令和のジャイアントキラーのトレーニング理論「筋肉痛が治った部位から攻める」宇佐美一歩

宇佐美一歩選手

大学在学中のボディビルダーのみが出場可能となる、まさにボディビルの青春と言える『全日本学生ボディビル選手権』。過去には日本選手権ファイナリスト常連で、‟伝説”の異名を持つ須江正尋がこの大会で1988年、89年に優勝。また、2006年には東京大学の佐々木卓がバルク型選手が並ぶ中優勝し、その後の東京ボディビル選手権、通称‟ミスター東京”で優勝。そして記憶にも新しい、昨年の日本選手権王者・相澤隼人が2018年、19年に連覇をするなど、日本ボディビル界の未来を担う選手たちを輩出。
昨年の全日本学生ボディビル選手権では、大阪の大学に通う宇佐美一歩が、関東学生のライバル・高橋明生を破り優勝した。宇佐美はバックボーンが空手で、学生とは思えない分厚い胸郭、太い腕、パフォーマンス力を持っている。今回は、宇佐美選手のボディビルに対する取り組み、理論などのこだわりを取材した。そして、2ページ目には、宇佐美選手のフォトギャラリーを掲載。学生とは思えない肉体をご覧あれ。(月刊ボディビルディング2022年2月号から修正引用)

取材・文:月刊ボディビルディング編集部 写真:りゅう

「ボディビルは、一度出場すると沼だったようです(笑)」

幼いころから筋肉や強さに憧れがあり、中学生のころから自然とトレーニングをするようになっていました。また、幼稚園児から高校生になるまでフルコンタクト空手をやっていたこともあり、マッチョで最強になりたいという思いから腕立て伏せや懸垂などに加えてランニングなども行っていました。その当時はボディビルなどに興味がなくて、格闘家になりたかったのですが、親に「危ないから」と止められたことにより筋トレ一筋になっていきました。
高校2年生までは、自宅にダンベルやバーベル、チンニング台などの器具を揃えていき、基本的な種目をねちっこくやり込んでいました。ジムには17歳のころから通いはじめ、ベンチプレス、デッドリフトなどの重量を伸ばしていくトレーニングを始めました。そのときは大幅な増量をして、がむしゃらに重量だけを求めていて、そこで土台となる基礎筋力がついたと思います。
トレーニングの分割は、始めた当初から現在も決めておらず、その日に回復している部位をやるという感じです。筋肉痛が治ってからできるだけ早く刺激を入れることを意識しているので、オフは意図的には設けていませんが、たまにサボってしまうのがオフになります。また、特に参考にしている選手はいませんが、トップビルダーの方々のような信念が現れた粘り強いトレーニングを常々意識しています。こだわりはどこの部位も全身を使ったチーティングを用いて高重量のエキセントリックな刺激を入れるようにしていることです。
重量、回数などを記録し、毎回のトレーニングで前回の強度を超えることに執着しています。前半の高重量のメイン種目で重量や回数を伸ばしていくのが一番好ましいですが、毎回そう上手くいくとは限らないので、そんなときはセット数を増やしたり、他の種目で強度を上げたりなど、あらゆる手段で必ず前回のトレーニングを超えるトレーニングができるよう心がけています。伸び悩んだときは重量設定を変えたり、種目を前後させたりなどで対処しています。それでも伸びない場合は摂取カロリーを増やして体重を増やしています。
トレーニングのボリューム自体は多くなく、どこの部位も合計10~15セットで必要な刺激を与えられるように集中して行います。弱点の脚は他の部位と同様に重量にこだわってスクワットを伸ばしていたのですが、他の部位と比べて明らかに発達が遅れているので今はアプローチを変えて試しています。
僕がボディビル競技を始めたきっかけは、高校生時代に鍛えている中で高校生のボディビル大会があると知り、当時は同世代には負ける気がしなかったので出場してみようと思ったのがきっかけです。そのときは最初で最後の大会になると思っていましたが、一度出場すると沼だったようです(笑)。上を見るとキリがないほどすごい選手がいて、自分もあのようになれると信じてしまえば、やめることはできません。
また、ボディビルを選んだ理由としては、鍛えていく中で自分の適性が分かったからです。身長が高くなく、鎖骨が短い、骨盤は狭くないのでボディビルしかないですね。今年は学生ボディビル選手権連覇と、ジュニアボディビルで優勝できるように頑張ります! いずれは日本選手権のファイナリストになれるよう精進いたします!

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