「今回は多くの動きをお伝えしましたが、大元は姿勢を整える、セントレーション(※)になります」
※骨と骨が最も整った位置にあり力を均等に発揮できる状態
そう語るのは、ボディビル元世界王者であり、2021年より読売ジャイアンツでトレーナーとして多くの野球選手を指導する鈴木雅さんだ。

左:鈴木雅さん、右:伊吹主税選手
8月2日(日)、大阪府豊中市にあり、メンズフィジーク絶対王者である伊吹主税(いぶき・ちから)選手が運営する『COCO MELON GYM』にて、鈴木さんのセミナーが開催された。
【写真】COCO MELON GYMにて行われた鈴木雅選手のセミナーの様子
今回は第1部が『コンディショニング』、第2部が『トレーニング』。各部それぞれ座学と実技が用意されたが、全ての部で定員20名の枠がすぐに埋まり、ジム内は多くの選手で埋め尽くされた。中には女子フィジークのトップ選手である阪森香理選手や西日本ボディビル選手権のチャンピオン森本功太選手などの顔も見えた。
セミナーは単に種目を覚えるのではなく、「なぜその動きが必要なのか」を理解してから身体を動かす濃密な内容となった。
伊吹選手自身も、普段から鈴木さんのパーソナルトレーニングを受ける一人だ。
「雅さんの情報量が半端ではなかったので、かなり濃密な時間だったと思います。ぼく自身も復習になりましたし、新しい発見もありました」
トップ選手も学び続ける身体の使い方。その根底にあったのは、意外にも特別なトレーニング法ではなく、「正しい位置で身体を動かす」という基本だった。
筋トレの前に、なぜ「コンディショニング」が必要なのか
第1部では、まずコンディショニングについての座学が行われた。

鈴木さんの言葉に真剣に耳を傾ける選手たち
鈴木さんが説明したコンディショニングの役割は、姿勢を整え、関節に適切な可動域を確保し、身体が本来持っているパフォーマンスを発揮しやすい状態を作ること。これは、トレーニングとはまったく別のものではない。
適切なフォームで運動できていれば、その運動自体が身体を良い状態へ導くコンディショニングにもなり得るという。
一方、「もっと重量を伸ばしたい」「弱点部位を改善したい」「痛みを減らしてトレーニングの質を高めたい」と考えたときには、その土台となる身体の状態を見直す必要がある。
そこで重要になるのが『姿勢』だ。
鈴木さんは今回のセミナーについて、こう説明した。
「大元は姿勢を整える、セントレーションになります。要は関節を良いポジションに持っていきましょうということです。それができると結果的に姿勢が改善していきます。そして、それがいろいろな部位につながっていくんです」
筋肉を動かす以前に、関節が力を発揮しやすい位置にあるか。
ここが崩れると、いくら一生懸命トレーニングをしても、本来狙いたい筋肉に十分な刺激を与えられない可能性がある。
「呼吸」が崩れると姿勢も崩れる
コンディショニングのなかでも鈴木さんが重要視していたのが『呼吸』だ。
呼吸が浅くなり、横隔膜をはじめとした呼吸に関わる筋肉が適切に働きにくくなると、胸郭と骨盤の位置関係にも影響する。すると姿勢が崩れやすくなり、結果としてトレーニング中の動作や力の発揮にも影響を及ぼす。
そこで実技では、うつ伏せになって背中側へ空気を入れるように呼吸する『ファーストポジション』からスタート。

ファーストポジション:身体の背面に空気を入れる感覚を養うワーク。脊柱後面には自律神経の肝である迷走神経系が通っているため、空気を入れるだけのスペースがないと自律神経まで乱してしまうことになる。
さらに身体を捻った状態で胸部へ呼吸を入れる『スパインツイスティング・ブリージング』、身体の側部へ空気を送り込む『オブリークツイスト』など合計10以上のワークを実践した。
ただ大きく息を吸うのではない。
姿勢や身体の向きを変えながら、「どこに空気を入れるのか」まで意識する。
参加者たちは鈴木さんの説明を聞きながら、自分自身の胸郭の動きや左右差を確かめるように、一つひとつの動作を繰り返していった。
呼吸に続いて重点的に取り上げられたのが股関節。

スクワットも股関節のアライメントが整っていることで適切に動作ができる。腰椎の不安定さや肩関節の硬さなどがあると、しゃがんだときに腰が反ってしまうケースがある。
鈴木さんによれば、指導するなかで肩関節や股関節に問題を抱えている人は多いという。そのため今回は、特に股関節にフォーカスした内容が組み込まれた。
股関節の内旋・外旋などのワークを実際に行いながら、自分がどこまで動かせるのか、左右で違いがないかを確認していく。ワークの後には動作の改善を感じる参加者が多数で、自身の身体を見直す時間となった。
「自分で感じる部分がないと、続けようという気にはならないと思うんです。各々課題がある部分に関して突っ込んでいくなら、肩関節と股関節に問題を抱えている方が多いので、今回は特に股関節を中心にやりました」と鈴木さん。
コンディショニングというと、トレーニング前後になんとなく身体をほぐすものというイメージを持つ人もいるかもしれない。
しかし今回行われたのは、自分の身体の状態を確認し、トレーニングで正しく力を出すための効果的で実践的な時間だった。
トレーニングで重要なのは「腹圧が入る姿勢」
第2部は、トレーニングについての座学から始まった。

トレーニングでもやはり姿勢と呼吸の意識の大切さを語る鈴木さん。特にボディビルダーは大腿四頭筋が発達しており、反り腰になることで背面に空気が入りにくくなっているという。
ここでも鈴木さんが繰り返したのは、フォームの重要性だ。
身体には、大きく動くことを得意とする関節と、安定することを求められる関節が交互に存在するという『ジョイント・バイ・ジョイント』の考え方がある。
ただ大きく動かせば良いわけでも、すべてをガチガチに固めれば良いわけでもない。必要な関節の可動域を確保しながら、安定させるべき場所を安定させる。そのうえで、十分に力を発揮できるかがポイントになる。
そこで重要になるのが「腹圧」だ。
腹圧を十分にかけるためには、単に『お腹に力を入れる』だけではなく、その力を発揮しやすい姿勢を作らなければならない。
つまり、第1部で学んだコンディショニングと第2部のウエイトトレーニングは別々の話ではない。
身体を整えることが、そのままトレーニングの質につながっていくのだ。
ベンチプレスでも「全身」を使う
実技では、ベンチプレスなどを題材に胸、背中、肩などの部位に分けて具体的なフォームを確認した。
ベンチプレスでは肘を過度に開かないことなど、上半身のフォームを細かくチェック。一方で、鈴木さんの指導は胸や腕だけにとどまらなかった。

「ベンチプレスが苦手です」という森本功太選手のフォームをチェックする鈴木さん。森本選手の場合は、肘が若干開き気味で肋骨が開いており、下半身も不安定な様子だった。
中殿筋や小殿筋、内転筋、骨盤底筋群など下半身にも意識を向けることで骨盤を安定させ、腹圧をかけやすい状態を作っていく。
ベンチプレスというと、どうしても『胸で押す』『腕で押す』といった部分に意識が向きやすい。
しかし実際には、足元から骨盤、体幹、胸郭、肩関節までがつながった状態で初めて、安定した力を発揮できる。

身体が伸展したときの骨盤帯が安定する感覚がわからない場合に有効なラーセンベンチプレス
「やってみるとベンチプレスの感覚が全然違いました!ベンチプレスが苦手だったので、これでまた成長できそうです!」と森本選手。
今回、セミナーを企画した伊吹選手は、昨年には月1回ほどのペースで鈴木さんのパーソナルトレーニングを受け、大阪で指導を受ける機会も作ってきた。
それでも今回、改めて気づくことがあったという。
「雅さんのパーソナルを受けていても、自分でやっているうちに自己流になってしまっている動きもありました。改めて確認できましたし、自分のトレーニングにも生かせることが多かったです」
トップレベルの選手であっても、一度習ったフォームを永久に同じ精度で再現できるとは限らない。繰り返しているうちに少しずつ自分の癖が入り、いつの間にか動きが変わっていることもある。だからこそ、自分の身体を定期的に見直す必要があるのだろう。
伊吹選手は参加者に向けても、
「多くの学びがあったと思うので、その中でも自分に合ったコンディショニングやトレーニングを持ち帰っていただけたのならうれしいですね」
と振り返った。
次回は「オフシーズン」がテーマに?
今回のコラボが実現した背景には、鈴木さん自身の思いもあった。
「伊吹さんのジムがオープンしたので、ずっと何か協力したいと思っていました。セミナーのお声をいただいて『ぜひ!』という形で開催に至りました」
テーマについても、二人で話し合いながら今回のコンディショニングとトレーニングに決めたという。
そして伊吹選手は、早くも次回の構想を描いている。
「今後はオフシーズンになってくるので、『オフシーズンの過ごし方』のようなテーマで、また誰かをお招きしてコラボセミナーができたらいいなと思います」
より重い重量を扱う。セット数を増やす。新しい種目を取り入れる。身体を成長させようとすると、どうしても「何をやるか」に目が向きやすい。しかし、その前に確認したいことがある。
その身体は、本当に力を出せる状態になっているだろうか。
姿勢を整え、呼吸を見直し、関節を適切な位置へ導く。そして、その状態でトレーニングする。
世界を制したボディビルダー鈴木雅さんが約5時間にわたって伝えた内容の根底にあったのは、そんなシンプルな原則だった。

取材・文・撮影:柳瀬康宏 写真提供:Coco Melon Gym
執筆者:柳瀬康宏
『月刊ボディビルディング』『IRONMAN』FITNESS LOVE』などを中心に取材・執筆。保有資格は、NSCA-CPT,NSCA-CSCS,NASM-CES,BESJピラティスマット、リフォーマー。メディカルフィットネスジムでトレーナーとして活動もしており、2019年よりJBBF、マッスルゲート、サマースタイルアワードなどのボディコンテストに毎年挑戦している。










