「日本の選手はなんで、もっとUFCを目指そうと思わないのか。一番強い人間が集まっているところですよ」。 佐藤天のUFCに懸ける想いが詰まったインタビューは 、UFC242でベラル・モハメッドに敗れ、一時帰国している時のもの(2019年10月=Fight&Life vol.75掲載)。「UFC ESPN12」で勝利した今、改めて佐藤の言葉を振り返ってみたい。
2019年の4月に念願のUFCデビューを果たした佐藤天。同年7月にはフロリダに拠点を移し、ハードノックス365所属となった。9月のUFC2戦目を終え、やや長めの帰国滞在中の佐藤に、日本と米国の違いを尋ねた。設備面など環境の差を埋めるべき日本のMMA界も北米を研究し、進化してきた。そんななか佐藤は日米の差は設備以上に、意識に違いがあることを指摘した。
取材・文・撮影_高島 学[Fight&Life Vol.75より]
──9月7日のUFC242でベラル・モハメッドに敗れ、オクタゴン連勝とはならなかった佐藤選手ですが、試合後から日本に戻ってきてそのまま過ごしているそうですね。
佐藤 ハイ、10月の最終週まで日本にいる予定です。
──かなり長めの滞在ですね。
佐藤 7月からフロリダに生活拠点を移したのですが、渡米する際に本当に自分の予想以上に色々な人にサポートしてもらいました。お会いしたことがない人までもが協力してくれたので、一度しっかりとお礼を言いたいと思っていて、アブダビでの試合後は帰国して2カ月近くいることを決めていました。日本にいる間、練習ができないわけじゃないのですが、早くフロリダに戻りたいという気持ちになってきますね(笑)。
──練習環境を考えた上で?
佐藤 ハイ、日本にいても丁寧な練習もできますし、7月からの2カ月間で自分が得たモノの確認をしながら体を動かしています。ただ、どうしてもフロリダの何もない環境は練習に専念できるので、選手として早く向こうの 練習がしたいという気持ちが、日に日に強くなっています。
──フロリダは何もない(笑)。
佐藤 アハハハ。ニューヨークとか東京と比較すると娯楽がなくて時間がゆっくり流れているので。練習ばかりやっている環境ですから、あそこにいる選手たちのモチベーションもやはり違います。東京は居心地が良いです。でも、居心地の良い時間が長くなるのは良くない。選手でいる間は向こうの方が良いですね。
──佐藤選手が所属するようになったハードノックス365は、ほぼプロだけが練習するジムですよね。
佐藤 そうです。夕方にプライベートみたいな感じで、一般の人のためのキッククラスもありますが、本当に人数も少ないですし、ほぼプロMMAファイターで占められています。
──それでジム運営が成り立つというのがまず日本と違います。MMAに必要な練習を一か所で行える環境自体、日本のMMAはまだ手にできていないですしね。
佐藤 ハイ。移動の手間がない。その分、体を休めることができる。何よりも専門のコーチがいることが日本との違いだと思います。最後は自分で考えるというのは日本もハードノックスも同じです。でも、自分で考えるというところに行き着くまでに専門のコーチがいることで、色々な選択肢が存在してきますし。
──ハードノックスのコーチの陣容というのは?
佐藤 打撃がヘンリー・フーフト、レスリングがグレッグ・ジョーンズとカミ・バルジニ、フィジカルのコーリー・ピーコックの4人ですね。柔術のマリオ・スペーヒーはいなくなっていました。7月からの2カ月では彼は見なかったです。
──では柔術の練習は?
佐藤 グラップリングに関しては選手同士、ニック・レンツやジルベウト・バーンズが教えてくれる感じですね。そうですね……ハッキリ言って日本の指導者の人よりも、彼らはMMAを勉強していると思います。ヘンリーにしても元はキックボクサーですが、MMAを凄く研究しています。ハードノックスには何人かキックボクサーも所属していますが、彼らへの指導とMMAファイターへの指導は全く違いますしね。
──米国のように専門分野の指導者が、MMAファイターにコーチできる環境は……ボクシングが代表格ですが、競技間の隔たりがないという点において、日本と構造が全く違うかと思います。
佐藤 そうですね、日本だとボクシングならボクシングジムに出稽古に行くことが普通で。ボクシングのためのボクシングを教わり、MMAにどのように合わせるのかは自分で考えることになります。
──日本では佐藤選手もボクシングの出稽古をしていましたが、他にもTRIBE TOKYO MMA以外で練習することはありましたか。
佐藤 ハイ、レスリングは大学のレスリング部へ行かせてもらい、キックもいつもということではないですが、キックのジムで練習させてもらっていました。あくまでもレスリングのためのレスリング、キックボクシングのためのキックボクシングを習う形ですね。
──そしてMMAで戦うために自分で組み立てを考えると。
佐藤 自分で考えることは必要です。ヘンリーも「強いヤツは、教えたことだけをやるんじゃなくて自分で考えている」と言っています。自分で考えることは絶対に必要なのですが、自分1人よりも一緒に考えてくれる人がいる環境の方が良いはずです。自分で考えるにしても、その材料を多く与えてもらえますから。だから単体の練習をしても、MMAにつながっています。それにコーチ同士の意思の疎通があるのが、出稽古との違いですね。試合が決まれば対戦相手のチェックをして、対策練習をどのコーチもしてくれますからね。日本だと、多くの場合が個々の競技でそのベストになるよう習うところですが、ハードノックスでは融合した状況で、自分に合ったモノを教えてもらえます。体で覚えるのは繰り返しが必要ですが、まず頭に入りやすいです。
──レスリングと柔術が融合しているレスリングの指導者は、大学のレスリング部に期待してはいけないですしね。自分で考える前の段階が随分と違います。
佐藤 それに日本だとボクシングなんかは、MMAのことを考慮して指導してくださる方がいても、規則でMMAの試合でセコンドにはつけないですからね。そうなると、指示にもギャップが出てきます。僕は長南さんがセコンドだったから、問題なかったですが、そうじゃない選手だっていると思います。練習にしても、全員が同じ指導を受けているので意思の疎通がしやすいのもあります。出稽古だと、それぞれが同じ場所に行くと限らないので、それを持ち帰ってきてMMAの練習に生かす時に共通の認識じゃないですから。
──あぁ、そうなりますね。
佐藤 同じことを学ぶと、皆で強くなる一体感もあります。それに一つのことを習っても、皆が同じ動きになるわけではないので、色々な選手の個性も分かります。そうしたら、『ここは良いから伸ばそう』とか、『こ
こが穴だから埋めていこう』という次の段階に入りやすいです。
──合理的になっているのですね。
佐藤 無駄を省くという部分は、凄く発達していると思います。もちろん長時間の厳しい練習にも、良さはあります。でも、そこを経てきた自分には、もう時間が残されていないので無駄な時間は過ごしたくない。効率よく練習することは、今の僕に必要です。そういう部分も踏まえて、やはり僕の体格だと、フロリダの方が良い環境があるのは確かです。
──気を使って話さないといけないのは理解できます。が、軽量級にしても米国の方が結果を残している。ということは、体格に関係なく米国の方が良い練習ができるのではないでしょうか。
佐藤 そうですね……。軽量級の方が日本では練習相手が多いという点で、ウェルター級の自分よりも軽い選手の方が国内でも良い練習ができると思います。これを日本と米国で比較するなら、向こうの方が環境は良いです。
──米国に移り住むことができない日本人選手に対し、向こうを知った佐藤選手だからこそ国内でできることがあると思う点はないしょうか。
佐藤 練習が別々でも、週に一度でも練習以外に意思の疎通ができるような時間を設けるとか……ですかね。練習時間以外で、そういう話をしていると頭をクリアにして練習に臨めると思います。なんとなく来て、なんとなく練習するのではなく。それも効率的という話になるかもしれないですが、意識がバラバラでいると限界点も低くなるんじゃないかと。チームとして、そこはできるはずです。出稽古先で知ったことを共有するだけでも違ってくるだろうし。米国と同じことはできない。でも、環境が違うと言う前に選手は、自分たちで考えることがあるはずです。
──その通りだと思います。
佐藤 日本とハードノックスの環境は違います。それはMMAを巡る状況が違うので。でも、選手の意識ってどこにいても負けないモノを持てるはずです。日本とハードノックスの一番の違いは、選手の意識の違いじゃないでしょうか。向こうはMMAでなんとかしてやろうという選手が集まっています。ジャマイカ、メキシコ、アルゼンチン、ハンガリーから選手が来ていて、意識の高い連中ばかりなんですよ。
──MMAへの取り組み方に関して、佐藤選手が「コイツは凄いな」と思う選手はいましたか。
佐藤 オンラ・ンサンやマーチン・ウェン、彼らと一緒にやってくるアジアの選手は凄く練習します。それ以上なのがアダム・ボリッチですね。
──ベラトールのフェザー級で活躍している?
佐藤 ハイ。アダムは23歳とか24歳の若い選手です。試合に向けてキャンプに入ると多くの選手は3週間前ぐらいに疲れが蓄積して、コーチも『午後からの練習は休め』という風になるんです。アダムは誰よりも早く練習に来て、1日に3度の練習を常に全力で取り組んでいるのですが、休めと言われると『俺は疲れていないし、練習したいんだ』っていじけているんですよ(笑)。
──だからこそ、キャリア14連勝という結果を残せるのですね。
佐藤 日本では練習は負けないぐらいやっても、フィジカルの差があってどうしようもないって言う風潮があるけど、ハードノックスの選手は本当に練習していますよ。そこで誰よりも練習しているアダムは自分より若くて、あれだけの結果を残している。アダムを見てると、MMAを始めた頃の『強い選手はこんなに練習しているのか。俺はもっとやらないといけない』という気持ちを思い出すんです。自分は練習量が多い方だと思っていたのですが、アダムの取り組み方は……『お前、まだやるのか! なら俺も負けねぇぞ』って思わせてくれます。UFC世界ウェルター級チャンピオンのカマル・ウスマンとか、ずっと練習していますし。ホント、僕は思うんですよね……日本の選手はなんで、もっとUFCを目指そうって思わないのかって。一番強い人間が集まっているところですよ。自分が誰にも負けないぐらい、MMAに賭けてるっていうなら、目指すのはUFCだろうって。
──そこまで練習していると言い切れるなら、ということですか。
佐藤 確かに日本にはRIZINもONEもあります。RIZINでもONEでも、どこで戦うのかはそれぞれの考えだというのも分かっています。でも、余りにもRIZINかONEっていう選手が多くないですか? ただ結局のところRIZINやONEで勝つことができる日本人選手ってUFCを目指し、本気でやってきた選手じゃないですか。若いうちからUFCを目指さないなんて……自分には分からない。自分は秋葉(尉頼)と約束した時から、ずっとこの目標を持ち続けて、正直なところ無理かと思ったこともあるし、『他を考えるか?』という意見もありました。でも、UFCでしか戦いたくなかったです。
──その秋葉選手の墓前に誓ったことを実現しました。
佐藤 もう、自分はメディアの前では秋葉のことも触れないようにしようかと思っています。秋葉をプロモーションの材料にしているのかって感じることがあるんです。僕はそんな風にしたくない。
──……。
佐藤 人それぞれ価値観があるのは分かっています。その自分の価値感にそって挑戦することが、死ぬ時に後悔しない生き方だったと思えるって。なんか流されてRIZINとかONEに皆が行くのも違和感があるし、僕がUFCで2試合しただけで、同じ目線で話せないという空気がある。そんなのおかしいですよ。ハードノックスではUFCを目指す選手がたくさんいるし、ベラトールに出ている選手も、ONEで戦っている選手も同じ目線で話しています。それは流されているんじゃなくて、自分で選んでベストを尽くしているからだと思うんです。
──佐藤選手は自分があり、周囲を冷静に見ることができているのですね。環境の違いより意識の違いだと。
佐藤 ハイ。だからハードノックスでは言葉が通じなくても、練習への取り組み方で分け隔てなく付き合ってもらえます。コーチも練習をする選手ほど熱心に教えてくれますし。天候のせいで飛行機が飛ばす、アブダビに来ることができなかったヘンリーが、僕が負けた直後に『次からはこうしよう』という長文のメッセージを送って来てくれました。
──あぁ、高い意識での一体感があるということなのですね。
佐藤 この環境でやっていて勝てなかったのだから、僕もしっかりと考えないといけないです。でも、6年積み上げてきたことに、ハードノックスで新しいモノを取り入れ始めたばかり。たった2カ月で成果が出るとも思っていないです。練習でようやくできるようなったことを、これから試合で出せるようにしていく。もっと強くなれると信じています。
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