
デッドリフト第1試技で287.5㎏を成功させ、ノーギア66㎏級の世界記録を更新した。さらにこのあとの第2試技で300㎏を成功させてトータル725㎏の世界新記録を樹立
2024年12月にウズベキスタンで開催されたアジアクラシックパワーリフティング選手権大会に出場し、トータル重量725㎏で世界新記録を樹立した牛山恭太選手。
年齢区分のないオープンカテゴリーにおけるトータル重量の世界新記録樹立は、クラシックで日本人史上初の快挙であり、その存在はまさに『若き日本クラシックパワー界のパイオニア』といえる。
そこで今回は、2024年3月に開催された国内大会で敗北を喫した牛山選手が、1年足らずで世界記録保持者の座に登り詰めた大逆転劇に密着する。
取材・文:池田光咲 写真提供:牛山恭太
―――優勝おめでとうございます。今回の勝因はどのように分析していますか?
牛山 2023年10月ごろから抱えていた左殿部の痛みが解消されたことが大きな勝因であると考えています。
―――左殿部の痛みはパワーリフティングにどれほどの影響を?
牛山 最も悪影響を及ぼしていた種目はスクワットです。しゃがみ動作でボトムに近づくほど強い痛みを感じていました。さらには、切り返しの瞬間やスティッキングポイントを抜ける瞬間にも急な痛みに襲われることがありましたね。厄介なのが、その日によって痛みを感じるタイミングが変化すること。満足に練習ができるようになったのはアジア大会直前の3カ月です。
―――どのような方法で殿部の痛みを解消したのでしょうか?
牛山 私が抱えていた痛みは神経痛によるものでした。セルフケアで患部のストレッチなどを行うこともできましたが、期待のできる症状改善は一時的なもの。このような対症療法では完治につながりません。そこで、2024年9月中旬から根本治療の手段として始めたのがピラティスでした。
―――通院やリハビリ施設の利用など、様々な治療の手段がある中でピラティスを選択した理由を教えてください。
牛山 私が教えを乞いたピラティスの先生は骨の操作を非常に重視していて、自由自在に身体を操るスキルを習得することで、殿部の痛みの治療にもつながる可能性を感じたため、ピラティスの導入を決意しました。
―――ピラティスを通して得られた、新しい気づきはありましたか?
牛山 想像以上に身体の左右差があったということです。殿部の痛みは左側に集中していたため、バランスが均等ではないことは薄々勘付いていましたが、その差を競技中に感じたことは正直ありませんでした。しかし、ピラティスの先生と取り組んだ様々なチェックを通して、左下半身の力が抜けやすくなっていることに気づいたのです。
―――左右差に気づいたことで、コンディショニングという観点でのゴールは定まりましたか?
牛山 人間の身体の左右差を完全に解消することは難しいですが、限りなくフラットな状態にすることを目標にしました。左足も右足と同じくらい踏み込めるようワークを積んだ結果、徐々に痛みも解消していきました。
―――パワーリフティングにおけるパフォーマンスも向上した?
牛山 痛みの解消は、不安のない動作とクオリティを高めてくれたと感じています。まさに相乗効果ですね。
―――ピラティスは怪我へのアプローチだけでなく、パフォーマンス向上にも一役買ったのですね。
牛山 間違いありません。日頃の練習メニューに大幅な変更を加えずしてここまで成長しましたから。動きの質が高まることで、パフォーマンスにも変化が生まれたのだと思います。ただ、ピラティスによる身体のバランス改善の影響により、見かけには現れていないものの、自分の中で感じる感覚の変化はありました。
―――それでは、ピラティスで得られたスキルを教えてください。
牛山 骨盤から背骨にかかる体幹部の動かし方は圧倒的に上達しました。例えば、「キャット&ドッグ」という背中を動かすエクササイズ。これまでは丁寧に取り組んでいた〝つもり〞なだけであって、実際には雑に動かしてしまっていたことにピラティスを通して気付きました。このエクササイズで養われるのが、骨盤・腰椎・胸椎・頚椎、それぞれを順番に動かすスキル。これにより、反る・丸める・回旋・側屈といった体幹部の動かし方の上達にも至ったのです。

ピラティスを取り入れたことによる記録向上要因の一例。『キャット&ドッグ』という背中を動かすエクササイズが全試技に好影響をもたらしたという。
―――体幹部の動かし方の上達は、パワーリフティングにどのような恩恵をもたらしたのですか?
牛山 スクワットやデッドリフトにおける『バーベルを骨で支える感覚』をより強く感じられるようになりました。これまで以上に、楽にバーベルを扱えるポジションを見つけることができたのです。これにより、スクワットでは、しゃがんでも力が抜けない状態をキープできるようになりました。体幹部の操作は私にとって大きな動作改革を促してくれたと断言します。
―――バーベルを骨で支えられるようになったことで、痛めていた殿部への負担も軽減しましたか?
牛山 軽減を飛び越え、痛みを感じなくなりました。これは、動作時の歪みがなくなり、身体のつながりが以前に増して高まったためです。身体のバランスがフラットになったことで、それまで左殿部に集中していた負担が大幅に軽減されたのだと思います。ピラティスは殿部の怪我を対症療法ではなく、根本的な完治へと導いてくれました。
―――今大会では全種目バランスよく挙上重量が上がった印象を受けました。身体の歪みが解消されて以降、それぞれの種目でどのような感覚の変化が生まれたのですか?
牛山 スクワットでは体幹部のポジション作りが改善されたことに加え、腹圧を高める技術向上も果たしたことで、軌道を確認しながらボトムを迎える余裕が生まれるようになりました。正直これまでは、ボトム付近になると勢い任せでしゃがんでいて。このフォームが一概に悪かった訳ではないのですが、力が抜けやすく、安定性に欠けるフォームではあったのです。しかし、今回のフォーム改革が功を奏し、今大会でのスクワットは過去最大の安定感を得ることができました。

スクワットは3試技すべて成功。247.5㎏のトップの成績
―――ベンチプレスについてはいかがでしょう。
牛山 ベンチプレスでは、よりつながりのあるブリッジが組めるようになりました。私の現在のベンチプレスにおけるテーマは『足裏から首裏にかけた〝長いブリッジ〞の構築』です。このフォームのポイントは股関節をしっかりと伸ばし、全身でブリッジを組むこと。股関節が伸びきっていないと、足裏ではなく殿部から首裏にかけた〝短いブリッジ〞となってしまいます。胸から腰までバランス良く反らすことで、身体へのストレスを分散させたブリッジを形成。さらには足裏からのパワーが上半身に伝わることで胸郭が立ち、バーベルを押しやすいフォームが構築されるのです。

ベンチプレスも3試技すべて成功。177.5㎏で2位に対して25㎏差を付ける強さをみせた
―――第3試技では世界新記録にも挑戦をしたデッドリフト。その手応えは?
牛山 今回のデッドリフトのテーマは『ファーストプルからセカンドプル移行時の隔たりをなくし、つながりのある動きにすること』でした。というのも、これまでの私の弱点は高重量になるとお尻が先行して動いてしまうこと。これにより、グリップアウトもしくは返しの甘さで失敗試技という結末を繰り返してきました。しかし、ピラティスで体幹部を動かすスキルが上達したことにより、動きの分節ができるようになったのです。
―――動きの分節とはどのような状態を指すのでしょう。
牛山 運動連鎖の理論上、骨盤が前傾をすると大腿骨は内旋し、脊柱は伸展方向に動きます。しかし私は、自分にとってベストなポジションでバーベルを引くため、あえて運動連鎖の理論に逆らう動作スキルを磨いたのです。具体的には、骨盤が前傾しても大腿骨は外旋させ、体幹部が伸展しすぎないポジション作り。一つひとつの骨を分けて動かすことで、高重量でもお尻のポジションがぶれず、フィニッシュまでを想定したフォームが完成しました。
―――本番でも理想の動きはできましたか?
牛山 もちろんです。新フォームになってからは、バーベルが床から少しでも浮けば最後まで返し切れるという大きな自信を持てるようになりました。今大会のデットリフト第3試技は308㎏に挑戦したものの、1ミリも浮かずに終了。つまり、良い骨のポジションが守れた中での失敗であったため、これまでの競技人生で最も良い失敗であったと手応えを感じています。
―――それぞれの種目でフォーム変更が行われていたのですね。短期間で新フォームを定着させるためには、どのような練習を積まれてきたのでしょうか?
牛山 通常のスクワットは週1日程度しか行いませんでした。それ以外はボトム付近で静止をするポーズスクワット。もしくは、ゆっくりとした動作で行うテンポスクワットを中心に取り組んできました。これまでもバリエーション種目は行っていましたが、ここに割く時間を格段に増やしましたね。どんな種目でも下ろしへのこだわりは徹底的に意識していました。ベンチプレスにおいても、胸で2〜3秒ほど止めるロングポーズベンチプレスを積極的に取り入れましたね。これは、ボトムでもブリッジのテンションを抜かないためのトレーニング。良いポジションで最大出力を発揮するために行いました。
―――得意のデッドリフトはかなり力を入れたのでは?
牛山 ゆっくりとした動作で行うテンポデッドリフトをやり込みました。特に意識を強めたのが挙上時のスピード感。ゆっくりとした動作で地面をしっかりと踏み込み、バーベルが浮き始める瞬間のお尻のポジションや肩の脱力感、フィニッシュを想定した動きができているかを確認し続けていました。デッドリフトは週2日の頻度で取り組み、通常スタイルで行う日とバリエーション種目の日で分割。ただ、デッドリフトの練習日以外でも120㎏程度の低重量でテンポデッドリフトを行い、とにかくデッドリフトに触れる機会を増やしました。最終的には週4日程度は行っていたと思います。
―――やはり、それほど行わないと短期間でのフォーム修正は難しかったのでしょうか?
牛山 高重量になるほど、これまでの身体に染み付いたフォームは出現しやすくなると思います。だからこそ私はあえて、メインのデッドリフトを行う前日にフォーム練習を行い、良いイメージを頭と身体に擦り込みました。
―――試合直前のフォーム変更に不安要素は?
牛山 今回はどの種目も大会直前の3カ月でフォーム変更を行いました。9月の時点では正直、「このままでアジア大会は大丈夫だろうか」と不安に感じていました。でも、ピラティスによる怪我の克服とパフォーマンスの向上により、大会2週間前には世界記録更新に大きな自信を持てていました。強くなるヒントはどこに隠されているか分からない。少なくとも私が今回、世界記録を更新できた要因はピラティスに違いありません。

2023年1月に入籍し、長年競技を支えている奥さんの貴子さんと。ウズベキスタンで世界新記録樹立の喜びを分かち合った
うしやま・きょうた
1997年8月10日生まれ。北海道音更町出身。身長168㎝。パワーリフティングノーギア66㎏級トータル&デッドリフト世界記録保持者。パワーリフティングを広めるべくYouTubeチャンネル「パワーチューブ」を開設。公式記録(ノーギア):スクワット247.5㎏、ベンチプレス177.5㎏、デッドリフト300㎏、トータル725㎏
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