昨年は「勝っちゃった」。今年は、狙って掴んだ日本一の座だった。消防職員を辞め、進化を求めてやり切った1年間。日本選手権2連覇を果たした扇谷選手は、重圧から解放されて涙を流す一方、ステージで力を出し切れなかった悔しさも口にした。王者として背負ったもの、ライバルの存在、支えてくれた人たちへの思いを聞いた。
[初出:月刊ボディビルディング2026年12月号]

――まず、2連覇の率直な感想はいかがでしょうか。
扇谷 うれしいです。ただ、手放しでは喜べないというか。昨年は「勝っちゃった」みたいな感じで、今年は狙って優勝したいという思いで、この1年間、悔いなく全部やり切って調整してきたのですが、当日のパフォーマンスや張り感は100点ではありませんでした。ちょっと悔やまれる部分がありました。うれしい反面、もっといいものを見せられたのではないかと思います。観客席から送ってもらった写真を見たのですが、張り感や汗の出方が弱かったと感じています。
――優勝した瞬間の涙は、どういった涙だったのでしょうか。
扇谷 不安でしたし、こんな僕ですが、プレッシャーも感じていたんだと思います。重圧から、ちょっとですけど解放されたというか。僕はたかだか2連覇ですが、本当に相澤(隼人)君や鈴木雅さんはすごいと思います。
――この1年間で、チャンピオンとしての重圧を実感したのでしょうか。
扇谷 気づかないふりをしていましたけど、実際には、ここで負けたらもう日本一を名乗ることはできません。そういった不安もありましたし、いろいろなスポンサーの方にサポートをしていただいている中で、負けられないという気持ちもありました。迷惑をかけた妻にも、去年優勝して、今年は3位でした、2位でしたなんて言えません。金メダルをかけてあげたかったです。そういう重圧というか、不安はありました。
――昨年とは仕事の環境も違う中での1年だったと思います。
扇谷 他の人から見たら、(消防の)仕事も辞めたんだから優勝して当たり前、体が進化して当たり前と思われている中で、実際に体が進化していてよかったです。今日は仕上がり体重も92、93㎏で、筋肉量も増えています。コンディションも昨年よりいいです。ただ、もっといいものを見せたかったです。
――自分の理想に届かなかったというのは、どういうところにギャップがあったのでしょうか。
扇谷 トレーニング中に(筋肉が)張ってくる感覚。その感じが、ステージで出せませんでした。筋肉はミシミシきていて表情も出ているんですけど、うわっと力が出るものがないという感じです。
――食べる量や休息などが関係しているのでしょうか。
扇谷 量は結構入れていたんです。2日で餅を70個くらい、それに加えて寿司も入れていたんですけど、ちょっと足りなかったのかもしれません。水分の量も少なかったのかなとも思います。一度、食べたものと時間を見返して、考え直したいです。
――2位の刈川啓志郎選手、3位の寺山諒選手のことはどのくらい意識していたのでしょうか。
扇谷 刈川、寺山、渡部(史也)、彼らと戦うことになるだろうとは思っていました。自分の持っている最大限を出せたらいい成績を残せるかなと思っていたんですが、ポーズを取っていても思いのほか汗も出ないし、張ってこなかったので、不安もありました。
ただ、マッスルコントロールで力んだときにギチギチ感は出るので、質感というところでは一枚抜いていたかなと思います。バックポーズもそうですけど、そこは戦えていたと思います。
――最後のポーズダウンで刈川選手と2人になったときは、昨年の再現のようでした。
扇谷 「またお前かい」と(笑)。でも、刈川君が(ボディビルを)やり続ける限りは、一生ライバルです、ありがたいライバルですよね。ありがたい時代にボディビルができています。きついときは考えますよね。「あいつら、もっとやっているんだろう」と。
――2連覇を果たし、日本のボディビルを象徴する存在として、今後はどんな姿を見せていきたいですか。
扇谷 ボディビルに取り組む若い選手から「扇谷さんみたいになりたい」と憧れられるのは、本当にうれしいことですし、そういう人間になりたいと思います。その一方で、厳しい面も伝えたいです。ただボディビルに全振りすればいいわけではないですから。自分自身も、もっと強く、もっとムキムキでたくましい男になりたいです。
――今後、日本選手権の連覇に対しては、どう考えていますか。
扇谷 競技に出るとなると、少なからず入り込んでしまうので、妻にも迷惑をかけてしまいます。一度落ち着いて、今後どういうふうにボディビルと向き合っていくのかを考えたいです。
――最後に、奥様と支えてくれる皆様に一言お願いします。
扇谷 自分としては結構柔軟に、トレーニングも家族との時間もやっているつもりではいるんです。ただ、競技に出る人間が家にいて、減量していて、日本選手権が控えているという状況は、少なからずストレスを与えてしまっていると思います。おそらく今日も、妻のほうが僕より緊張していました。本当にありがとうと言いたいし、おいしいものを一緒に食べて恩返しがしたいです。
また、応援してくださったファンの方々の声は、本当に力になりました。両親にも、丈夫な体に産んでくれてありがとうと伝えたいです。トレーニングパートナーの美濃川(大)君には、もっといいものを見せてあげたかったなと思っています。
思うところはたくさんあるんですけど、ボディビルは1人ではできない競技です。感謝を伝えたい方はきりがありませんが、優勝という形で少しでも恩返しができたのなら、うれしいです。
取材・文:藤本かずまさ 撮影:中原義史










