数多くのドラマが見られた昨年の日本選手権。選手たちはどのような思いで、あの日のあのステージに上がったのか。ここでは男子ボディビル、女子フィジークの各2位から12位までの選手を単独取材。感動の舞台裏に迫る。
取材:藤本かずまさ 撮影:中島康介
2021年男子日本ボディビル選手権大会3位・須山翔太郎「辞めるか、諦めるか」
これはちょうど先日のことなのですが、ジムでベンチプレスをしていたら、一人の紳士が僕にさっと歩み寄って来られました。年齢は60歳は過ぎているでしょうか。その方とはたまに挨拶を交わす程度で、これまで話したことはありませんでした。その方は「須山さんは2016年に世界選手権で3位になって以降、すごく苦しんでいるように見えます」と。
「あなたにはポテンシャルがあるはずなのに、今はその7割ぐらいしか表現できていない。もう順位を追わず、ミスター東京を取ったころのようにトレーニングをもっと思いっきり楽しんで自由にやって下さい。僕は人相のように、ボディビルダーには『筋相』というものがあって、須山さんは今の苦しさが身体に表れているように見えます。須山さんは胃が痛いとかポリープがあるとか言っていましたよね。それも苦しんで行ってい
るからだと思いますよ」
そういったことを繰り返し繰り返し、一気にお話になられました。まさに、僕の心の内を見通しているかのような言葉でした。おっしゃる通りだと思います。
確かにこの4、5年間は苦しかったです。例年、順位発表が終わり並んでいる時には、来シーズンはどうしようとか、次はこんなトレーニングをしてみようとか、やりたいことが既に頭の中に湧いています。しかし今年はそれがありませんでした。何かが終わったような、そんな感覚がありました。
僕は15歳のときに「日本チャンピオンになって、世界大会で活躍して……」と、誓いを立てました。15歳の自分と交わした約束を果たすためにボディビルを続けてきました。その“15歳の自分”と決別しない限り、これからも苦しいボディビルが続くと思います。それはもう精神的に厳しいです。僕の中での答えははっきりしていて、「辞める」か、「諦めるか」その二択なんです。
試合には出続けたいという気持ちはあります。そのためには、これまでの“青春ボディビル”を終わりにして、優勝という結果を追うことを止め諦める。僕ももう40歳になったし、25年頑張ったので、このあたりで自分の中での引き際を決めていかないといけません。近年は若い選手が優勝しているので、諦めもつきやすいです。
決別ができれば、ボディビルを究極の趣味として楽しく取り組めるようになると思います。ここ4、5年の間にボディビルを見るようになった人たちは、もっと丸々としたボリュームのある身体をしていた昔の僕を知らないと思うんです。ボディビルを楽しんでやっていた頃の気持ちに戻って、今の迫力のない僕の姿しか知らない人たちに、もう一度昔のような身体を見せたいという気持ちもあります。心の整理ができたら、また次に向かえます。これから少し時間をかけて、自分の心と向き合って、次に向かうための気持ちの切り替えをしたいと思います。