最後は40代や50代を交えたオーバーオール戦までも勝ち抜き、60代で日本マスターズの頂点に立った。

大会直後に話を伺うと、意外な言葉が返ってきた。

「いや、本当に正直驚いています。全然自信がなくて」

勝つことだけを目標に身体を作ってきたわけではないという。

「僕はあまり勝敗にはこだわっていないんですよ。『昨年の自分より成長できればいい』というところを一つの目標にしてやっていました」

むしろ今回、自分が思い描いていた仕上がりには届かなかったという。

昨年は約1年6カ月という長い期間をかけて身体を絞った。一方、今回は減量期間が約7カ月。その違いから、脚の細かな筋肉の溝や身体の仕上がりについて「昨年より弱い」と自身では感じていたという。

「今回は期間が短かったので、なかなか脚の(皮膚の)たるみが取れなくて。ストリエーション(筋肉に現れる細かな筋状の模様)も去年より弱いかなと感じていました。だから評価していただけたのは正直驚きました」

一方で、昨年より改善できた部分もある。それが筋肉量だ。

昨年は長期間にわたって減量を続けたことで、終盤には筋肉まで落ち、「薄っぺらくなってしまった」という反省があった。そのため今年は、できるだけ筋肉を残しながら身体を絞ることを意識した。

特に力を入れたのが背中だった。

昨年の大会で日本トップクラスの背中を持つ須江(正尋)選手を目の当たりにし、「あの背中を目指そう」とトレーニング。その一つとしてラットプルダウンにも継続して取り組んできた。

「若干ですけど、見た目は少し変わったかなというのはあります。これからも続けていこうと思っています」

「重量は落ちた」それでも筋肉は維持

60歳を超えてなお、大きく丸みを帯びた肩や脚、背中を保つ紙田選手。

年齢を重ねれば、「筋肉が落ちる」「若いころと同じようには動けない」と不安を感じる人も少なくない。

紙田選手自身も、加齢による変化を感じていないわけではないという。

「重量は落ちました。かなり落ちました」

それでも、その身体を見る限り、筋肉そのものが大きく失われたようには見えない。

若いころとの違いは、トレーニングで追い求めるものを「重さ」から変えたことにある。

「若いころは重さにこだわってトレーニングしていました。でも、『重さをコントロールできないとダメだ』ということを小沼敏雄さん(ボディビル日本選手権14度優勝のレジェンド)に教えてもらって。今は多少軽くても、自分でしっかりコントロールできる重量でトレーニングするようになりました」

無理に重量を追うのではなく、自分が扱える範囲の重さを丁寧に動かし、狙った筋肉を使う。年齢とともに身体が変われば、トレーニングの方法も変えていけばいいということだ。

そして、紙田選手が筋肉を維持するうえで何より大切だと話すのが、もっとシンプルなことだった。

「やはり継続じゃないですか。続けることです」

紙田選手の人生を振り返れば、この『継続』という言葉には重みがある。

高校時代に甲子園へ出場し、卒業後も社会人野球を続けながらボディビル競技に挑戦。1993年にはトレーニング開始からわずか7カ月で東京オープン(現・東京ノービス)を制し、翌年には東京クラス別優勝、東京選手権2位、ジャパンオープン3位まで駆け上がった。

しかし、その後は所属する職場の野球部を存続させるためにボディビル競技から離れることになる。

大会には出なくなっても、トレーニングそのものをやめたわけではなかった。社会人野球に励み、少年野球やリトルシニアで指導を続けながら、ジムにも通い続けた。

そして約30年後、再びボディビルのステージへ戻ってきた。

そもそも紙田選手にとって、トレーニングはボディビル大会に出場するためだけのものではない。

「もともと大会を目的にトレーニングしていたわけではなくて、日々のストレス解消のために続けていたところがあります。それが結果的に、筋肉を維持したり、また成長させたりしてくれたのかなと思います」

61歳でマスターズボディビルの頂点に立った身体も、その積み重ねの延長線上にある。

来年の日本マスターズについては、「まだ考えていない」と紙田選手。開催地が北海道になることもあり、家族と相談して決めるという。

甲子園に出場した10代から、ボディビル日本一になった60代まで。競技も目標も変わったが、紙田選手は身体を動かすことをやめなかった。

年齢とともに扱える重量が落ちたとしても、そこでトレーニングをやめる必要はない。身体の変化に合わせて方法を変え、それでも淡々と続ける。

「昨年の自分より成長できればいい」

61歳のボディビルダーが見せた姿は、年齢を重ねても身体は変えられること、そして何より「続けること」の強さを教えてくれる。

【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。

執筆者:柳瀬康宏
『月刊ボディビルディング』『IRONMAN』FITNESS LOVE』などを中心に取材・執筆。保有資格は、NSCA-CPT,NSCA-CSCS,NASM-CES,BESJピラティスマット、リフォーマー。メディカルフィットネスジムでトレーナーとして活動もしており、2019年よりJBBF、マッスルゲート、サマースタイルアワードなどのボディコンテストに毎年挑戦している。

取材・文:柳瀬康宏 撮影:中原義史

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