フィットネス

“痩せ信仰”について解説 女性らしさは“筋肉”が作る!後編[“筋肉博士”石井直方の筋トレ学]

雑誌、『Woman'sSHAPE(ウーマンズシェイプ)』でお馴染みの石井先生と森弘子さんの対談。創刊とともに始まった対談も、節目となる20回目を迎えたWoman'sSHAPE vol.20(2020年2月号)。創刊からvol.20までの10年で女性のトレーニングを巡る意識と環境は大きく変化しました。今回は第1回の対談とvol.20までの10年を振り返りつつ、“女性らしさは筋肉が作る”という原点に立ち返り石井先生にお話をお伺いしていきます。

 

今回は、「成長ホルモンが脂肪を減らしたり、がん患者の余命を伸ばす役割を持つ可能性」など、10年の研究で分かったことや、“痩せ信仰”について解説していきます。

<本記事の内容>

成長ホルモンの持つ働き

「筋トレしていなかったら、私は今生きていなかった」

女性アスリート専門の医療機関はもっと作るべき

“痩せる”ことのデメリット

糖は筋トレで処理する

 

成長ホルモンの持つ働き


(ウーマンズシェイプの対談の)第1回ではアンチエイジングにホルモン注射で外観を若くする治療がアメリカで行われているというお話も伺いました。そのときに先生のご研究の104歳の被験者の方が、レジスタンストレーニングをすることで成長ホルモンの分泌が確認できたというお話を伺いびっくりしたのですが、研究のその後の展開はどうなったのでしょうか。

石井
成長ホルモンに関しては、残念ながら筋肉を作るという働きに関しては当初期待されているほど影響が強くないということが分かってきました。しかし、成長ホルモンは脂肪を減らす働きについては非常に強いですね。ただ筋肉に対するホルモンの働きの重要性という意味では、がんになったときに急激に起こる筋委縮を止める役割が挙げられます。がんになると筋肉がものすごい勢いで減るのですが、そのときホルモンを与えたり、筋肉が太くなるような薬物を与え筋肉が細くなるのを防ぐと、たとえがんが切除できなくて残っていても、余命がすごく伸びるんです。がん患者で切除や抗がん剤の効果が期待ができない状況になると、これまでは緩和ケアで痛みだけ除いてという治療に切り替わっていたわけですが、積極的に筋肉を増強することで、余命を引き延ばすことが期待できるかもしれません。


筋トレを通じて、がんと共存するということが可能になるかもしれないと。

石井
はい。そういう筋肉の重要性が医療の面でも着目されていて、臨床試験ではおそらくいろんな試みが行われている段階だと思います。また、加齢によるサルコペニアで筋肉が減ってしまった人でも、筋肉量が向上する治療を行うことで、また元気になったりということがあります。たとえ末期のがん患者でも筋肉を強化することでがんと共存して寿命を延ばす、そんなことも今可能性が出てきていること。実際に筋トレができればいいんですが、それが難しいので、筋肉を増やす物質や薬物を投与するという方法になりますが。


それこそスロートレーニングが効果的なのではないですか?

石井
がんになると病状次第では、できるトレーニングは限られますが、スロートレーニングだったらできるかもしれないですね(笑)。将来的には可能と考えています。


動くことで気持ちがポジティブになったり、そういうメンタル面での効果も病気の方にとってはプラスの要素が大きいと思います。

石井
そうですね。ただやはりそこは強いモチベーションが必要なので、「筋トレをすればあと3年ぐらい余命が延びます」とか言うことができれば強い動機付けにもなると思います。そこがちゃんと言えるように、研究での裏付けが可能になればいいなと思います。

「筋トレしていなかったら、私は今生きていなかった」


がん治療における筋トレの有効性の裏付けが取れれば、筋トレの価値はまた一つステージが上がりますね。短絡的な言い方ですが、やっぱりいかなるときでも筋トレをきちんとやって筋肉を衰えさせない努力を続けていくことが、万が一病気になったときもプラスになると。それはまさに先生が実証されていますし。

石井
本当に筋トレをしていなかったら、私はおそらく今生きていなかったと思います(笑)。やっぱり筋肉がしっかり働いているということは、おそらく生命を活性化するある種の基盤になっていると言いますか。たぶん筋肉がいろんな物質を分泌していて、全身の活力に関係しているということだと思っています。


近代哲学における心身二元論の論考を今日たまたま読んでいたのですが、生命科学の点からも、心と体という二元論は脱構築されているのですね。以前先生から教えていただいたように、脳から筋肉へという指令系統ではなく、筋肉が脳に指令を出すという指令系統で考えると、体よりも心の優位性を唱える二元論は脱構築されているなと思います。

石井
筋肉だけじゃなく、例えば腸もそうですよね。近年、腸が脳に指令を送るということも分かってきました。心臓、それから腎臓・肝臓、全てがネットワークになっていて、そこで情報をやり取りして体が成り立っていると。その上で、万が一筋肉が萎縮すると全身のバランスが崩れちゃうんですね。免疫も下がるし衰弱もします。逆に筋肉をしっかり活性化することで全身のネットワークが機能して、活性が戻ってくる、そういうことなんだと思います。

女性アスリート専門の医療機関はもっと作るべき


第1号では私がたまたま出産直後だったこともあり、運動と出産についての話も伺っています。海外のアスリートは出産してもまた選手として戻ってきていて、でも当時の日本ではまだあまりそういう話を聞かなかったのですが、今は前よりも現場として女性の出産やライフイベントを踏まえた指導がなされているのかなとは思いますが。

石井
私は女性のスポーツが専門ではないので直接関わっているわけではないですが、女性のスポーツを専門にしている研究グループもあって、東大で言えば東大病院の婦人科の中に女性アスリート外来というのがあります。そこで専門のスタッフが女性アスリートの健康問題を診療しながら研究しています。実際には出産とかの問題よりどちらかというと月経周期の問題とか、骨粗しょう症の問題とかですよね。そこでいろんな問題を抱えているアスリートも多いので、適切な指導をするということはやっています。ただ、女性アスリート外来に類するものが、もう少し世の中の目立つところに存在する環境を作らないといけないのかなとは思います。

“痩せる”ことのデメリット


現在筋トレブームがあるとは言え、やっぱり痩せ信仰はいまだ根強いと私は思います。厚生労働省の2018年のデータでは、20代の女性の5人に1人がBMI値で「痩せ」にあたるそうです。痩せるという価値観ではなく、筋トレで体を作るという価値観が定着していけばいいなと思います。そこで先生から痩せることのデメリットについて伺いたいと思います。

石井
健康という観点から言うと、BMI値で17・5以下は明らかに死亡率が上がってきます。将来長く健康に生きるという観点から言っても、痩せ過ぎがよくないというデータはもうハッキリしているわけです。痩せ過ぎは自分の命を縮めるという見方を若いうちからしたほうがいいと思います。また昨年(2019年)論文が出たわりと新しい研究では平均年齢70歳の糖尿病の患者さんを対象に、太ももとかお尻、体幹のスロートレーニングを4ヵ月ほどやってもらったら筋肉の量が増えて、ヘモグロビンA1cとか、糖と結合したヘモグロビンが減りました。筋肉を増やしてあげれば糖尿病の状態もよくなるということになります。

糖は筋トレで処理する


筋肉で糖尿病まで改善されるのですね。

石井
糖尿病になってからどうというよりはもう前段階のうちから筋肉をしっかり維持して筋肉に血糖をさばいて、処理してもらうような状況にあれば糖尿病になるリスクも下がるということになります。


では、糖質オフで騒いで踊らされるよりはしっかり筋トレをして筋肉量を増やすほうのメリットが大きいようですね。

石井
体の中で血糖値が上がってしまった状態が長続きするとそれは体にとって非常に悪い状態になります。それを避けるためにも筋肉で糖を処理することが大切です。

 

石井 直方
1955年、東京都出身。東京大学大学院教授、理学博士。全日本ボディビル選手権優勝(81・83年)、アジアボディビル選手権優勝(82年)ほか、ボディビル競技での輝かしい実績を誇る。トレーニングをテーマに次々にベストセラーを世に送り出す“筋肉博士”。

森 弘子
ソライナ株式会社にて、プロテインや健康食品の企画・開発を行う。ボディフィットネスでは東京大会4連覇、2016年には8年ぶりに大会に復帰し、関東オープン・フィットネスビキニ163cm超級で優勝を飾る。

 

取材・文 長谷川亮
撮影  t.SAKUMA

Woman'sSHAPE vol.20 掲載

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佐藤奈々子選手
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