2025年1月3日。山岡聖怜(やまおか・せり/19)さんはマリーゴールドのリングでプロレスラーとして産声を上げた。幼少期からウェイクボード、レスリングの下地があり、しかもそれぞれの競技でトップクラスの成績を残してきたことも手伝って、“スーパールーキー”としてデビューを果たした。現在19歳だが、アスリート歴は15年近くになる山岡さんにボディメイクについて聞くインタビュー、前編はキャリア初期のボディメイク、そして怪我との戦いを聞いた。
ほぼ毎日、半日海に……今思うと化け物だと思うくらいの体力だった

これまでのアスリート遍歴を語った山岡聖怜さん(撮影・橋場了吾)
物心ついたときには、ウェイクボードを始めていたという山岡聖怜さん。幼少期から、身体を動かしまくっていた。
「ウェイクボードは、(これまでのキャリアで)多分一番筋トレになっていたと思います。レスリングを始めてから久しぶりにウェイクボードをしたときに、1時間も滑られないくらいきつい競技なんですよ。体力もついて、筋肉もついて、体幹もついて……なので、小さいころから体幹は強かったと思いますね。当時は他の筋トレはせず、トランポリンを遊びでやっていたくらいでした」
と言いつつも、バキバキな身体になったのは小学校に入ってからだった。
「小学校2年生くらいまではポヨポヨでした。ウェイクボードを始めて、海の上で腕や足だけで全身を支えるようになってからですね。ほぼ毎日、半日くらい海にいたので……今思うと、化け物だなと思うくらい体力がありましたし、足も速かったです」
小学校4年生のとき、兄・姉と3人そろってレスリングを始めることになった。
「レスリングを始めるか、ウェイクボードを続けるか、家族会議があってレスリングを始めることにしました。単純に楽しそうだったので、やってみようかと(笑)。夏はビーチレスリングもやっていましたが、これは遊びでしたね。レスリングを始めてからは、腕立て伏せ1000回とか腹筋も1000回とか……。(筆者「1000回???」)はい、100回ずつ違うパターンを10回、みたいな感じで。さすがに毎日ではなかったんですけど、土日はしっかりやっていましたね」
靭帯が損傷していて支えがない……20回以上の脱臼を経験

レスリングをベースにしている山岡さん(©マリーゴールド)
女子高に進学した山岡さんはレスリング部に入部したのだが、小学校・中学校のときは男子に交じって練習をしていたこともあり、軽々と練習メニューをこなした。
「女子の体力や体型に合ったメニューになったので、楽になったというか……単純に回数が少なくなったというのもありましたし、メニューも違いましたね。動きだけでいったら、レスリングをしているときの方が、今より動けているなと思います」
そう、山岡さんはレスリング時代に肩の脱臼と膝の前十字靭帯断裂という怪我に見舞われる。特に後者は、レスリング人生をあきらめるほどの大怪我で、完治までに1年間を費やした。そして前者は、今年5月のプロレスの試合中に爆発してしまった。山岡さんが怪我をしたタイミングでは、岩谷麻優、ビクトリア弓月というベルトを持っている団体を代表する選手たちが欠場していたため、山岡さんにかかる期待は大きかった。
「レスリング時代から、両肩の脱臼癖があるんです。右はそんなに激しくはなかったんですけど、左はガバガバになっていたらしくて、スマホを持っただけでも外れたことがあるほどです。靭帯が損傷していて、支えがない状態だと。初めて肩が外れたのが小学校6年生で、それから20回以上外れているので……今回くらい(試合をストップするほどの脱臼)のことがないと、手術をしていないというか。でも、あの試合の日は、肩にテーピングをしていなかったんですよ。メインイベント、タイトル戦……ちょっとカッコよくいきたいという気持ちがありましたし、大丈夫かなと。そうしたら、肩が外れて自分で戻せなくて……いろいろ言われましたけど、長い目で見たらいいストーリーになるかなと思っています」
(8月29日配信の後編へ続く)
執筆者:橋場了吾
札幌市出身。ラジオ局で社会人としてのキャリアをスタートさせ、
イベントプロデュースの傍ら、プロレスラー、タレント、ミュージシャンなどのインタビューを行う。










