バルクアップ

【特別寄稿】 米大リーグのスター選手マグワイアのドーピング論争時に故・石井直方が遺した提言 ―杉浦克己教授が綴る

石井直方先生が生前に深く関わりのあった立教大学・杉浦克己教授。今回、ドーピング特集に際して石井先生が遺したドーピングに関する提言を特別に綴っていただいた。

[初出:IRONMAN2024年12月号]

私は、石井直方先生の高校の後輩であり、東大大学院時代には博士論文の審査員をお願いしたご縁もあり、今日に至るまでたいへんお世話になった者です。
前職の明治製菓に勤務していた1999年に取材(※1)を兼ねて、石井先生にドーピングに関する見解を伺ったことがあります。

当時は、米大リーグのスター選手マグワイアのドーピング論争が起こっていたのです。
1998年のシーズン終盤に、カージナルスのマーク・マグワイア(34)とカブスのサミー・ソーサ(29)は本塁打王を争っていました。結果は、マグワイアが70本で当時の新記録を樹立、2位のソーサも66本という大記録をつくりました。しかし、その後にソーサはクレアチンのサプリメントを使っていることが分かりましたが、マグワイアはクレアチンに加えてアンドロステンジオンを使用していたことが判明しました。

アンドロステンジオンは、国際オリンピック委員会ではすでにタンパク同化薬として禁止物質に分類されていました。同じ1998年に、陸上競技・砲丸投げのアトランタ五輪金メダリストであったランディー・バーンズが、アンドロステンジオン使用により競技資格を永久にはく奪されています。
しかし、大リーグでは禁止の規定もなく、コミッショナーのバド・セリグと選手組合会長のドン・フェールは、「マグワイアの偉業は、彼がアンドロステンジオンを使っているからといって、曇らされることがあってはならない」という共同声明を出しました。

実際、アンドロステンジオンはドラッグストアで入手できたので、マグワイアの影響で売上が倍増しました。そのため、のちのIOC会長になるジャック・ロゲは医師の立場からも大リーグを批判し、世界的に論争が巻き起こったのです(※2)。このとき、大リーグのセリグ・コミッショナーはアンドロステンジオンの安全性を立証するようにハーバード大学にも働きかけていました。

そこで、石井先生に見解を伺いました。その内容を以下に要約します。

「世の中はドーピングを過小評価している。選手としての経験から言えば、ドーピングをしているかしていないかで、天国と地獄ほどの開きがある。特に競技のレベルが上がれば上がるほど微妙な差が勝敗を分けるので、その傾向が顕著である。

金メダルと地方予選敗退、そのぐらい圧倒的な差が出る。

プロスポーツ界で、勝ちたいあるいは勝たねばならない立場になると、使っている選手に対抗するためには使わざるを得ない。そんな現状になってきている。それがコマーシャリズムの影響を受けたアマチュア界にも影響を及ぼし、人道的に根が深い問題となってしまった。

マグワイアの使っていたアンドロステンジオンはれっきとしたホルモン剤である。私の立場から言えば、マグワイアの場合は紛れもなくドーピング。米国野球界は禁止薬物に指定しないと常識を疑われるだろう。

プロスポーツの場合、自分の健康であり、自分の責任で薬を使って良いものを見せて人気を上げるのは勝手じゃないかとの考えもある。しかし、本人の健康より、トップアスリートが使用すると、彼に憧れている子どもが影響を受け、真似して使う可能性も高い。トップアスリートにはそういった社会的な責任があるので、プロ・アマ問わず、ドーピングに関してはクリーンにしなければならない。ドーピングは将来のスポーツを滅亡させる大きな要素であると言える。

科学者の立場で言えば、アナボリックステロイドなどのドーピングは幼稚な原始的な段階で、現在の科学が本気になれば、もっとすごい、例えば遺伝子の段階で作り替えるといったことも理論的には可能である。その方向にエスカレートすれば、まさしくスポーツは滅びるだろう。

スポーツ界は危機意識を持って、人間の知性で抑制をかけていかねばならない。まずはトップアスリートが自己規制してスポーツ界をクリーンしていかなければならない

このように、ボディビルを競技スポーツとして捉えて打ち込まれ、ルールに則って身体づくりをいかに最大化するかを追求しておられた石井先生にとって、ドーピングは許せないものでしたし、研究者としては現在のゲノム編集技術など遺伝子ドーピングの実現についても危惧しておられました。その後も、スロートレーニングや加圧トレーニングなどの数々の研究をなさり、JFBBでは指導委員長を務められて正しいボディビルを指導・普及なさいました。
その先生のゆるぎない信念を、残された我々は継承していかねばならないと思います。

文:杉浦克己 写真:徳江正之

【参考文献】
(※1)月刊タッチダウンPRO『PENTA』1999年3月増刊号, 14-16.
(※2)Wilson S: U.S. assails IOC. The Washington Post, Feb 2, 1999.

すぎうら・かつみ

1957年、東京都出身。東京大学大学院博士課程(身体運動科学)修了、博士(学術)。立教大学スポーツウエルネス学部特別専任教授。専門はスポーツ栄養学。JATI参与。

本記事を掲載している『IRONMAN 2024年12月号』のご購入はamazonが便利です!

-バルクアップ
-, , , , , , , , ,


おすすめトピック



佐藤奈々子選手
佐藤奈々子選手