どんなに小さく不確かな一歩でも、踏み出せば必ず世界は変わる。
「元々、食も細く筋肉には無縁でした。食事にも無頓着でお惣菜を買ってご飯を炊く程度のことしかしていませんでした。当時は大学生でお酒ばかり飲むことしか楽しみがなく、何かを変えたい、と思い公園で懸垂を始めました」
【写真】「キュウリくん」から海の似合うマッチョボディとなった高橋茂里さん
高橋茂里(たかはし・もり/26)さんのボディメイクは、公園の片隅でひっそりと幕を開けた。当時の高橋さんの体型は177cmで68kg。「細い犬」「キュウリくん」などのあだ名で呼ばれていた。懸垂を選んだ理由は、右も左も分からなかったため、無料で使える公園の器具で一番効果的と感じたものを選んだのだという。だが実は、懸垂はスクワット、デッドリフトなどの筋トレの王道種目BIG5の一つに数えられ、多くの筋肉を同時に鍛えることのできる非常に優秀な種目であることはのちに知ることとなる。
「最初は3回も上がらなくて、悔しくて徐々に回数を増やしていきました。慣れてからは10回を5〜6セット、もう上がらなくなるまでやって帰っていました」
不審者と間違われないように子供たちのいる時間を避け、夜間に暗くなったタイミングで行った。その没頭ぶりは相当であり、「暗くなるとたむろしだす怖そうな人たちも気にならずやり続けた」そうだ。変化は2カ月ほどで訪れた。
「身体が変わってきたのを機にもっと筋トレを学ぼうと手に取ったのが『筋トレが最高のソリューションである』(著:testosterone/ユーキャン)シリーズでした。BIG 3のやり方を学び、ジムに通い始めました」
ジムではひたすらBIG3を行ったという。最初の記録はスクワット60kg、ベンチプレス40kg、デッドリフト60kg。成人男性のちょうど平均(体重別)ほどだったが、ほぼ毎日通い続け、段々と重量と身体は変化を見せていった。
「食事も工夫し始めました。最初は栄養などは気にせず、ハンバーガーや鶏胸肉などを一日5食くらいに分けてタンパク質総量を1日200gくらいを目処に食べました。吸収率を上げるため、エビオスを飲みながら食事量を増やしていきました。また、寝る前に消化に悪いものを摂ると寝起きが異常に悪くなるので、睡眠前はプロテインにしました。最近はできるだけクリーンな鶏胸肉、卵、米などでカロリーを摂っています」
成長を確かめるため、大会にも出場を始める。『ベストボディ・ジャパン』から『JBBF(日本ボディビル・フィットネス連盟)』まで様々な団体に挑戦。地元沖縄県で開かれた『ハッピーサマーコンテスト』ではメンズフィジーク180cm以下級にて優勝を飾った。大会用の減量には苦労を覚えつつも、周りとの調和を大切にしたと語る。
「飲食店で責任者をしているので減量期に食べ物を見るのは辛く、仲の良い友人の誘いも制限がかかるなかで上手く付き合うのも苦労がありました。趣味の筋トレなので仕事や本来の生活に迷惑はかからないように、断り文句などには特に気をつけていました」
懸垂から筋トレを始めて4年。身体から華奢さは消えた。現在のBIG3はトータル465kg(ベンチプレス: 120kg、スクワット:150 kg、デッドリフト:195kg)だ。しっかりと張り出した肩や、厚い胸筋をまとった逞しい身体を手にしてからの変化についてをこう語る。
「筋肉は役に立つかどうかという論争がありますが、僕は取引先に覚えてもらいやすい点や、友人間で話題になりやすかったりとトレーニングをしてつけた筋肉は役に立っています。また、自分に自信が付いて良い気持ちで毎日過ごしています。減量で栄養学の基礎を勉強したことで将来の子供や守ってあげたい人のためにも使える知識が身につきました。また、肉体を鍛えることはメンタルも鍛えられると実感しています」
今後の目標は、最高峰の全国大会への出場だ。
「目標は県大会のフィジークで優勝して、オールジャパンフィットネスチャンピオンシップスに出場することです。公園の懸垂のようなハードルの低いところから全国大会の選手になれたら、少なくとも周りの人はボディメイクに興味が出ると思います。また、そんな風に成長した自分を見てみたいです」
新しい世界への挑戦は何もかもが未知だ。そこには失敗も挫折も必ずある。しかし、それ以上に今までの人生では得られなかった何かを見つける大きな機会にもなる。高橋さんもたった3回の懸垂ができなかったころ、自分が全国戦を目指す競技者になるとは思ってもみなかっただろう。はたから見れば滑稽なほどささやかでも、挑戦を始めた人にだけ開く新しい世界がある。
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取材:にしかわ花 写真提供:高橋茂里
『IRONMAN』『FITNESS LOVE』『月刊ボディビルディング』寄稿。広告・コピーライティング・SNS運用も行うマルチライター。ジュラシックアカデミーでボディメイクに奮闘している。