ベトナムと日本は、時差約2時間。首都同士は飛行機でおよそ6時間の距離にある。位置関係としてはそれほど遠くはないが、両国の在住者の数を比較すると、その心理的「遠さ」が見えてくる。
【写真】福田将義さんの大会写真と『Masa One Gym』
「日本在住のベトナム人は50万人以上に対して、ベトナム在住の日本人は2万人以下です。僕はこの現状を、純粋にもったいないと感じています。ビジネスを起す場、住環境としてのポテンシャルの高さに対し、認知度と理解が少なすぎる現状を変えていきたいと思っています」
この距離をフィットネスを通じて縮め、2つの国を繋ごうと奮闘する男がいる。その情熱と展望を追った。
「前職で会社員だったころの異動でベトナムに来て、この国の持つエネルギーと、多様性溢れる魅力に引き込まれました。この地で生きていきたい。そのためには僕が何を提供できるかを考えたとき、事業の構想が生まれました」
『IKI GROUP』CEO(共同創業)、フィットネスジム『Masa One Gym』のオーナーである福田将義(ふくだ・まさよし/28)さんは、ベトナムでの起業を決意した理由をそう語る。
「様々な分野の事業展開をしていますが、今最も力を入れているのがフィットネス事業です。ベトナムのホーチミンとハノイでのパーソナルトレーニングジム経営を主軸に、児童向けのバスケットボールスクールや幼稚園への訪問運動指導も行っています」
福田さんがフィットネス文化に興味を持ったバックグラウンドは、幼少期からのめり込んだバスケットボールだ。高校時代まではプロ選手を目指して練習に明け暮れ、練習の補強でトレーニングに触れた。
「プロ選手になる夢は叶いませんでしたが、過酷な練習に向き合ってきたなかで、肉体を鍛えることへの馴染みはありました。ただ、ボディメイクとしてのトレーニングには当時はあまり興味がなく、社会人になり先輩に誘われる形でジムに行ったのが筋トレを始めたきっかけです」
俳優の金子賢が主催するボディコンテスト『サマー・スタイル・アワード』に出場の経験もある。本人曰く「ボディメイクも大会出場も自己流でやっていたので、あまり成績は良くなかった」そうだが、フィットネス文化に触れた経験がのちに生きてくる。
「在留中に衣食住とベトナムの文化に触れるうちに、あることに気づきました。こちらはフィットネス文化は盛んなのですが、パーソナルトレーナーをつけるということが一般的ではありません。僕がのちにハノイに1店舗目のジムを出店した段階でも、競合は1店舗しかありませんでした」
この違いに興味を持った福田さんは、現地のジムを視察して調査を行った。
「パーソナルトレーニングが浸透していない理由に関しては、現地の方の多くは経済的な理由で通うことが困難であるため、需要がないと判断されていることが理由でした。しかし、僕は挑戦しがいのある環境だと思いました。特に商機を感じたのは、ジムの顧客サービスの概念の違いです。ほとんどのジムがただマシンが置いてあるだけで、付随したサービスというものがありません。たとえば、今うちの店舗で来場者に提供している『ウォーターサーバー使い放題』や『プロテイン1杯無料』といった、日本では当たり前のサービスがすごい付加価値として捉えられる環境にチャンスを見ました」
商いとして成り立つかどうかは賭けに近い挑戦だった。しかし、福田さんは「やってみなければ分からない。万が一、失敗しても絶対に糧になる」と一念発起し、パーソナルトレーニング付きのジムを開業した。しかし、試練は想定外の速さで訪れた。
廃業寸前の危機からの復活
試練は予想の外からだった。開業3日後に福田さんはコロナに罹患、さらに街がロックダウンとなった。
「さあ頑張るぞと意気込んだ途端に半年間も営業ができなくなってしまうという、思い出しても冷や汗の出るスタートでしたね。知人のつてで紹介してもらった方々へのオンライングループエクササイズ指導の仕事を得て、店舗の家賃ギリギリの収入を得てなんとか継続していましたが、あと1カ月閉鎖が伸びたら撤退しかないというところまで追い込まれました。我ながらよく持ち堪えたなと思います」
苦しみながらも、福田さんはオンラインで地道な営業活動を続けた。その成果はロックダウンが解除されて徐々に現れ始めた。
「初めは週に数人だったお客様から、どんどん紹介の輪が広がっていきました。『MASA(福田さんの愛称)のところに行けば、いいサービスが全部揃ってる』と言っていただけるようになり、現在は300人近くまでお客様が増えました。トレーナーの雇用も日本人だけでなく、現地の方も含めて6名まで増え、ホーチミンへの2号店出店と業務拡大することができました」
福田さんはジムの認知度向上のため、現地のボディビルコンテスト『WFF PRO‒ AM BATTLE WARRIORS CHAMPIONSHIPS VIETNAM』に挑戦。結果は2部門で優勝。パーソナルトレーナーが指導することで作り上げられる筋肉美を自ら証明した。現地大会で日本人が活躍する様子はベトナム二大大手新聞にも取り上げられた。
「大会挑戦にあたって尊敬している京都のプロ選手兼トレーナーに指導していただきました。自分だけでトレーニングや減量を行っていたときとはまるで違う自身の成長に、今更ながらパーソナルトレーナーという存在の重要さを改めて実感しました。自身のジムでもより安定したサービスを提供できるように、現地雇用のトレーナーへの教育をさらに高水準化するという目標ができました」
今後の事業展望を聞いた。
「目標は、企業理念でもある『子どもから大人まで運動の良さを伝えたい』を拡大するために、フィットネス事業ををさらに推進していくことです。その一環として今手がけている、ベトナム産のプロテインで国内ナンバーワン市場を目指したいです。ベトナムには国産のプロテインがなく初めての試みとなるので、良いものを作って届けられたらと思います。
個人的な目標は、ベトナムと日本の架け橋になることだと語った。
「具体的には、日本の有志や企業と協力してベトナムでボディコンテストなど大きなイベントを開催したいです。交流と相互理解を深める機会が増えれば、もっと人も企業も来てくれると信じています。競合というより、同志に近いです。その過程で競合が増えるとしても全く構いません。もっとこの国の良さを日本に伝え続けて、両国のパイプとなれるような企画を実現していきたいです」
ひたむきなベトナムへの愛着を胸に、福田さんは一心不乱に走り続けている。
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取材:にしかわ花 写真提供:福田将義
『IRONMAN』『FITNESS LOVE』『月刊ボディビルディング』寄稿。広告・コピーライティング・SNS運用も行うマルチライター。ジュラシックアカデミーでボディメイクに奮闘している。