元ミスター日本、谷野義弘選手が2016年日本クラス別選手権75kg級で優勝後のインタビューを紹介する。当時話題となった、日本選手権ファイナリストの佐藤貴規選手や、アジアクラシック171㎝級チャンピオンの井上裕章選手と競り合っての優勝劇。2009年からは日本選手権にしか出ていなかった谷野選手がなぜ8年ぶりに日本クラス別に出場したのか。その理由を探っていくと、“谷野義弘”という一人のボディビルダーの生き方が見えてきた。
取材:藤本かずまさ 写真:中島康介
――日本クラス別に出場したのは8年ぶりとなります。
谷野 ウチのジム(YANO'S GYM)から東京クラス別に出場した内田(貴)君が、日本クラス別にも挑戦したいと言っていたんです。彼はスロースターターなんですが、「早く仕上げたほうがいい」と口で言ったところで、伝わらない部分もある。だったら私が実践して、体づくりの段階から彼を引っ張ってあげようと。彼は80㎏級に出場する予定だったので、私は75㎏級に照準を合わせることにしたんです。減量には4月から入りました。
――当日のコンディションは?
谷野 すごく緊張しました。ここ4年間は日本選手権で予選落ちが続いていたので、戦っている感触を得られていなかったんです。試合勘が薄れていた状態から、いきなり戦場に放り込まれたような感覚でした。笑顔で立ってはいましたが、緊張していろいろな筋肉が攣ってしまいました(笑)
――谷野選手ほどのベテランでも緊張することがあるんですね。
谷野 まったくダメなコンディションなら緊張しないんですが、体の張りもよくて「これは戦えるんじゃないか」と思える状態だったので、余計にドキドキしたんです。思うようにポージングが取れず、初心者みたいな感じになってしまって、すごく楽しかったです。
――逆に楽しめたのですね。
谷野 日本クラス別に出場すれば初心に戻れるんじゃないかという期待感もあったんです。日本クラス別に向けて減量して、そこからリバウンドさせて、日本選手権に向けてまた減量をする。昔は日本選手権1本ではなく、そうやって調整していましたからね。
――キャリアを重ねることで以前はできていた種目ができなくなり、ストレスを感じることは?
谷野 年齢的にできなくなったという種目はないです。ただ、ケガの影響で、ベンチプレスはいまだにできません。まともなフォームでベンチプレスができるようになるまでは辞めたくない。ケガでできなくなったものを、そのままにしておきたくないんです。
――谷野選手のなかでは「トレーニングを続ける」ことと「大会に出る」ことはイコールに近い関係にあるのでしょうか。
谷野 試合に出るためのモチベーションを保ちながらトレーニングをするのと、ただトレーニングをするのとでは、体が全然違ってくるんです。凄い体になろうと思ったら、試合に出るしかないんです。
――今さらながら、谷野選手がボディビル競技をやろうと思ったキッカケは何だったのでしょうか。
谷野 私は10代の頃は陸上競技ををやっていたんですが、ボディビルを始めたのは「この競技は一生続けられるんじゃないか」と思ったのがキッカケなんです。その「一生続けられる」と思ったスポーツに、「調子が悪いから」などの理由で自ら終止符を打つ必要はないと思っています。人間、生きていればいろんなことがあります。調子がいいときがあれば、調子が悪いこともある。そこで諦めたら、すべてが終わってしまいます。
――谷野選手ならではの言葉です。
谷野 私は21歳でボディビルを始めて、早い段階で上を目指して取り組んで、それなりの評価をいただけました。その当時と比べると、今は倍以上の年齢になりました。45歳を超えたあたりからは、肉体の衰えが顕著に現れるようになりました。衰えを感じて競技から身を引く選手もいるかもしれませんが、私はこの先に何があるのか見てみたいんです。
――どんな競技でも、成績が落ちてくると絶対に「あの選手は終わった」と思われたり、言われたりするものです。
谷野 成績が落ちてきたら、落ちないように体を進化させることを考えます。でも、そこには逃れることができない事実がある。トレーニングをしていても、30代半ばのころとは体の反応が違います。回復のスピードも遅くなっている。そこで「こんなはずじゃない!」と抵抗していると、体は壊れてしまう。事実は事実として冷静に受け止めて取り組んでいかないと、ボロボロになってしまいます。
――そこで冷静になれるかどうかが、続ける人と辞めてしまう人の分かれ道になるのでしょうか。
谷野 そうかもしれません。「好きで始めたもの」というところに気持ちがリセットできない人は、一度やめてしまうんです。リセットできた人は、また戻ってくる。私は常に気持ちをリセットするようにしています。精神的につらいときは、「自分はなんのためにトレーニングをしているんだろう?」とマイナスな方向に思考が流れていってしまう。そういうときは「好きだからやってんだろ?」って、自分で自分に声をかけるんです。すると、「今日もトレーニングがんばろう」という気持ちになれる。
――競技を続けていくなかでナーバスになっていく人も多いです。
谷野 競技を続けていると、いろいろな苦難が出てくるものです。でも、好きなものを続けていれば、いつか必ず、何かが開けます。好きで始めたものを無理やりやめるようなことはしないほうがいいです。特に、ボディビルは見ているよりも出場しているほうが楽しい競技ですから。
執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。