JBBF選手 コンテスト

かつて「チャンピオン」だった元モデルが「覚悟」のコンテスト挑戦へ 「何が正しいか分からなくなった」厳しい現実

「上出来の結果だと思います。久々に決勝までいけて、めちゃくちゃうれしかったです」

9月1日に仙台で開催された、『日本クラシックフィジーク選手権』。メダルには手が届かなったものの、「4位」と記された賞状を手にし、彼は表情をほころばせた。かつて「チャンピオン」と呼ばれた男がバックステージで見せた、久しぶりの笑顔。メンズフィジークでオールジャパン選手権3連覇を成し遂げている、直野賀優(なおの・よしまさ/32)選手である。

【写真】直野賀優選手が魅せた「クラシカル」な筋肉

メンズフィジーク選手としての歯車が狂い始めたのは、昨年2023年。前年22年はオールジャパン選手権180cm超級で優勝を飾るも、23年8月のアジア選手権では4位という結果に。そして、続くオールジャパン選手権では3位となり王座から転落。2023年といえば、「前腕を含め腕が太すぎない」「胸が厚すぎない」など、メンズフィジークの審査基準が改めて示されて、多くの選手たちが翻弄された年でもある。メンズフィジークでは大型選手の部類に入る直野選手もまた、進むべき道を見失いかけていた。

「23年のアジア選手権から、次第に自信がなくなっていきました。僕としてはしっかりと絞り切った上で臨んだステージだったのですが、それでも結果は4位。これ以上、何をすればいいのか。精神的にも苦しかったです」

そして、背水の陣で挑んだ今年7月のスポルテックカップでは予選敗退。厳しい現実を突きつけられ、ただ茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。

「試合後には、ステージを見ていただいた方から仕上がりの面だったり(筋肉の)サイズ面だったり、多岐にわたるご指摘をいただきました。僕自身も結局は何が正しいのか、まったく分からなくなり、メンズフィジークという競技に対する考え方が何一つまとまらないという状況に陥ってしまいました」

そんな直野選手の背中を優しく押した人物がいる。23年にメンズフィジークからボディビル競技への転向を果たした久野圭一選手、岡典明選手である。2人は、かつてのライバルにメンズフィジーク以外にも進むべき道があることを説いた。

「そこでクラシックフィジークへの出場を勧めていただき、『よし、やってみるか』という気持ちになりました」

当初は1年ほどの準備期間を設けて、クラシックフィジークには来年に挑戦するつもりだったという。しかし、自身のYouTubeチャンネルを開設している直野選手。視聴者は、1年後まで待ってくれるのだろうか。

「ほとんどの方は、僕のことをフィットネス競技の競技者として認知してくださっています。そうした中で、競技をやっていない僕に興味を持ってくださる方はいるのだろうかと。予選落ちでもいいから、闘っている姿を見ていただくべきではないかと、そう考えました」

準備期間はわずか1カ月。しかし、闘っている姿を見せないことには己の価値はない。直野選手は競技者として、すべてをさらけ出す覚悟を決めた。

「時間がない中で、焦りやプレッシャーを感じることもありました。ここに至るまでは、苦しい思いもしました。ですが、このような(4位という)評価をいただけて、報われたと思います。今後への手応えを感じました」

未来につながる、価値ある「4位」。人は新たな道を模索するとき、その最初の一歩を踏み出す際には大きな勇気を要するものだ。しかし、その一歩がなければ、新たな道を切り拓くことはできない。

「もし、『やらない』という選択をしていたら、このように心が満たされることはなかったと思います。来年はもっと自分にとって厳しい選択をして、僕が本当にほしいものを手に入れたいです」

直野賀優選手

JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。

次ページ:直野賀優選手が魅せた「クラシカル」な筋肉

文:藤本かずまさ 撮影:中島康介

-JBBF選手, コンテスト
-,

次のページへ >




佐藤奈々子選手
佐藤奈々子選手