フィットネス HYROX

産後一年、そして第二子妊娠――“諦めることに慣れていた私”が挑んだHYROX【HYROX WARRIORS no.26】

世界的に話題のフィットネスレース「HYROX(※)」で活躍する選手に迫るコーナー。第26回は、フィットネストレーナーの林花奈(はやし・かな/27)さんを紹介する。

※「HYROX(ハイロックス)」とは、ランニングとフィットネス種目を組み合わせた新しいスタイルの競技。1kmのランニングと、8種目のファンクショナルトレーニング(機能的全身運動)を交互に繰り返すことで、筋力や持久力だけではなく、さまざまなフィットネスに関する能力が問われる。

【写真】夫と3人でゴールを駆け抜けた笑顔の林さん

林花奈さん

産後、そして妊娠中でも挑んだ理由

妊娠、出産、育児―

ライフステージの変化は、多くの人にとって自分の可能性に蓋をしてしまうきっかけにもなり得る。

しかし、2026年1月31日、大阪で開催されたHYROXの舞台に、その固定概念を覆す挑戦があった。

林さんは第一子の出産から約1年という節目に、目標として大会出場を決意する。しかしエントリー直後、第二子の妊娠が発覚。つわりにより思うようにトレーニングができない日々が続き、“本当に出場していいのか”という葛藤と向き合うことになる。

「そのような状況で過酷なレースに出場すること自体、賛否両論あることは百も承知でしたが、ありがたいことに私の周りには夫をはじめ、背中を押してくれる人がたくさんいました」

単なる競技の記録以上に、『今の自分にできる範囲で挑戦したい』という想いが、出場への決断を後押しした。

制約の中で見つけた“自分なりの戦い方”

2024年12月、第一子を出産。待望の我が子との生活は幸せに満ちていたが、それまで大切にしてきた“トレーニングに打ち込む自分”とは、一時的なお別れを余儀なくされた。

2025年8月に開催されたHYROX横浜大会では、仲間が汗を流して輝いている姿を横目に、当時の林さんはまだ戻りきらない体力と、育児に追われる日々の中にいた。

『みんな楽しそうで、頑張っていて羨ましい』

「出産を終えてやっと体力が戻りつつある状態でしたが、ありがたいことに2人目を授かりました」

「レース当日は16週の安定期でしたが、それまでは悪阻の毎日で、運動など考える余裕はありませんでした。そんな体調面での不安を抱えながらの挑戦でしたが、夫とのミックスダブルスという選択が大きな支えでした」

『辛い種目は夫に任せる』

その割り切った気持ちこそが、自分にできる範囲に集中する戦い方を確立させた。8種目のワークアウトは、分担が可能。そのルールをしっかりと理解した上で出場を決めた。

それでも、全8kmに及ぶランニングは避けられない。お腹の赤ちゃんに負担をかけないようフォームを調整しながら走ることで、身体には想像以上の負担がかかった。

「ゴールまであと少しというところで本当に心が折れそうになりましたが、ここまで頑張った時間がフラッシュバックして諦めることができませんでした」

「前を走る夫の背中を見て、本当は全力で楽しんでもっと早く走りたいだろうなと感じて、申し訳なさが込み上げてくることもありました」

制限時間がないから歩いても良いというルールの優しさと、パートナーの静かな献身が、止まりかけた脚を何度も前に進めてくれた。

実家で待つ第一子も、慣れない環境で頑張っているはず。「早く帰って抱きしめたい」という気持ちが、最後の一歩を支えた。

完走の先にあった自信とHYROXの魅力

結果以上に大きかったのは、「やり切れた」という実感だった。出産以降、多くのことを諦めることに慣れていた中で、ひとつの目標に向かい、最後まで辿り着けた経験は大きな自信となった。

「HYROXの会場には、トップアスリートだけでなく運動初心者や、さまざまな背景をもつ人たちが自分の限界に挑戦していました。この競技の素晴らしさは、自分のレベルに合わせて、無理のない範囲でチャレンジできる『懐の深さ』だと思います」

“過酷なフィットネスレース”と言われるが、人それぞれの限界にレースが合わせてくれる。速くなくてもいい、完璧でなくてもいい。それぞれのペースでゴールを目指すプロセスそのものに価値がある——それがHYROXという競技の本質だ。

「私の今回の挑戦は、ここで一区切りです。妊娠中にできることは、すべてやり切りました。次の目標は、無事に出産を迎えること。 そしていつか、体力が完全に戻った時には、何の制約も考えず、自分自身の全力でがむしゃらに駆け抜ける。そんな新しいチャレンジを楽しみに、今は穏やかな日々を過ごしています」

人生には、思い通りにいかない時期や、立ち止まらざるを得ない瞬間がある。それでも、自分なりの形で一歩を踏み出せば、その経験は確かな自信として残る。

完璧じゃなくていい。

「今の自分でもできることがある」―そう思えた瞬間、誰にとっても新しいスタートはすでに始まっている。

次ページ:夫と3人でゴールを駆け抜けた笑顔の林さん

文:林健太 写真提供:林花奈

執筆者:林健太
パーソナルトレーナー、専門学校講師、ライティングなど幅広く活動するマルチフィットネストレーナー。HYROX横浜はシングルプロ、大阪はミックスダブルスで出場。

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