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ボディビル界の常識を打ち破った男の覚悟

2016年世界王者に輝いた鈴木雅選手。その約1年前に開催された鈴木雅選手の世界ボディビル選手権80㎏級3位の祝賀会。「ゴールドジムUSA50周年&ゴールドジムジャパン20周年記念パーティー」と同時開催された祝賀会には300人以上の参加者が集い、日本人ボディビルダーとして初の快挙を成し遂げた鈴木雅選手を祝福した。「日本人が軽量級以外でメダルをとるのは不可能」と言われ続けてきたボディビル界の常識を打ち破り、なぜ鈴木選手は世界の表彰台に立つことができたのか。世界王者になるまえに自らの可能性を信じ、世界の高みに挑戦し続けてきた鈴木雅選手の覚悟とは。

取材・文:IM編集部 写真:北岡一浩

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――本日の祝賀会はお疲れ様でした。世界選手権80㎏級3位、本当におめでとうございます。世界選手権から1カ月以上経ちましたが、あらためて結果を振り返って、感想はいかがですか?
鈴木 今大会に関しては、これまでの大会結果を参考に自己分析をきちんとできたことと、自分の見せるべきポイントと、やるべきポイント、審査員の見方などを意識したことで、それなりに評価してもらえたのかなという感じです。

――国際大会に出始めたころから、いつかは表彰台に上がれるという自信はあったのでしょうか。
鈴木 決して自信満々というわけではないですが、何事もやるなら、自信を持つのと持たないのとでは結果も違ってくると思っています。ただ、自信というのは、ある程度の裏付けがないと生まれてこないと考えていますので、その点は勉強しながらトレーニングを続けられたことと、いろいろな国際大会に出場させてもらったのが大きいです。国際大会には2007年から出場していますが、2008年のアジアンゲームスに出たときに、当時“タイの英雄”と言われていた世界チャンピオンのシッティー選手が私と同じ80㎏級に出ていたんです。筋量も密度もすさまじくて、異生物のようでした。「これが世界の体か!」と衝撃を受けましたね。その大会で私は5位だったのですが、私と同点で4位だったオマーンの選手が、翌年は階級を上げて、世界選手権で2年連続優勝したんです。そういうのを見ていて、今は無理かもしれないけれど、ああいう体になれば世界で勝てるんだな、という一つの目安になりました。

――本物を見れたことで、より具体的に世界に通用する体がイメージできたのですね。
鈴木 私は恵まれているんです。ゴールドジムに入社して田代さんがチャンピオンでいらっしゃって、日本選手権もそれまで上位だった方々が順位を落としてきた中に、私がポッと入って入賞できた。それで、まだ日本選手権で7位くらいのときから私は国際大会に出させていただきました。最初に日本代表に選ばれた選手が行かないということで私に回ってきて、短い準備期間で出場したこともありました。当時のアジア選手権は、勝てば世界でも優勝できるくらいレベルが高かったですし、そういう選手を目の当たりにできたことはいい経験になりました。国際大会に行けるチャンスを逃さなかったことで、波に乗れたというか、毎年出ていくうちに、自分自身がただ参加するという立場ではなく「やはり勝たなければいけない」という考えに変わってきました。

――鈴木選手にとって分岐点になった国際大会として、特に印象に残っている試合は何ですか?
鈴木 2010年の世界選手権です。前の年にワールドゲームズの80㎏級で3位に入り、2010年は日本選手権で初優勝できたこともあり、初めて世界選手権に派遣していただきましたが、セミファイナルにも残らず予選落ち。もちろん、最初からいい結果が出るなんて思っていませんでしたが、ちょっと打ちのめされた感じでした。やっぱり無理なのかなと少し落ち込みましたし、悩みに悩みました。今後また日本で勝ったとしても、世界の80㎏級で通用するんだろうか、やっぱり無理なんじゃないかという気持ちに苛まれました。

――そこからどう気持ちを立て直していかれたのでしょうか。
鈴木 2011年に三つ決めたんです。一つは自分の可能性を信じること。たとえ悩む時があっても、そういう時は常に自分はできるんだと思うようにしたんです。田代さんの受け売りじゃないですが「俺は天才なんだ」という気持ちでやっていました。そう思うことで自分を奮い立たせていました。
二つ目は、何事も腹をくくるというか、覚悟を決めるということです。大会前にくよくよ悩んでも仕方ありません。結局大会は出るわけで、そこでネガティブになるのか、前向きに思うのかで結果も違ってくるはずです。大会まで常に前向きで過ごすことが、自分ならやれるという、可能性を信じるということにつながります。
三つ目は、自分自身の悪い習慣であったり、通説で言われていることにとらわれないということです。悪い習慣というのは、ボディビルダーはいつもと同じ種目、同じルーティンでのトレーニングになりがちですが、伸びている場合はよくても、そうでない場合は、ルーティンに凝り固まらないで変えるということです。よく言われるのが、1度優勝してしまうと守りに入って、なかなかトレーニングを変えるのが難しいというパターンです。その気持ちは分かりますが、それを変えなければ、通説から抜け出せません。
黄色人種は身長170㎝で80㎏の筋量を残すのは無理だと言われていて、それこそ本にも、まことしやかに書かれていますが、あれは誰が決めたんだろうという話になります。その通説であれば、存在しないはずの人間がここにいる(笑)。通説を全て排除するわけではありませんが、常に常識にとらわれずに挑戦していくんだということは頭に置いていました。

――2012年にはアーノルドアマチュアボディビル選手権80㎏級で4位入賞を果たし、世界選手権でも4位に入るという結果を残しました。
鈴木 2012年からは、次はこうしようとか、これを試してみようという計画や取り組みが明確になり、気持ちもすごく充実してきました。自分の可能性を信じて吹っ切れたことで、自信を持ってやるべきことをやって、ステージでアピールしようという気持ちになりました。ボディビルは試合で120%の実力を出せる競技ではありません。カーボアップにしてもそうですけど、自分の持っている以上のものは出ませんし、だからこそ日々のトレーニングはもちろん、いかに自信を持ってやり切るかが大切になってきます。

――あとは審査員にゆだねるということですね。
鈴木 そもそも明確な審査基準というのは、あってないようなものではないでしょうか。ずらっと大人数が並んで、集合体の中でよく見えればいいのです。最近ではフィジークで審査基準がどうなのかという話を耳にすることがありますが、見られて評価される競技なのですから、自分が基準じゃなくて、審査員の基準に合わせるのです。そこに向かって体づくりをしていくということが非常に重要です。誰しも自分の理想像というのがありますが、その理想と、評価の基準が離れている場合だってあると思うのです。もし勝ちたいのであれば、評価される体に近づけていく必要があります。

――鈴木選手自身の理想像と、現在のIFBBの審査基準は合致しているのですか?
鈴木 ほとんどズレがなく、合っていると言えます。私自身の目標は、限界まで究極に筋肉を発達させるということです。その中でウエストは細く、Vシェイプのラインがはっきり目立って、凸凹感もある体が理想です。それがまさに、今の世界選手権の優勝者の体なのです。いろいろな選手が出ている中で、脚が細いのに上半身がよくて評価されるパターンもあり、そういった選手が決勝に残ることもありますが、さあ優勝者は? となったときにそのレベルになると、やはり脚も、背中も、胸も筋量があますところなくついている体で、かつVシェイプの美しい選手が優勝しています。

――そんなチャンピオンと並んだ表彰式ではどんな気分でしたか。
鈴木 目標にしていた3位を取れたので、うれしいことには変わらないのですが、もうちょっといけるんじゃないか、という欲がどんどん出てきました。向上心と言えば聞こえはいいかもしれませんが、なんて自分は欲深い人間なんだろうと思いました。これまで見えていなかった自分が見えてきた感じです。3年前の世界選手権で4位になったときは『3位になれたら、どんなにうれしいだろう』って思っていました。それこそ3位になれたら、競技としての一つの区切りも付けられるんだろうなと思っていたのに、実際はそうではなく、まだまだ行けるはずだという気持ちが強くなりました。

――ナチュラルで戦い続けている日本人選手は、海外の役員や選手からリスペクトされているという話を聞いたことがあります。
鈴木 国際大会では、ドーピングでひっかかった日本選手はこれまで一人もいませんし、ここ(世界)に出てくる日本人がクスリを使っていないということを皆分かっているからではないでしょうか。ドーピングといえば、私は世界大会から帰国して2日後に抜き打ち検査がきました。まるでお帰りなさいと言われている気分でした(笑)。
ナチュラルでは世界で通用しないというのはそれこそ通説に過ぎません。無理じゃないかと言われたとしても何とも思わないですし、同じ階級という土俵であればナチュラルでも勝負できると思ってやってきましたし、これからもその気持ちは変わりませんし、いつもどおりやるだけです。

――鈴木選手は試合前も淡々とされているというか、減量でキツそうにしているところも見たことありません。まるで達観しているような印象を受けます。
鈴木 ボディビルが取っつきにくい競技であってほしくないんです。ボディビルって健康に悪いとか、減量つらいでしょ?と言われたりしますが、私は体調もいいですし、減量もつらくありません。今はブームも来ていますし、ボディビルを発展させるチャンスなんです。とことん奥が深い競技ですが、入口は広くしておく必要があります。

続けてお読みください。
▶鈴木雅が日本チャンピオンに初めてなったとき語ったこと


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