2018年に地元長野県のボディビル選手権で『ミスター長野』の称号を獲得し、昨年9月に行われた日本クラス別ボディビル選手権80㎏以下級にて4位に輝いた、日本ボディビル界で注目すべき存在・宮澤昂大。彼は、長野県で教員の職に就きながらボディビルに取り組んでいる選手で、大きな筋肉とハードな質感が持ち味。昨年は日本クラス別選手権で爪痕を残し、王者相澤隼人や2位の髙梨圭祐、同じく若手注目株の寺山諒に迫った。その彼はどのようにしてボディビルダーとなり、今の地位を築いてきたのか。そのストーリーを取材した。(月刊ボディビルディング2022年3月号から引用)
取材・文:月刊ボディビルディング編集部 撮影:中島康介
「筋肉がパンプして痛くなってきて動かなくなったらセット終了にしています」
高校生のときに野球で早い球を投げたいと思い、補強としてウエイトトレーニングを始めました。野球自体は中学生のときから始めて、そのころからサプリメントを調べたり、家で軽いダンベルを使ったトレーニングはしていたのですが、バーベルに触れてトレーニングできる環境になったのは高校生からです。しかし当時は知識も無く、ピッチャーだったので長時間の有酸素運動などもやっていたりしていて、効果が表れにくかったのかなと…。
ボディビルを意識したトレーニングは大学生になってからで、アルバイト先でとあるパーソナルトレーナーの方と出会いました。その方に「ボディビルに出てみないか」と誘われたんです。その方と出会わなければ今の自分はいませんね(笑)。当時は、ベンチプレス、スクワットを少しとダンベルカールという、少ないメニューで組んでいました。
初めて大会に出たのが2016年の東京北区オープンで、まったくダメダメで予選落ちでした。それからトレーニングをしていて、過去の自分に負けたくないというか、退化したくないという気持ちが今の結果に至っています。北区が終わってからは分割法を変えて、ほぼ独学でメニューを組んでいきました。そしてトレーニングもゴールドジムでやり始めました。
現在はおおよそ7分割で取り組んでいて、前脚、背中、下半身後側、胸、腕後、腕前、肩という形でやっています。腕を前と後ろで分けている理由は、毎回のトレーニングでそこの部位の最大出力でトレーニングしたいという意味合いがあります。各部位の種目数は、3~4種目くらいで、その代わりセット数が多いかと思います。
また、セット数は決めていません。だいたい7~9セットくらいで、その部位が(筋肉がパンプして)痛くなってきて動かなくなったらセット終了にしています(笑)。回数の基準は6回くらいで、とにかく重たいものを扱うような感じで、インターバルの時間も息が整ったら次のセットにいくので特に決めていません。あまり余計なことを考えずにウエイトと向き合うのが身体を大きくするコツだと考えています。なので効かせることを目的としたトレーニングは嫌いですね(笑)。重たいものを持っていれば嫌でも効くので。トレーニング時間は1時間半~2時間くらいになります。
今のこの方法になったのは19年からで、やり方を変えたら身体に厚みが付いてきました。ストレッチなどは基本していないです。昨年は腰のケガをしたり、肘を痛めたり、肩を痛めたりと…。そんな中、騙しだましトレーニングに打ち込んでいましたね。年齢的にストレッチを始めないととは考えています。
ボディビルに出ようと思ったのは、その当時はメンズフィジークができたばかりのころで、基本ボディビルしか選択肢がありませんでした。自分の目標は、どこまで筋肉を付けられるかというところです。「単純に筋肉を付ける=デカい身体」だと思います。デカくなれることは自分にとって楽しいことなんです。
19年から翌年にかけて、ハーフデッドリフトをガンガンやってみたんです。そしたら背中の下部がものすごく成長しました。20年の金沢マッスルチャレンジカップに、初めてクラシックフィジークで出て優勝できましたし、そのときに成長した「厚みのある身体」を見せられたと思います。考え方を変えたのは本当に大きかったと思います。
今年はまず、ジャパンオープン選手権で優勝を目指します。テーマは「腕」で、頻度を増やして追い込んだり、種目を少し変化させています。そして、ボディビルは全身を鍛えないといけない競技です。もともと肩のトレーニングは17年までやっていませんでしたが、その全身のバランス強化という意識付けでトレーニングをやりだし、今では得意部位になっています。不得意部位を得意に、得意部位をさらに得意に頑張っていきたいと
思います。
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