東京五輪女子ボクシング銅メダル、並木月海の目標は「専業主婦」?

ボクシングは体重によって多くの階級に分かれている。基本的に大きい人間のほうが有利であるからだ。そこにはさらに「たとえ同じ体重であっても、手足が長いほうが有利」という定説も加わるが、この常識を打ち破って、“小さな巨人”並木月海は、世界を舞台に勝ち続けている(Woman’sSHAPE Vol.21 2020年12月号より)。

取材・文・撮影_善理俊哉

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「中学で一気に身長が伸びたとか、みんなそういうことがあるじゃないですか。私には1回もないんですよ。幼稚園の頃からずっと、背の順でクラスの1番前を争っていました」

幻の成長期はいつ来るんだろう──。153㎝の身長を客観的に見ようとするように、並木は頭の上に視線を移し、少し困った表情を見せて笑った。48㎏〜51㎏という「女子フライ級」で戦う中、並木の体重は試合当日、50㎏を下回ることも多い。しかし、そんな小柄な彼女こそ、東京オリンピックの本戦を控えたボクシングの日本代表で、最も高い勝率を誇ってきた金メダリスト候補、「世界に強い日本人」である。

過去に出場した国際大会で表彰台に立てなかったのは、わずか1回。2019年の世界選手権のみで、それまでは、金メダル3個、銅メダル1個だった。ことさら、WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者として一時代を築いた内山高志らを輩出した埼玉の名門、花咲徳栄高校時代には、国内外の公式戦で1度も負けていない。

並木が口にするボクシング論からは、天性の勇敢さも伝わってくる。「殴られることに〝恐い〟って感じたことは1回もないですね。負けることに怖さを感じることはありますけど、怖いほど私は前に出ます。中途半端に下がるのが一番危険だって分かっているので」

格闘技経験は姉や兄の影響で空手から始まった。周りの同い年には現在、キックボクシング界で隆盛を誇っている那須川天心らがいて、その切磋琢磨が並木にとっても大きな刺激だった。空手では、地区大会でも優勝することができない成績だったが、キックボクシングを経験後のボクシングでは、天性ともいえるパンチ力をいきなり発揮し始めた。並木は高校1年のとき、全日本選手権ジュニアの部で優勝。その後も全国大会の優勝を総なめにして、ブルガリアで開催された国際トーナメントでも金メダルを獲得した。

パワーレスの多い女子ボクシングの高校生たちの中で、並木はノックアウト勝ちも多く生んだ。「ボクシングで右利きの選手は、左足を前に出す構え(オーソドックス・スタイル)が一般的なんですけど、私は右足を前に出す構え(サウスポー・スタイル)です。利き手の右が前にあるので、それを器用に使えるメリットはあるんですけど、腰を回して打つ決め手のパンチを左で出さないといけなくなります。高校では箸を左手で持つルールがあったので、その弱点を日常生活から補強していました」

高校卒業後は、自衛隊体育学校に所属。無傷の連勝を続けてきた並木だが、この後、大きなスランプに陥っていく。並木は現在に至るまで、成年(19歳以上)の全国大会で1度も優勝できていない。一因にはオリンピック実施階級を意識し、これまでの主戦場であった46㎏〜48㎏のライトフライ級(オリンピック不採用階級)から、48㎏級〜51㎏級のフライ級に移したことが挙げられる。ここでは、さすがにサイズ不足を露呈することも多くなり、テクニックの成熟した成年の選手たちに苦戦を余儀なくされた。

もうひとつは、高校時代から最強だったために、国内のライバルたちに並木対策のいわば「マニュアル」を構築されたこと。「小柄な私はパンチの射程距離が短いから、攻撃の方法は相手の懐に潜り込むこと1択でした。距離を詰めて相手の腕を折りたたませたところで、こっちの連打を回転させる。こうやって接近戦での強さが確かなものになるほど、みんな〝接近戦では何もしません〟っていう方針を絶対的にしていきます。私に潜り込まれたら、身体を接触させたままレフェリーに解いてもらうのを待つ。レフェリーは遠い距離から再開させる。この繰り返しです」

この並木マニュアルを克服するために、頼ったのは自衛隊体育学校の環境だった。埼玉県朝霞市にある同校は1964年の東京オリンピックで日本選手が活躍するために設けられた国家組織で、オリンピックを目指すトップボクサーの大半が、ここに籍を置いている。その生活は食事から引退後まで保証されている他、自分の能力を徹底解析する近代科学も持ち合わせている。

「身体能力を科学的に管理するため、ここにはフィジカルとメンタルで別々の専門家がいます。頭と身体をうまく使うための神経系トレーニングも充実しているんです」と、並木はスランプ脱出の軸として信頼を置いた。オリンピックのボクシングは3分3ラウンド。その間に1分間のインターバル(休憩時間)が2回ある。主に相手に与えたダメージを競い合っているプロボクシングとは異なり、相手の顔を跳ね上げるような有効打の「数」を採点の最優先としている。

このルールに合ったフィジカルを合理的に強化するため、体育学校の専門家からは、例えばランニングで「その日、どんな距離をどのくらいの速さで走るべきか」など細かく指示され、並木はそれを守り続けた結果、今までのような潜り込むスタイルに加え、長距離から素早く踏み込み、また離れるというフットワークも身に付けられた。

並木マニュアルの克服にはテクニックも求められる。それにはこんな方法を見出した。「今まではくっつかれたら、〝くっつきたければどうぞ〟と思って何もしなかったんですけど、よく考えてみると、採点に反映されないような地味にパンチを当てる箇所が結構あるんです。そこをしつこく打っていると、相手はやっぱり痛いし、精神的にもうっとうしい。主導権が相手に行きづらくなります。あとは、くっつかれる前に回避する根本的なテクニックも強化しました」

そして2019年12月、都内で行われたボックスオフ(国内代表決定戦)で、並木はこの年の全日本選手権王者だった河野沙捺を破って、東京オリンピックの予選出場権を獲得した。今年3月、アンマンで行われたアジア・オセアニア予選で、並木は1回戦から今まで以上に安定したパフォーマンスを発揮し、本戦出場の切符をつかむまで勝ち進んだ。

直前に予選通過を決めた57㎏級の入江聖奈に続き、日本女子ボクシング史上2人目のオリンピック代表となった並木は、試合後、国内外の報道関係者に囲まれた中で、涙をにじませながら誓った。「オリンピックは出るのが目標ではなく、金メダルを獲ることが目標だったので、これからがスタートです。しっかり頑張りたいと思います」

世界の壁は今も厚い。この予選の決勝でも、並木はアジア競技大会・金メダルの中国代表に惜敗している。ただ並木はいたってプラス思考だ。「〝接戦で負けた〟、〝勝てる試合を落とした〟っていうのは、勝った選手より、弱点を見つめ直すチャンスですから。致命的ではない試合で、負けたのをよかったと思っています」

次の課題は国際舞台における「新たな並木マニュアル」だ。「私が潜り込むと、海外の選手は力ずくで私を転がそうとしてくることが多い。最初は〝転がされてしまえ〟って思ってきたけど、踏ん張るための体力があったほうがもっといいです。そうなると、体重というか、フィジカルが少し足りない」

本来の東京オリンピック開催期間だった2020年の夏までに肉体改造を間に合わせることは難しかった。そう思うと、オリンピックの1年延期もラッキーだったと思えてきた。一貫したファイター精神。ボクシングでは時にふてぶてしさも見せる並木に、選手引退後を尋ねると「後のことまで考えられません!」と一蹴されそうだったが、照れを隠すように少し小声になって「専業主婦になりたいなって」と答えた。

さまざまなギャップを秘めたあたりも並木の才能であり、魅力なのだろう。そして彼女は、自身も気づかないうちに、ファイターとしての「成長期」を迎えているのかも知れない。

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