「優勝はゼッケン番号57番、長瀬陽子選手!」
その言葉が会場に響いた瞬間、長瀬陽子(ながせ・ようこ/48)選手は舞台の上で涙を流していた。
このシーンが見られたのは、9月13日(土)岩手県・盛岡市民ホールで開催された『オールジャパン・マスターズ フィットネスチャンピオンシップス』(以下、マスターズ)。
マスターズでは男子が40歳以上、女子が35歳以上の審査が行われた後に、各階級の壁を越えたオーバーオール審査が実施される。長瀬選手は「ビキニフィットネス45歳〜49歳 160cm超級」で7連覇、そしてオーバーオールは2連覇を達成した。
絶望の中、繰り返していた言葉
昨年のマスターズも階級とオーバーオールの2冠を達成し、さらに10月開催の『アーノルドクラシックヨーロッパ』でも金メダルを獲得。これを弾みに、12月開催の『IFBB世界フィットネス選手権大会』での勇姿も期待されたが結果は4位。
自身も多くの競技者を指導する立場のため、「4位」という結果に申し訳なさを感じていたようだ。「昨年の世界選手権では、不甲斐ない姿を見せてしまって……。ずっと絶望を感じていました」と、涙ながらに話す。
このときに、とある言葉をくれたのがボディビル競技歴30年の佐藤茂男選手だった。世界選手権のときに佐藤選手の眉毛のメイクをしたことがきっかけで、話すようになったという。
「深い絶望感の中、佐藤選手からこういった言葉をいただいたんです。『ボディビルディングは長距離走だ。ゴールや引退は自分で決めるもので、その道中には勝ったり負けたりドラマがある』と」
前世は修行僧、雑草魂で挑んだ1年
毎日、佐藤選手からもらった言葉を頭の中で繰り返していたという長瀬選手。何度も何度も言葉を噛み締めていくうちに、やっとマスターズの1週間前に「昨年の世界選手権で負けて良かった」と思えたそうだ。その理由は「引退していたかもしれない」から。
「アーノルドも世界選手権も優勝していたら、『もう48歳だから』と引退していたかもしれません。そして、本当はまだできるはずなのに『引退してしまった』と後悔したかもしれません。1週間前に、こう思えるようになったんです」
どこに聞きに行っても「前世は修行僧」だと言われるという長瀬選手。実家が寺院で「厳しい修行を重ねた祖父や叔父の精神が宿っているようで。これも宿命で、昨年から今年にかけての1年は修行だと思いました」と話す。
「よくダメにならなかったな、と思います。雑草魂じゃないですが、去年のどん底からこの1年修行をして、今日という良き日を迎えられました。オールジャパンの舞台に立つことができなかった生徒さんたちも、諦めないで来年チャレンジしてほしいです」
雑草魂を備えた修行僧ーー。世界の美魔女から出る言葉は意外なものだったが、そこには「這い上がる強さ」が感じられる。そして昨年の「価値ある負け」はさらに長瀬戦選手を輝かせてくれているようだった。
【JBBFアンチドーピング活動】JBBF(公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟)はJADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)と連携してドーピング検査を実施している日本のボディコンテスト団体で、JBBFに選手登録をする人はアンチドーピンク講習会を受講する義務があり、指名された場合にドーピング検査を受けなければならない。また、2023年からは、より多くの選手を検査するため連盟主導で簡易ドーピング検査を実施している。
取材・文:小笠拡子 撮影:中原義史
小笠拡子(おがさ・ひろこ)
ボディビルにハマり、毎年筋肉鑑賞への課金が止ま
らない地方在住のフリーランスライター。IRONMAN・月刊ボディビルディング・Woman’s SHAPEなどで執筆・編集活動を行う。筋肉は見る専門で、毎月コツコツ筋肉鑑賞貯金をしている。
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