コンテスト

筋肉のバージンロード――無名のミックスドペアを結んだ、いくつもの偶然[ヒューマンストーリー]

9月23日、名古屋で全国規模のボディビル大会、ジャパンオープン選手権大会が開催された。男女がペアを組み、息を合わせたポーズを披露する「ミックスドペア」。この部門で3位になったのが、徳永澪子(とくなが・みおこ/34)と笠原偉児(かさはら・たける/31)だった。ふたりは全国の舞台で名を知られた選手ではないし、この大会でも注目を集めていたわけでもない。だが、この無名のペアには、競技成績だけでは測れないドラマがあった。

【写真】徳永澪子選手・笠原偉児選手ペアが見せた表現豊かなフリーポーズ

徳永澪子選手(左)と笠原偉児選手

坂道を上れなかった日から、ステージへ

4年前の2022年、29歳だった澪子は子宮筋腫の手術を受けた。

診断されたのは、さらに2年前の2020年。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で医療機関の受け入れが制限されるなか、手術を受けられない時間が続いていた。その間も出血は続き、澪子の身体はしだいに消耗していった。

術後、澪子には日常生活を送るための体力は底をつきかけていた。坂道を上ることも、洗濯物を干すこともできない。失ったものを取り戻そうと、通い始めたのが自宅から近い24時間営業のジムだった。

すると、それまではトレーニングというものとは縁のない日常に身を置いていたものの、ちゃんとジム通いを続けているうちに筋肉がついて、腹筋も割れてきた。そして、何より元気になった。

指導してくれていたトレーナーが優勝経験のあるボディビルダーの市川悠道だったこともあり、澪子はそういう世界があることを知る。2023年5月3日、彼女は東京ノービス選手権大会の「ミスビギナー」クラスの舞台に立った。初めてのコンテスト。手術から、わずか半年後のことだった。

徳永澪子選手(左)と笠原偉児選手

徳永澪子選手(左)と笠原偉児選手

ふたつの出会いがつながった日

鍛え上げられた肉体も、ステージ上では強烈なライトに照らされ、肌の色が白いと陰影を失うことになる。だからボディビルダーらステージに臨む者は日焼けマシンなどで肌を焼き、筋肉の輪郭が際立つようにつとめる。

しかし、それには時間も労力もお金もかかり、また職種によっては漆黒と化した肌が仕事に支障をきたす場合もある。そうした事態を解消する手段のひとつが、エアブラシを用いてリキッドを肌に塗布する「スプレータンニング」だ。

澪子もデビュー戦の前に専門サロンに出向き、スプレータンニングを施してもらった。このとき、澪子を担当したのが現役の女子フィジーク選手の林智砂だった。女子フィジークとは、男子でいうボディビルにあたるカテゴリー。智砂は澪子に女子フィジークへの出場を勧めた。まだ「ミスビギナー」にも出場していなかった澪子は、「女子フィジーク」がどういうものか理解できていないまま、「はい」とだけ答えた。

その2カ月後、女子フィジークへの挑戦を決めた澪子は、東京ボディビル選手権大会の会場の客席にいた。そこで、たまたま隣に座った男性から声をかけられ、5月に東京ノービス選手権大会に出場したこと、これから女子フィジークに挑戦することを話した。

すると男性は、「俺の息子も出てるんだよ」。さらに、女子フィジークのチャンピオンの荻島順子を紹介してくれるという。

男性の名は笠原正樹。全日本レベルの大会で活躍したベンチプレス選手である。荻島は、笠原の知人であるボディビルダー、林勇宇が運営するジム「QOL Lab(クオルラボ)」でパーソナルトレーナーをつとめていた。そして林の妻は、澪子に女子フィジークへの挑戦を勧めた智砂だった。澪子の気づかないところで、何かが音もなく動き始めていた。

「その手があったか!」

徳永澪子選手(左)と笠原偉児選手

徳永澪子選手(左)と笠原偉児選手

荻島の指導を受け、澪子は2024年5月の東京ノービス選手権大会で女子フィジークに出場し、6位という成績を収める。その扉を開いたとき、そこには想像していた以上に優しくて、あたたかな世界が広がっていた。30代前半の澪子は女子フィジークでは若手の部類に入る。バックステージでは、親子ほどの年齢差がある諸先輩方は若い澪子に親身に接した。

また、選手はそれぞれがライバル関係にあるものの、その勝敗を決するのは第三者の審査員。ステージでは、隣に並んだ選手は、ともに舞台を彩る仲間だ。そんな世界に、澪子は魅了された。

そこからはゆっくりとした足取りで女子フィジーク選手としてのキャリアを重ね、翌2025年7月には栃木県女子フィジークオープン大会で2位に。目標としていた金メダルには手が届かず、バックステージでは師匠の荻島の前で子どものように泣きじゃくった。

ミックスドペアへの出場を決めたのは、年が明けて2026年、冬の寒さが緩んできたころだった。当初、澪子は別の男性とジャパンオープン選手権大会にエントリーするつもりでいた。しかし、その男性が諸事情により出場が困難に。パートナー不在となり、困った澪子が声をかけたのが、同じジムでトレーニングをしていた笠原偉児だった。

偉児は、かつて笠原正樹が「俺の息子も出ているんだよ」と話していた、その息子だった。澪子がミスビギナーに挑んだ2023年の東京ノービス選手権大会では、ボディビルの75㎏以下級に出場していた。偉児にとってもこれが初陣。偶然にもふたりは同じ日にデビューの舞台に立っていた。

ペアを組むのならば、これまで以上に意思疎通を図らなければならない。これまでのように大会会場で会った際に言葉を交わす程度では、ペアのケミストリーは生まれない。ふたりは、週末には必ず顔を合わせ、関係性の構築につとめた。

といっても、そこに恋愛の気配があったわけではなく、澪子も偉児も、相手のことを競技上のパートナーとしてしか見ていなかった。現にふたりの間では、もしどちらかに恋人ができてミックスドペアの出場を嫌がられた場合、競技を取るべきか、それとも恋人を取るべきかという、今にして思えばなんだかよくわからない議論に言葉が費やされたりもした。

ただ、「縁」という言葉だけでは表現しきれない、不思議なつながりを感じることはあった。打ち合わせのために偉児が澪子の自宅を訪ねると、キッチンに自分が使っているものと同じ調理器具が並んでいた。「なんで持ってるの?」と尋ねると、別に誰かからのプレゼントというわけでもなく、「自分で買った」という。

他にも、まったく同じ日にまったく同じ飲物を口にしていたり、申し合わせたわけでもないのに、別々に同じものを購入していたりといったことが度々起こった。どちらからともなく、「もしかしたら、私たちは前世で同一人物だったのかもしれないね」といった言葉が口をついて出てきた。

5月30日、澪子は東京クラス別選手権大会の女子フィジーク158cm以下級に出場したものの、予選審査で敗退を喫した。そのショックはひとりでは持て余してしまうほど大きく、湿った心を換気しようと、澪子は「海に行きたい」と偉児に告げた。偉児は快く応じ、車を海へと走らせた。

それまでにも、「年齢的にも結婚して子どもがほしい時期だよね」といった会話は交わしていた。ただ、その相手が目の前にいるとは、ふたりとも思ってもみなかった。

でも、考えてみれば不思議なくらい好みが合って、トレーニング愛好家同士で生活リズムや1日の時間の使い方も一緒だ。偉児は「試しに、付き合いませんか?」と切り出した。澪子は「その手があったか!」と、膝を叩いた。

これからも、ふたりで

徳永澪子選手(左)と笠原偉児選手

徳永澪子選手(左)と笠原偉児選手

澪子は女子フィジークに熱中するあまり、結婚や出産といったものをどこかに置き去りにしていた。出産して体型が崩れた自分の姿を想像すると、恐怖感が背筋を走った。子どもを望まれてもそれには応えられないので、結婚というものを前向きに捉えることもできなかった。

でも、去年は11カ月間、今年は半年間の減量に耐えられた。この長くてつらい期間を耐えられたんだから、出産も乗り越えられるんじゃないか。そう考え始めたころに、偉児がそばにいた。彼は、女性としての人生、競技者としての生活、その両方を支えてくれる人だった。澪子のなかで置き去りにしていた感情が、やわらかな熱を帯びて発芽した。この人と結婚して、子どもがほしい――。

振り返ってみると、何かに導かれていたような気がしないでもない。ジャパンオープン選手権大会のエントリー表が公式ホームページで発表されると、そこで澪子は林夫妻もミックスドペアに出場することを知る。お世話になったふたりとステージをともにするのは、これが初めてのことだ。

そして、9月20日の栃木県女子フィジークオープン大会。昨年は悔し涙で顔をくしゃくしゃにした大会で、優勝を飾る。会場には師の荻島の姿もあった。1年前、この大会への出場を勧めてくれたのも、林智砂だった。物語はひとつの結末へと向かっていた。

9月23日、名古屋でのジャパンオープン選手権大会。ここで澪子は競技生活に一区切りをつけた。偉児と一緒に舞台に立ち、最後は2位になった林夫妻とともに表彰台にも上がった。その日のバックステージ、目を潤ませた澪子が言った。

「女性としての幸せを考える機会を、彼が与えてくれました」

この秋、ふたりは入籍する。

【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。

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取材・文:藤本かずまさ 撮影:中原義史

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