人は年齢やキャリアを積み重ねるとともに、いま目の前にある、もしくはこれから起こりうるであろう事象への対応策を自己の経験則に基づいて考察し、最適解を推論できるようになる。それは人が大人になり、「要領がよくなった」「したたかになった」ということでもあるが、ともすれば困難の到来をあらかじめ予期して「楽な方向に逃げる」ということにもなる。
ボディビル界に「脚男」と呼ばれる男がいる。「あしおとこ」と読むと妖怪の名前みたいになってしまうが、そうではない。本名の「佐藤茂男(さとう・しげお/49)」の「茂男」をもじって「あしお」と読む。凄まじいまでの太さとカットを誇る「脚」が武器であることから、そう呼ばれる。スクワット300㎏を誇るウエイトリフティング王者、山本俊樹選手とのボディビルにおける顔合わせは「脚対決」という見られ方もした。
その山本選手とは、9月8日に開催された『JBBF日本クラス別選手権大会』85kg以下級で対戦。昨年は勝利を収めたものの、今年は僅差でリベンジを許し、同階級の優勝を逃した。
そのわずか1週間後の9月15日、佐藤選手は福岡県北九州市で行われた『JBBF日本マスターズ選手権大会』のステージにいた。もともと佐藤選手は世界選手権の舞台で活躍する日本人選手たちの姿を見て、「マスターズ」というカテゴリーに興味を抱いていたという。そして、今年10月6日の誕生日でちょうど50歳。マスターズクラスの「50歳以上級」に出場可能な年齢となった。
だが、ボディビルの今シーズンの“千秋楽”は、10月6日の日本選手権大会。奇しくも佐藤選手の誕生日である。ビッグマッチである日本クラス別選手権の1週間後、しかも自宅の千葉から遠く離れた北九州市で開催される試合への出場。さらには、日本マスターズ選手権は、エントリーした「50歳以上70kg超級」で優勝したらそれで終了……、というわけではない。「50歳以上70kg超級」で優勝したら、「50歳以上70kg以下級」の覇者と「50歳以上オーバーオール(無差別級)」を闘って、そこで勝ったらやっと「40歳以上級」「60歳以上オーバーオール」優勝者との総合優勝者決定戦に進める。「日本マスターズ選手権」の頂に到達するには、1日に3回勝つ必要があるのだ。そして、その3週間後には大一番の日本選手権。困難の到来は容易に予期できた。
「だから、日本マスターズ選手権に出場すべきかどうか、かなり迷いました。日本クラス別、日本マスターズの2連戦を闘うとなると、その3週後の日本選手権にベストな状態で臨めるのかどうか。ただ、私も今年で50歳になります。年齢を重ねると楽な道を選びがちになりそうですが、ここはあえて茨の道を行こうと。私はこれからも、まだまだチャレンジャーでいたいんです」
日本クラス別選手権の試合後には敗れた悔しさと猛烈な疲労感に襲われるも、2日ほど経つと心身ともに回復。日本クラス以後の「1週間でできるベストは尽くせた」状態で日本マスターズの舞台に向かった。結果は順調に勝ち進み、見事に総合優勝。本年度の日本マスターズ選手権の頂点に立った。
「これからはマスターズの世界選手権も目指したいと思っています。そのいいスタートを切ることができました。この経験をプラスにして、日本選手権でも結果を残して、いい誕生日を迎えたいと思います」
人には困難を乗り越えなければ得られないものもある。
【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。
取材:藤本かずまさ 撮影:中島康介