高頻度でトレーニングをする際に欠かせないのが「回復」。約15年もの間、週5~6日のトレーニングを継続してきたトップパワーリフターの渋谷優輝選手は、どのように頻度を高く保つためのケアをしているのか?聞けば、一見地味とも思えるコンディショニングこそ重要なのだと分かった。
取材・文:池田光咲 エクササイズ撮影:北岡一浩 大会写真:WhiteLightsMedia 取材協力:StrengthGymTokyoBay Web構成:中村聡美

高頻度を支えるのは「回復できる身体」の準備
高頻度でトレーニングを続けるためには、ただ練習回数を増やすだけではなく、蓄積する疲労とどう付き合っていくかを考える必要があります。特に年齢を重ねていくと、若い頃と同じように練習をしていても、疲労や筋緊張は抜けにくくなるもの。私自身、長年にわたって週5~6日のトレーニングを続けていますが、年齢とともにコンディショニングに対する考え方は大きく変わりました。
現在は週5日トレーニングをしていて、スクワットは週2回、ベンチプレスは週3回、デッドリフトは週1回行っています。補助種目は、スクワットの日なら脚、ベンチプレスの日なら上半身、デッドリフトの日なら背中というように、各種目に付随させる形で組んでいます。このような高頻度サイクルのきっかけはボディビルを始めた2010年ごろ。当時の主流であった5分割法を真似し、胸・背中・脚・肩・腕と週5日で鍛えるようになったことです。以来、週5~6日のトレーニングを15年ほど続けています。
ただ、年齢を重ねるにつれて明らかに変わったのが疲労の抜け方です。若い頃であれば、多少の違和感があっても次に同じ部位を使う頃には治っていましたが、今は疲労も筋緊張も残りやすい。コンディショニングを強く意識するきっかけになったのが怪我の経験でした。私は30歳のころに胸椎ヘルニアを発症。当時は「休めば治るだろう」という感覚があり、ケアやウォーミングアップもフォームローラーを軽く使用する程度で、コンディショニングに力を入れていませんでした。しかしその後の大会で症状が再発。呼吸をするのもつらく、痛みで吐き気を感じるほどの状態となり、そこで初めて「きちんと治そう」と考えました。治療とリハビリに取り組み、身体を良い状態に保つためのエクササイズやコンディショニングについて本格的に勉強し始めたのもこの頃です。
回復で最も大切なのは睡眠です。とはいえ社会人ともなると、時にはその時間を十分に確保できないこともあるでしょう。だからこそ、寝られるときにしっかり寝る。その上で、身体を良い状態に近づけるための他のアプローチも考えています。そこで大切にしているのが、筋肉だけでなく、神経や心理面まで含めて身体を『適切な緊張状態』に整えることです。
呼吸から身体を整えるウォーミングアップ
身体の『適切な緊張状態』を保つために大切にしていただきたいのが呼吸です。人は緊張時になると呼吸が浅くなったり、肩で息をしたりしますが、一方でリラックスをしているときは深い呼吸ができるもの。呼吸は1日中繰り返すものであるため、ここでエラーが起きてしまうと、その状態を何度も積み重ねることになります。まずは適切に息を吐き、吸える状態をつくることが大切です。
ポイントとなるのは普段の生活で、鼻からゆっくりと息を吐いて少し止め、また鼻からゆっくり吸うなど、鼻呼吸を意識することです。ウォーミングアップでは、より具体的な呼吸のエクササイズも取り入れます。例えば10秒かけて鼻から息を吐き、10秒止め、10秒かけて吸う。これを8回繰り返すだけでジワッと汗ばむほど身体が温まりますよ。
呼吸の次に確認するのがバランス感覚です。人間は視覚、耳の奥にある前庭覚、皮膚や筋肉などから得る体性感覚といった情報を使ってバランスを取っています。これらがうまく機能せず身体が不安定になると、本能的に筋肉を固めて姿勢を保とうとします。しかしこの状態では、いくらストレッチをしても緊張は抜けにくいです。ここで役立つのが眼球を動かすビジョントレーニング。親指に視点を合わせたまま顔を左右に動かすだけの簡単なものですが、その効果は絶大です。
私のウォームアップは短くても1時間半ほどかけるのですが、最初は呼吸へのアプローチから始めます。その後は前庭覚などをチェックして刺激を入れ、全身の余計な緊張を落としてから、硬さが残る部分に対してはフロスバンドなどを用いて筋肉をほぐす作業を行います。逆に、緊張が強い部位の反対側など、力が入りにくくなっているところにはエクササイズで筋肉が働きやすい状態をつくります。
大切なのは、決まったメニューを毎回こなすことではありません。前屈をしたときの腰の張りや、スクワットでしゃがんだときに自然に深さが出るかなど、普段の良い状態と比較して「今日はいつもと違う」と気づけること。そのためにも、まずは自分の身体を知っておく必要があるのです。そのため初心者の方ほど『自分の良い状態』を知ることから始めていただきたいと考えています。コンディショニングというと、痛みが出てからのストレッチや、硬い筋肉をほぐす作業をイメージするかもしれません。しかし、身体の緊張が強くなる背景には、自律神経や呼吸、バランス感覚など、筋肉以外の要素が関係していることもあります。首や腰、股関節周辺が張っているからといって、その場所だけに原因があるとは限りません。まずは全身をフラットな状態に近づけてから、それでも残る硬さや動きにくさに個別のアプローチをする。この順番が大切になるのです。高頻度になるほど身体に触れる回数は増えるため、小さな変化に気づく機会も増えます。そこで「今日は硬い」、「いつもより動きにくい」という感覚を無視せず、その日の状態を確認する習慣をつけてください。毎回同じコンディションで練習できるわけではないからこそ、自分を知ること自体が怪我を防ぎ、高頻度を続けるための土台になると考えます。
ココがポイント
「今日は硬い」、「いつもより動きにくい」という感覚を無視せず、その日の状態を確認する。
自分を知ること自体が怪我を防ぎ、高頻度を続けるための土台になると考えます。
不調ならBIG3をやめる
出力低下を見逃さない
高頻度で練習をしているからといって、予定したメニューを必ず最後までやるだけが正義ではありません。「明らかに疲れていて出力が上がらない」、「予定していた重量が持てない」と感じたら、早い段階で切り上げることをおすすめします。例えばスクワットの調子が悪ければ、その日のスクワットはやめてレッグプレスやベルトスクワットなどに切り替えるのも良いでしょう。マシン中心でも良いですし、私であれば身体を整える目的でピラティスを行うこともあります。そしてその判断は感覚だけでなく、数値も使うことをおすすめします。バーベルの挙上速度の測定は分かりやすい指標の一つです。挙上速度が明らかに遅い場合は、自分の中の「なんとなく」の違和感ではなく、疲労がたまっている証拠。練習メニューの調整に用いられる客観的な判断材料となります。高頻度トレーニングでは、こうした切り替えが重要です。「予定していたからその通りにやる」ではなく、いつもの自分と比べてどうなのかを見る。感覚と客観的な指標の両方を持っていれば、無理をする前にブレーキをかけやすくなります。
BIG3に固執せず刺激を分散させて継続する
高頻度でBIG3に取り組む上では、コンペティションスタイルだけに固執しないことも大切です。私はスクワットでも、試合形式だけでなくセーフティバースクワットやポーズスクワット、ハイバースクワット、フロントスクワット、ゴブレットスクワットなど、さまざまなバリエーションを使います。週2回スクワットをするなら、1回はコンペティションスクワット、もう1回はセーフティバースクワットというように変化をもたせる。スクワットという動作は反復しながらも、ストレスがかかる場所を少しずつ変えるイメージです。大会後などはコンペティションスクワットを一度外し、複数のバリエーションだけで練習することもあります。
BIG3の技術を高めるためには「BIG3だけを繰り返せばいい」と考えがちですが、私はそうではないと思っています。スクワットにつながる別の運動、ベンチプレスにつながる別のエクササイズを行い、身体の感覚や動きそのものを良くする。それが結果的にBIG3の上達につながり、想定外の状況にも対応できる身体をつくりあげていくのです。同時に、同じ場所へ負荷が集中することを避けられるので、練習量を確保しながら疲労を分散することにもつながります。
ピラティスやバランス感覚へのアプローチも同じです。例えばスクワットでしゃがむときにバランスを崩す原因が、必ずしも筋力不足とは限りません。頭の位置が変化することに感覚系がうまく対応できず、身体が固まっている可能性もあります。
トレーニングをしていると、どうしても筋肉ばかりに目が向きがち。しかし、呼吸や視覚、前庭覚、心理状態など、身体にはさまざまな要素があります。高頻度トレーニングを長く続けるためにも、筋肉だけをケアするのではなく、自分の状態をさまざまな方向から捉えるようにしてみてください。視野を広げれば、これまで改善しなかった不調が新たなアプローチで変わることもあります。高頻度で練習するからこそ、自分の身体を知り、必要な刺激を選ぶ。それが継続するためのコンディショニングなのです。
しぶや・ゆうき
1985年7月3日生まれ。身長172cm。千葉県市川市妙典にある「StrengthGymTokyoBay」代表。ジャパンクラシック優勝、国体優勝、アジア選手権優勝など数々のタイトルを獲得。パワーリフティングマスターズⅠスクワット世界記録保持者(277.5kg)
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