2025年5月、富山県で開催された全日本パワーリフティング選手権大会「エクイップ部門」でスクワット330㎏ を挙上し、6年ぶりの自己ベスト更新を果たした荒川孝行。さらに本大会で出場した男子93㎏ 級ではトータル重量845㎏ (スクワット330㎏ 、ベンチプレス225㎏ 、デッドリフト290㎏ )と、一般の部で2位に食い込んだ。近年は膝の怪我、心筋梗塞と2度の大手術を経験したにも関わらず、今なお記録向上を続ける秘密に迫る。
取材・文:池田光咲 撮影:舟橋賢 Web構成:中村聡美
━━2025年5月に開催された全日本パワーリフティング選手権大会「エクイップ部門」では、スクワットで330㎏を挙上されました。47歳にして自己ベスト更新を果たした荒川選手にこれまでの選手生活を振り返っていただきたいです。
荒川 競技を始めてから約30年が経ちますが、ここまで続けてこられたのは、本当に多くの方々の支えがあったからこそだと感じています。2020年には膝の手術、そして翌年には心筋梗塞による心臓の手術と、思いがけない出来事が続きました。その影響で競技からは約3年ほど離れる期間もありましたが、今振り返れば、それもまた大切な時間だったように思います。プライベートでもいろいろあり、少ししんどい時期もありましたが、そうした経験も含めて、今の自分をつくってくれたと感じています。こうして再び競技の場に立てていることに、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
━━最後に自己ベストを記録したのは?
荒川 最後の自己ベストは2019年のドバイでの世界選手権でのスクワット327.5㎏です。今回トータルではあと7.5㎏、自己ベスト記録に届かず悔しい気持ちが強いですが、スクワットでわずか2.5㎏ではありますが、6年ぶりに自分のベストを出せたのは良かったです。あとこの場を借りて、この10年、毎年全日本選手権でセコンドとして支えてくれている西川洋祐さん(ゴールドジム浦安千葉店トレーナー)に、心から感謝を伝えたいです。いつも本当にありがとうございます。
若くて強い選手たちの意見に素直に耳を傾ける
━━度重なる大手術に加え、3年間の休養ともなると、復帰当初は扱う重量もかなり落ちたと想像します。そのなかでも自己ベストを再び叩き出すことができた要因はどのように分析していますか。
荒川 ここまで続けてこられた要因は、大きく2つあると感じています。1つ目は、若くて強い選手たちの意見に素直に耳を傾けてきたこと。2つ目は、コンディショニングの強化にしっかり取り組んできたことです。もともとトレーニングマニアなので、強い選手のやり方を観察したり、映像を見たりして学ぶのは自然な習慣でした。今はSNSで世界中の選手とつながれる時代。若手や国内外のトップ選手からヒントを得て、日々、自分のトレーニングやコンディショニングも見直すようにしています。
━━多くの情報を得やすい時代は便利である反面、取捨選択の難しさも感じます。
荒川 私は取捨選択がうまいタイプだと思っています。というのも、これまでの競技生活で数えきれないほど自分を実験台にして試行錯誤を繰り返してきたためです。自分に合うものと合わないものの判別がある程度分かるようになったというイメージですね。でもたまに間違いますけどね(笑)。
━━実際に荒川選手が参考にしてプラスになったと感じた選手を教えてください。
荒川 男子66㎏級の牛山恭太選手のアイアンマン誌の連載記事や、男子120㎏級の山川太希選手のアドバイスは直近で参考になった例です。後ほど別ページで紹介するヒップエアプレーンという種目は山川選手に試合会場で聞いて取り入れるようになった種目です。ワールドゲームズ優勝の佐竹優典選手には頻繁にLINEで質問しまくっているので、そのうちブロックされてしまうかもしれません(笑)。ボディビル元世界チャンピオンの鈴木雅さんに助言を求めることもあります。
━━ボディビル的な要素がパワーリフティングにもつながると考えていますか?
荒川 つながるものはあると思います。実は心臓の手術後にトレーニングを再開したくても、医師から「力んではいけないよ」と言われていた時期があって。それをきっかけに、なるべく力まずにパワーを出す方法として着目したのが「自然な呼吸」でした。鈴木雅さんからは呼吸に対する考え方や、具体的な方法を教えていただきました。コンディショニンググッズとして愛用しているナボソ商品も鈴木選手から教えてもらったのが使用を始めたきっかけです。
練習前は40分かけてコンディショニングを行う
━━コンディショニンググッズのお話が出ましたが、今回の自己ベストの要因の2つ目にも挙げられていたのがコンディショニングの強化。以前からコンディショニングには力を入れていたのでしょうか。
荒川 比較的、若いころから積極的に取り組んでいた方だと思います。今は1回あたり40分ほどの時間をかけています。ただ、内容は年齢とともに変化していきました。
━━具体的にはどのような変化が?
荒川 若いころは身体のほぐしをメインとした種目でした。怪我を防ぐため、あえて副交感神経が優位になるようなメニュー構成でした。ストレッチポールを活用したエクササイズは皆さんもイメージがしやすいのではないでしょうか。しかし現在は身体の動きを出すことにフォーカスをしています。筋肉をほぐすというより、可動域の向上や、力を入れるための準備としてコンディショニングを捉えています。また、練習後にも15分ほど身体を整える時間を設けるようにもなりました。
━━年齢に応じてコンディショニングメニューを変化させた狙いは?
荒川 身体の硬さや、理想の動きを出すまでにかかる時間などは年齢に抗えないと実感したからです。私は22歳ごろから一気に身体の変化を感じ始めました。自分の身体の状態を客観的に把握し、そのときの自分に合ったコンディショニングを行う柔軟性は、長く競技を続ける上で大切なことの一つだと考えています。
━━メニュー内容は変化しても、練習前のコンディショニングにかける時間は40分程度と時間を決めている理由はありますか。
荒川 時間をかけようと思えばいくらでもできますが、40分という時間のリミットは試合を想定しています。検量後、バーベルを扱うウォーミングアップの時間も考慮するとコンディショニングにかけられるのは40分が限度です。そのため、日頃の練習からコンディショニングは必ず40分以内に収めるようにしています。ただし週1日、コンディショニングのみを行う日は設けています。
━━練習前のコンディショニングと変化するポイントはありますか。
荒川 40分以上かかっても気にしないことです。この日は練習のオフ日に設定しているため、いつも以上に丁寧かつリラックスした状態で行うことができています。
膝・股関節・呼吸の3つを軸に全身の動きを出していく―
━━日頃のコンディショニングにおいて特に力を入れてほぐしている部位はありますか。
荒川 全身をバランスよくほぐすようにしていますが、膝を痛めていることもあり、膝まわりと股関節は特に時間をかけてケアしています。それに加えて、呼吸も意識して取り組んでいる大事なポイントです。膝・股関節・呼吸の3つは、どれも自分のパフォーマンスに直結する要素だと感じています。呼吸のエクササイズは時間がかかるため、寝る前に行うことが多いです。ウォームアップの40分間では動作をメインにしつつ、「呼吸も意識しよう」くらいの感覚で取り組んでいます。また、呼吸はトレーニング中よりも、インターバルの合間など落ち着いたタイミングで特に意識を向けるようにしています。
━━怪我や心臓の手術を経験されて以降、練習メニューや取り組み方に変化はありましたか。
荒川 先述した通り、1つは呼吸。さらに、フォームは骨格に合うような自然な軌道をより意識するようになりました。信じられないかもしれませんが、しっかりと骨格に沿った動きができれば、高重量でもボトム位置が最も楽に感じるほど、不思議な感覚になります。スクワットのみならず、ベンチプレスでもボトム位置が休憩ポジションのように感じられるようになります。
━━早くからコンディショニングの重要性に気づき、継続をしてきた荒川選手ですが、その大切さに気づくきっかけは何だったのでしょうか。
荒川 トレーニング初期に出会った多くの先生方の影響だと思います。初めて入会したジムのパワーハウスウェイトトレーニングクラブの方達が丁寧に教えてくれたのはかなり大きかったと思います。IPF(国際パワーリフティング連盟)殿堂入りも果たした三土手大介さんや、当時のジムのオーナーで現在はパラ・パワーリフティングに関わっておられる吉田進さん・寿子さんご夫妻が当時としては珍しかったピリオダイゼーションを用いたプログラミングや、コンディショニングのやり方などを右も左もわからない初心者の私に細かく教えてくださいました。またジム外では鈴木俊敬先生(鈴木コンディショニングラボ主宰)にも20年以上前から自分の身体を診ていただいており、効率的な身体の使い方やケアの方法を教わり続けています。
コンディショニングを怠って衰退していく選手を多く見てきた
━━長く好成績を収めてきた選手の強さの秘訣はコンディショニングに隠されていると?
荒川 これまで自分も多くの方からコンディショニングの大切さを教わってきました。ただ、同じように学んでも、それを実践しない選手も意外と多く、中には「ストレッチ?そんなの意味ねえよ!」なんて言う人もいました。でも、そういう選手ほどパフォーマンスが急に落ちていくのを何度も見てきました。ちなみに昔の自分はというと、教わったことは素直にやる〝良い子〞だったと思います(笑)。強い選手には、それぞれしっかりした理由があると感じています。フォームや才能ももちろん大切ですが、日々のストレッチやケアといったコンディショニングの積み重ねこそ、競技を長く続ける上での土台になるのではないかと思います。
━━ご自身の目で強い選手も衰退していく選手も数多く見てきたからこそのお話は、説得力がありますね。
荒川 ただなんとなくトレーニングをこなしていたり、自分の実力を過信していたりすると、それ以上の成長はなかなか難しいなとつくづく感じています。これまでのキャリアや実績にとらわれず、今、目の前で結果を出している選手から学ぶ姿勢はすごく大切だと思っています。むしろ長く競技を続けてきたからこそ、変なプライドを持たずに、素直に良いものを吸収していけるような姿勢でいたいですね。私より強い選手はたくさんいますので。
━━それでは最後に、荒川選手がコンディショニングによって得られた恩恵を改めて教えてください。
荒川 強くなるためには、プログラムやフォーム、栄養など多くの要素がうまく噛み合うことが欠かせません。その中で、コンディショニングはそれらをつなぐ〝潤滑油〞のような役割を果たしていると感じています。もしコンディショニングがなければ、それぞれの要素がバラバラになり、記録向上の近道にはなりづらい。そう実感しています。40代後半で自己ベストを更新できたのは、自分でも驚きでした。長く強くありたいと願う方ほど、日々のケアや身体づくりにしっかり目を向けてほしいと思います。
私自身、まだまだ挑戦の途中。全盛期はこれからだと本気で思っています。
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あらかわ・たかゆき
1978年3月15日生まれ。東京都出身。ゴールドジムアドバンストレーナー。パワーリフティング競技歴29年のベテラン。全日本パワーリフティング選手権(エクイップ)93㎏ 級優勝6回(2007(105㎏級)、2012~14、2017、2022)、世界選手権93㎏ 級7位(2017)など好成績を残している。自己ベスト(エクイップ)はスクワット330㎏ 、ベンチプレス240㎏ 、デッドリフト315㎏ 、トータル852.5㎏ 。