打撃も寝技もあるMMA(総合格闘技)で17年のキャリアを持つ杉山しずか(すぎやま・しずか/38)さん。昨年は格闘技での王座獲得と、ボディコンテスト日本一を目標に掲げ、格闘技では老舗団体パンクラスでフライ級(-56.7kg)のベルトを奪取。初挑戦のベストボディ・ジャパンでも日本大会に進出し、見事フィットネスモデル部門レディースクラス(35~49歳)で日本一に。その尽きない原動力を探る。
[初出:Woman'sSHAPE vol.29]
みんな、人と違う才能がある。私にもそれがあるなら、使い切りたい

昨年7月21日、第1ラウンド早々に関節技を完璧に極め、老舗団体パンクラスのフライ級(-56.7㎏)新女王に。このときすでにボディメイクも開始していた
格闘技って痛そうでイヤだな
抵抗感を「好き」が超越した瞬間
━━日本を代表する女子MMAファイターの杉山選手。まずスポーツ歴や格闘技を始めたきっかけから教えていただけますか。
杉山 小学校から高校までバレーボールをやっていましたが、大学では特に何かスポーツに取り組むこともなくて。それまでは部活で1日が回っているような生活を送っていたこともあって、燃え尽き症候群の状態になってしまったんですね。
━━バレーを続けるための大学進学ではなかったんですね。
杉山 体育の先生になりたくて東海大学の体育学部に入りました。でも、大学では柔道やバレーのエキスパートたちが毎日、懸命に競技に打ち込んでいて。それでモヤモヤしていたというか、ちょっと劣等感を抱いている自分がいたんですよね。そんな頃、体育の実技で柔道を学ぶ必要があり、自宅近くの道場に通い始めました。柔道的な組み技の要素はあるものの、入ってからそこが空手の道場と知ったんですが(苦笑)。
━━柔道で五輪メダリストを輩出する東海大出身と伺っていたので、てっきり幼少期からの柔道エリートかと思っていました。
杉山 本当に何もないんです、格闘技のベースは。18歳で禅道会に入門して、初めて人とくっつくようなコンタクトスポーツをやってみて『ちょっとイヤだな』って(笑)。だから、なかなかうまくならなかったです。

正面から相手の首を締め上げるニンジャチョークで貫禄の一本勝ちを収めた杉山はマイクで「若くて勢いのある選手とやれて本当に感謝しています。まだまだ越えられない壁になれてよかったです」と語った
━━禅道会は打撃あり、寝技ありのMMAルールを早くから採り入れた団体として知られています。パンチや蹴りへの怖さはなかった?
杉山 『殴られるのって怖くないですか、痛くないですか』と聞かれたら、今は格闘技をスポーツととらえているので『殴られないように相手に組みつくし、殴られる前に殴るから大丈夫』と答えます。バスケットボールの選手で『人とぶつかるからイヤだ』という人はあまりいないですよね。そんなイメージでやっているんだよと。ただ、私も格闘技をやる前は同じように痛そう、怖そうと思っていましたけどね。
━━やってみたら、人とくっつくのもイヤだし。
杉山 しかも当時は男の人ばかりだし、汗臭いし(笑)。でも、あるときから頑張っている、努力しているという実感が『イヤだ』を超越し始めて。アマチュアの試合では無差別級で戦うことが多くて、自分より体格が大きい相手、逆に小さい相手と戦う経験を積めるんですね。そのうち怖さもだんだんと抜けていきましたし、体格差や実力差を攻略する面白さに気づいてからは、さらに格闘技に打ち込むようになりました。
━━そして2008年、21歳でプロ格闘家の道へ。
杉山 ちょうど『JEWELS(ジュエルス)』という女子格闘技のイベントが旗揚げすることになり、オファーをいただいて大学生のときにデビューしました。最初は、すぐやめればいいやと思っていましたが、勝っていくのも嬉しいし、周りが褒めてくれたり応援してくれたりするのも、やっぱり嬉しくて。卒業後は体育の非常勤講師として働きながら、格闘技の試合にも出ていましたね。
才能があるなら使う努力をすべき
杉山しずか流"生きがい"の哲学
━━その後は女性の人生の節目とも言われる出産や子育てを経験され、2年ほど試合に出ていない時期もありました。ブランクを機に引退などは考えませんでしたか。
杉山 それはなかったですね。もっと強くなれると思っていたこともあるし、格闘技の練習や筋力トレーニングは継続していましたし。また、ありがたいことに家族や周りの方たちも子どもを預かってくれるなど協力してくれたので、やめる方向に気持ちが行くことはなかったですね。
━━格闘家人生も17年に。長く続けられる原動力とは?
杉山 言葉にするのがすごく難しいんですが、たとえば仕事をしていれば生活はできて、家で自由に好きなことをやるのも可能だけど……でも、誰でも何か才能があるじゃないですか。自分にも、何か少しでも才能があるかもしれないと自覚したなら、死ぬまでそれを使わないのはもったいないよなって。自分で『才能が』っていうのもおこがましいし、恥ずかしいですが。
━━いえ、そんなことないです。
杉山 私は日本人としては身体も大きいほうだし、力も強いし、もともと筋肉質で腹筋も高校生くらいから割れていました。それが人とは違う才能であるなら、ちゃんとそれを活かして、社会にとって意味のある存在になる努力をしないと、親不孝なんじゃないかなって。格闘技もそういうモチベーションでやってきた感じですね。
━━それが杉山選手にとっての生きている甲斐、生きがいの哲学なんですね。その考えは昔から持っていたのですか。
杉山 大学生のときくらいからですね。今もたまにネガティブな方向に気持ちが傾いて、やめたら楽だよなと思うときもあるんです。でも『やっぱり、もったいないよな』と思い直す自分がいて。昨年のボディコンテスト出場も、振り返ればそんな考え方から挑戦を決めた気がします。
くびれがなくて腰が太いのが格闘家

格闘技戦直後から、くびれや肩の丸みを課題に肉体改造を本格始動。4ヵ月後の11月24日、ベストボディ・ジャパン日本大会で見事グランプリに輝いた
━━昨年11月に『ベストボディ・ジャパン』日本大会に出場。見事フィットネスモデル部門レディースクラス(35〜49歳)優勝。初挑戦での日本一が話題となりました。
杉山 きっかけは7、8年前ですが、『超人女子』というTV番組でパーソナルトレーナーの田上舞子さんとご一緒したとき、『いい腹筋してるね。減量したらコンテスト向きの身体になるよ』と言ってもらって。
━━その後フィットモデル競技で日本一になる田上さんから、そんなお墨付きをもらっていたのですね。
杉山 でも、そのときは自分が出場する発想は全くなくて。挑戦してみたいと思ったのは数年前、元女子プロレスラーで以前から交流のあった愛川ゆず季さんの活躍が大きいです。子育てをしながらベストボディで日本一になったのを見て、身体も、努力する姿もカッコイイなって。
━━そこに、田上さんからの言葉も重なって「自分に可能性があるならやってみよう」と。
杉山 そう思いました。全くのゼロからではなく、もともとありそうな筋肉をさらに鍛えたら私でも……と。実際は必要な筋肉が全然違っていたんですけどね。
━━格闘技で培った身体とボディコンテストで求められる身体では、やはりかなり違いがありますよね。
杉山 一番大きな違いは、やっぱり腰。試合では相手に倒されない体幹の強さが必須なので、くびれがなくて腰が太いのが格闘家なんです。また、肩の筋肉も今まではそこまで必要なかったけど、トレーナーの方に『肩の丸みと大きさが弱いね』とアドバイスを受けて、サイドレイズなどをやり込みました。
━━日本大会では各地の予選を勝ち抜いた23名とスポーティーな筋肉美を競い合いました。「予選にあたる首都圏大会ではステージ上で緊張しすぎて、震度8くらい身体が揺れてしまったんですよ」
━━震度8!大揺れですね(笑)。

大会出場を決意したのは昨年3月。トレーナーに11月の日本大会から逆算して「3月復帰戦勝利」「7月勝利でベルト奪取」など細かい未来年表を作ってもらい、調整しながら日本一の肉体美を作り上げた
杉山 でも、一度ステージを経験できたことで心の準備もできてよかったです。ボディコンテストは準備こそすごく辛くて大変だけど、大会本番ではそのぶんステージを楽しめる。格闘技の試合も同じようにできたらいいんですけどね。
━━格闘技戦は極限まで身体と心を削り合いますからね。今回のコンテスト出場は、格闘家としても意味のある挑戦でしたか。
杉山 本当に大切な経験ができたと思います。新しいことに挑戦できた喜びも持てたし、フィットネス選手の方たちからも『応援してます』とたくさん声をかけていただくなど、反響も大きかったです。格闘技のときは正直、今回ほど声をかけられることはないので、ちょっと悔しくもあるんですが(苦笑)、格闘家としても、もっと結果を出そう、頑張らなきゃという原動力になっています。
━━昨年7月には20歳の王者、重田ホノカ選手に挑戦し、一本勝ちで老舗団体パンクラスのベルトを奪取しました。ボディメイクの時期とも重なっていたんですね。
杉山 どちらも中途半端に終われば、応援してくれる人をがっかりさせてしまう。だから格闘技では絶対にベルトを巻こう、コンテストでも絶対に1番になろうと思いました。今回も同じです。3月に試合がありますが、ボディメイクをやっていたから負けたんだと言われないように、絶対にベルトを防衛しよう、結果で見せるしかないなって。その意味では、(二刀流の挑戦を)プラスのプレッシャーにしているかもしれないです。

3月の初防衛戦に向け、所属するリバーサルジム新宿Me,Weで仲間のプロ格闘家たちと組み技の練習に励む
やりたいことプラス
自分にできそうなことを探してみよう
━━3月9日、初防衛戦の相手は24歳の渡邉史佳選手。前回に続き若きホープを迎え撃つ形となります。
杉山 こちらのミスは許されないかな。でも正直、年齢差は気にしていなかったです。コンテスト挑戦中はずっと、違う世界で上へあがっていかなきゃというイメージで、『挑む』ということしか考えていなかったので。
━━ベテラン格闘家として地位を築いてきた杉山選手ですが、今は挑戦者のマインド、挑戦者の目線になっている?
杉山 まさに今はそんな感じです。周りからベテランと言われても、練習ではキャリアの浅い選手にやられることもあるし、全然そういう奢りや余裕はないですね。
━━渡邉選手はボクシングのプロライセンスを持つなど、打撃を含めた格闘技センスも評価されています。
杉山 格闘家には本能のままがむしゃらに向かっていくタイプもいれば、私のようにここで相手を抑え込んでポイントを取っておこうなど、ポイントゲームに強いタイプもいるんですね。今度の相手は割とポイントゲームではない部分もありそうなので、戦うのが楽しみです。どちらのタイプもいるからこそ、格闘技って見ても、やっても面白いんだと思います。
━━最後に、新しいことに挑戦したいと思っている人、また挑戦したいけれどためらっている人に向けてメッセージをお願いします。
杉山 やりたいことはやったほうがいいって、言葉にすると安っぽくなってしまうけれど。私もずっと先生になりたかったけど、やってみて改めて向いていないことが分かりました。それでも、とても意味のある日々だったし、当時の教え子のなかにはスポーツ業界で働く子もいて、仕事で一緒になったこともあるんです。
━━人とのつながりも、教職への挑戦で得られた大切な財産ですね。
杉山 『あのときはちゃんとした先生じゃなくてごめんね』と思いながらも。だから、やりたいことがあるならやったほうがいいよなって。ただ、挫折を繰り返すと自分に自信が持てなくなることもあるので、自分にも可能性がありそうなことを日頃から探して、それが本当にやりたいことになったら、より頑張れるんじゃないかなと思います。社会に役立つ自分になろうと必死に努力している人はすごく素敵に感じるし、私自身もうそうありたいと思っているんです。
すぎやま・しずか
1987年2月11日、米国ニューヨーク出身。リバーサルジム新宿Me,We所属。165㎝・56.7㎏(試合時)。第4代フライ級クィーン・オブ・パンクラシスト。MMA戦績31戦23勝7敗。2015年に長男を出産、“最強美腹筋ママ”との異名も。同じMMAファイターである夫、中村K太郎と東京・文京区湯島で格闘技ジム「ユナイテッド東京」を開き、トレーナーとして指導にもあたる。
取材・文:藤村幸代 撮影:中原義史 試合写真:イーファイト、舟橋賢 Web構成:中村聡美