日本クラス別選手権55kg以下級で10連覇を達成。節目の勝利以上に赤澤の胸を熱くしたのは、19歳の頃から背中を追い続けてきた木村和昭と、最後の2人に残って交わしたポーズダウンだった。55kgまで体重を落とす苦闘、国際大会への思い、そして「倒したい」と追われる王者として、この階級に立ち続ける理由を語った。
[月刊ボディビルディング2026年11月号より]

2026年日本クラス別ボディビル選手権55kg以下級優勝の赤澤範昭
――55kg以下級10連覇、おめでとうございます。
赤澤 ありがとうございます。僕にとってこの階級は、日本代表になり、アジアや世界で戦うために出場しているカテゴリーです。9連覇までは、連覇そのものを意識したことはありませんでした。
でも、10連覇となると、家族や周りのみんなからも「10連覇、10連覇」と言われるようになり、今回は僕自身も意識していました。過去一番の体を作って10連覇を達成したい、という気持ちはすごく強かったです。
――同階級で初めて優勝したのが2016年です。この試合が9年ぶりのJBBFでの復帰戦で、以前は60kg以下級に出場されていました。
赤澤 55kg以下級に出場したからこそ、アジア選手権や世界選手権に行けたと思っています。この階級を選んで正解だったと思います。
ただ、55kgまで落とすのに、毎年かなり苦労しています。検量当日までが本当につらく、55kgまで落とすことだけを考えています。
――これだけ長く勝ち続けてきた中で、負ける怖さが出てきたことはありましたか。
赤澤 それはないです。毎年、本当に55kg以下級に出られるかどうか、という戦いですから。55kgまで体重を落とす、という作業を毎年続けているという感じです。それで負けたら仕方がないと思っています。
――国際大会への出場が、そうした55kg以下級における戦いの最大のモチベーションになっているんですね。
赤澤 そうです。毎回、国際大会に参加して本当によかったと感じます。大会の雰囲気や、日本代表のチームとしての輪などに触れると、日本代表として戦っているという実感がこみ上げてきます。これは実際に出て、体験しないと分からないことです。今後も国際大会には出場していきたいという気持ちはすごく強いです。
――国内でライバル視している選手はいるのでしょうか。
赤澤 今回2位になった木村(和昭)選手は、私がずっと背中を追いかけていた選手です。僕が19歳くらいのときに、広島のチャンプスジムで一緒にトレーニングをしていた間柄です。
――そうなんですね。
赤澤 木村選手がミスター広島を獲ったときには、「かっこいいな」と思いました。僕の中には、この人に勝ちたいという気持ちが、ずっとありましたね。
確か1999年だったと思いますが、中国5県のクラス別選手権で初めて勝てたんです。その翌年の日本クラス別選手権の60kg級でも勝てたんですが、「木村選手を越えた」とは思えなかったです。
――それはなぜでしょう。
赤澤 木村選手はすごくフリーポーズがうまい。僕にとっては、憧れの存在です。今回の日本クラス別でその木村選手と並ぶことができました。最後に2人が残ってポーズダウンをしたときは、本当に感動しました。10連覇を達成したこと以上に嬉しかったです。
――青春物語ですね。
赤澤 また、以前、誰かに「階級を上げたい」と話したことがあるんです。すると、「上げないでください。僕が倒したいから」と言われました。同じように考えている選手がいるという話を、人づてに聞いたこともあります。
――勝ち逃げは許さないと(笑)。
赤澤 (苦笑)。だから、今後も55kg以下級に出続けるべきなのかな、という思いはあります。自分でも、この10年間よく頑張ってきたと思います。55kg以下級は最軽量級なので、注目度はそれほど高くないと思います。でも、僕を倒したいと思ってくれている選手がいることで、この階級がもっと盛り上がっていけばいいなと思います。
PROFILE|赤澤範昭(あかざわ・のりあき)
1973年1月18日生まれ/53歳/身長155cm/体重59kg(オン)、68kg(オフ)/会社員/1998年広島県ボディビル選手権優勝。2023年東アジア選手権ボディビルマスターズ50歳以下級優勝。2016〜2026年日本クラス別ボディビル選手権55kg以下級10連覇(※2020年はコロナ禍により中止)
取材・文:藤本かずまさ 撮影:中原義史











